てんかんとは何か?



てんかん発作とは?

てんかん発作にはどんなものがあるのか?

 部分発作と全般発作

 部分発作(単純部分発作と複雑部分発作).

 全般発作

  ミオクロニー発作

  攣縮発作(てんかん性スパズム)

  間代発作

  強直発作

  欠神発作

  脱力発作

  強直間代発作

 発作の進展

人間はてんかん発作を起こす生き物

てんかんとは?.

てんかんは病名ではない

てんかん発作の確認

脳波

てんかんをもたらすものたち‐‐‐‐‐病因

 構造異常

 皮質発達異常.

 血管奇形

 低酸素性虚血性脳症

 脳外傷

 脳腫瘍

 海馬硬化(内側側頭葉硬化

 代謝異常

 遺伝子異常

 感染.

 免疫

てんかん症候群

 自然終息性てんかん

 全般てんかん

 発達関連てんかん性脳症・進行性神経学的退行を伴う症候群

 さまざまな年齢において発症するてんかん症候群

てんかん類型

国際てんかん発作分類

参考資料

てんかん発作とは?

 脳には100億本以上の神経細胞が存在しています。そして、ひとつひとつの神経細胞は無数の突起を伸ばして他の神経細胞に情報を提供し、逆に、他の細胞から情報を受け取っています(図1)。この情報交換は電気信号によって行われます。このため、コンピューター同様、脳にはつねに微弱な電流が制御されたかたちで流れています。

図1 脳内の神経網 
神経細胞は無数の枝(神経線維)をだし、 お互いに情報交換を行っている。神経細胞相互の情報の受け渡しは電気信号によって行われる。このため、脳内には微弱な電流が制御された形で流れている。

 しかし、どんなものでも不調をきたすことがあります。脳内の電流もさまざまな原因で乱れます。秩序が崩壊し、神経細胞がいっせいに興奮、異常電流が脳全体あるいは脳の一部で激流となって暴走を始めるのです。あまり適切なたとえではありませんが、電気器具がショートした状態を思い浮かべていただければいいかもしれません。この異常な電流を異常放電、あるいは、てんかん性発射と呼んでいます。
 てんかん発作というのは、この異常放電(てんかん性発射)によってもたらされる症状のことをいいます(メモ1)。
 脳はさまざまな機能をもっています。たとえば、大脳の後方に位置する後頭葉の内側は視覚に関与する機能を受け持っています(視覚野)。ここに異常放電が生ずると、見えないはずのものがみえたり、目の前が真っ暗になって見えなくなったり、眼球が右や左へ引き寄せられたりします(図2)。あるいは、大脳の前方、前頭葉には運動を制御する部位があります。ここに異常な電流が流れると手足が硬直したり震えたりします。
 このように、てんかん発作では異常放電が生じている部位の機能が歪んだ形で症状としてあらわれます。

メモ1 てんかん発作およびてんかんの概念的定義
    国際抗てんかん連盟(ILAE)作業部会2005 年報告
“てんかん発作とは,脳における過剰な、または、同期的の異常ニューロン活動によってもたらされる一過性の徴候または症状のことをいう”
図2 6歳男児 5歳頃から「目がぼけちゃう」と叫んだのち、目が右へ偏移するエピソードがみられるようになった.脳波では発作に一致して右後頭-頭頂部(O2ーP4)に律動波が出現し、しだいに振幅を増していくのが認められる(矢印)。
 異常放電は突然出現して、突然消失します。ですから、てんかん発作も突然始まり突然に止まります。持続は短いもので1秒以下、長くて数分程度です。発作が長引くと異常放電によって脳の神経細胞は過剰なエネルギーを消費します。このため、発作がおさまったあと、神経細胞が疲弊してしまい、脳の一部の機能が低下、手足が麻痺したり、ボーっとしたりといった状態がしばらく続くことがあります。これはトッド(Todd)の麻痺とか発作後もうろう状態と呼ばれています。てんかんに付随した症状ですが、てんかん発作そのものとは区別されます。
 また、例外的に発作がいつまでたっても止まらないことがあります。これをてんかん発作の重延状態あるいは重積発作と呼んでいます。昔は20 分から30分以上発作がつづくものを重積発作と定義していましたが、それでは対応が間に合わないというので、最近は、痙攣が5分以上、意識消失が10分以上続く場合を重積発作と定義しようということになっています。この場合、痙攣が繰り返しおこり、その間、意識が回復しない場合にも重積発作と考えます。てんかん発作が断続的に起こっているようにみえていても、発作と発作の間に意識が回復しない場合、脳内では異常電気活動が持続している恐れがあり、このため、断続的な発作も重積発作と同じように対応した方がいいだろうという考えで、そのように定義されています。こうした重積発作が30分から1時間以上つづくと脳に重大な影響を残す恐れがあるので、なるべく早く異常電気活動を止める必要があります。一番確実な方法は静脈内にてんかん発作を頓挫させる薬を入れることですが、最近は頬粘膜に薬を垂らして止める方法も実用化されています。

てんかん発作にはどんなものがあるか?

 部分発作と全般発作

 脳の表面には灰白質、あるいは皮質とよばれる膨大な数の神経細胞が集まっている部分があります。てんかん発作をもたらす異常放電の多くはこの皮質で発生します。異常放電は皮質の一部から始まることもありますし、皮質全体(と皮質と神経線維を介して繋がっている間脳、脳幹など)が一斉に興奮状態になることもあります。前者を部分発作、後者を全般発作と区別しています(図3)。たとえば、前に述べた視覚発作は後頭葉の皮質に限局した異常放電によってもたらされる発作ですから部分発作ということになります。

図3 全般発作と部分発作

部分発作 (単純部分発作と複雑部分発作)

 部分発作は発作中に意識が保たれているかどうかによって便宜上さらに二つに区別されます。意識が保たれている場合を単純部分発作、保たれていない場合を複雑部分発作と呼びます。
 先ほどの視覚発作の例でいいますと、「ヘンなものがみえる」「目の前が真っ暗になって見えない」といった訴えは、発作を起こしている本人が視覚異常を認識していなければ――すなわち、意識が保たれていなければ――そもそも自覚することができないはずです。ですから、これは単純部分発作ということになります。
 しかし、後頭葉に限局していた異常放電が後頭葉の前方に位置し意識に関与する側頭葉に広がっていくと、自分がどこにいるのか、人が何を話しているのか、今が昼なのか夜なのか、周りのことがまったく分からなくなり、意志に沿った行動ができなくなります(図4)。すなわち、意識の喪失です。意識のないときに起きたことは記憶にとどまることがありませんから、異常放電が側頭葉に広がるような発作を起こした人は発作中のことをほとんど覚えていません。このような意識のない状態でみられる部分発作を複雑部分発作といいます。
 ただし、眼球が片側に引っ張られたり、片一方の手足が硬直してふるえたりといった異常運動症状(運動発作)は単純部分発作にも複雑部分発作にもみられ、外見上、見わけがつきません。この場合、意識が保たれているかどうか(本人が発作の間のことがわかっていて、あとで思い出すことができるかどうか、あるいは、他人からみて、呼びかけに対し反応するかどうか)によって両者を区別するしかありません。一方、自動症と呼ばれる無目的なおかしな行動・動作、あるいは、目がうつろになったり凝視したりする症状は一般に意識が喪失したとき現れることが多く、複雑部分発作の代表的症状とされています。

図4 後頭葉からの発作の進展


 ところで、視覚発作のように明確な感覚症状は「ヘンなものがみえる」「目の前が真っ暗になってみえない」というようにはっきり言葉でいいあらわすことができますが、異常放電の生じる部位によってはそうした明確な感覚症状をもたらさないことがあります。「何となくヘンだ」「発作がやってくる予感がする」と感じはするのですが、それをはっきり言葉で言い表すことができない、小さな子ですと、おかしいと感じてお母さんのところに駆け寄ってくる、そして、その後になって、他人にもわかる発作症状が出現することがあります。言葉にできないこうした異様な感覚を前兆と呼んでいます。

「……憂愁と精神的暗黒と圧迫を破って、ふいに脳髄がぱっと炎でもあげるように活動し、ありとあらゆる生の力が一時にものすごい勢いで緊張する。生の直覚や自己意識はほとんど十倍の力を増してくる。が、それはほんの一転瞬の間で、たちまち稲妻のごとくすぎてしまうのだ。そのあいだ、知恵と情緒は異常な光をもって照らし出され、あらゆる憤激、あらゆる疑惑、あらゆる不安は、諧調に満ちた歓喜と希望のあふれる神聖な平穏境に忽然と溶け込んでしまうかのように思われる。しかし、この瞬間、この光輝は、発作が始まる最後の一秒……の予感にすぎない……」

ドストエフスキー「白痴」 米川正夫 訳

 これはドストエフスキーの小説「白痴」の一節です。てんかんに罹患している主人公、ムイシュキン伯爵の前兆がきわめて雄弁かつ詩的に表現されています。ドストエフスキー自身てんかん発作に悩まされていた人ですから、おそらく、この前兆も自身の経験をもとに書かれたのでしょう。言葉になりえぬ感覚を言葉にしようとするとこういう表現になるのでしょうか。前兆はドストエフスキーのような大小説家の手にかからないと言葉にしえないものなのかもしれません。

メモ2 部分発作
単純部分発作:意識(+) ← 前兆
複雑部分発作:意識(―) 

 前兆とは発作の予感、前触れという意味です。しかし、実際には前兆の時すでに脳のどこかで異常放電が発生しています。ですから、これもてんかん発作の一部です。意識が保たれているということも含めて考えると前兆は単純部分発作といっていいかもしれません。

 繰り返しになりますが、部分発作では、皮質の各機能が歪んだ形で発作症状として現れます。しかし、その現れ方によっては、てんかん発作とはとても思えないものもあります。典型例が、大脳の前方、前頭葉の内側面、下面に生じた異常放電がもたらす発作です。こうした領域で電流が乱れると、両足を交互にばたつかせ(自転車をこぐ仕種に似ているので、自転車こぎ運動と呼ばれることがあります)たんに暴れているとしかみえないような動作をすることもあります(図5)。極端な例では自慰行為まがいの動作をはじめてしまうこともあります。こうした発作の持続は短く、しかも、発作のあとはケロッとしていることも少なくありません。このため、てんかん発作ではなく「ヒステリー発作」と誤診されてしまう恐れがあります。

5  9歳男児5歳頃から夜中に突然声を張り上げて手足をバタバタさせる10秒前後のエピソードが見られていたが、夜泣きの一種と考えられていた。ビデオ脳波同時記録中にこのエピソードがみられた。睡眠中、左前頭部(Fp1)を中心に鋭波(1本矢印の直前)が見られ、その後、低振幅律動波が同部位を中心に出現(1本矢印)、1秒後、目を開け、声を張り上げ、身体を激しく左右にくねらせ、足をばたつかせた。10秒ぐらいでおさまり、声をかけられると声をかけた人間の顔を見た。暴れている間は筋肉のアーティファクトの為に脳波所見はわからなくなったが、発作が終わったあとしばらくは徐波(2本矢印)が左前頭部を中心に続き、目を開ける前の左前頭部低振幅律動波と合わせ、左前頭葉か起源のてんかん発作が疑われる。頭部MRIでは異常を認めないがポジトロンCTで左前頭部のブドウ糖取り込みの低下が見られた。

全般発作

 部分発作に対し、全般発作では大脳半球の皮質が両側とも興奮していると考えられています。部分発作と違い発作症状はだいたい左右対称ですし、脳波上も頭皮のどの部位の電極からも脳の興奮を示す異常電気活動が記録されるからです。しかし、それでは脳全体が異常興奮に陥っているのかといえば、実際のところは、よくわかっていません。強直間代発作(大発作)などはそうだろうと想像されますが、もっと軽い全般発作では、脳の一部が興奮しているだけなのに、脳の中心部にある神経細胞の集まり(灰白質)が興奮するため、外見上、脳全体が興奮しているようにみえるだけなのかもしれません。
 全般発作にはミオクロニー発作、てんかん性スパスム、強直発作、間代発作、脱力発作、欠神発作、強直間代発作があります。

 ミオクロニー発作

 ミオクロニー発作はきわめて短い(2分の1秒以下の)筋の収縮によって起きる発作です。いわゆるピクつきというのがだいたいミオクローヌス(ミオクロニー発作のように後ろに発作という言葉が続かないときにはピクツキを表す言葉としてミオクローヌスという用語を使います)と考えていただいていいと思います。ピクツキは手足と体幹にほぼ対称性にみられ、手が一瞬もちあがったり、体全体が後屈したりします。発作の強さはさまざまで、強ければ体がよろめいたり、倒れたり、手に持っているものを落としたりしますが、瞼がちょっとピクつくだけのきわめて軽いものもあります。

図5 ミオクロニー発作 6歳男児
 軽度精神発達遅滞あり。3歳過ぎから日に数回、ウッと声を出し,倒れそうになるエピソードが見られるようになった。0.3秒前後の短い筋の収縮(最下段の縦線)に伴い脳波上全般性多棘徐波が認められる。

ただし、ミオクローヌスというのはてんかん発作以外にも、さまざまな原因によって引き起こされます。ですから、ピクツキがあるからといってすぐにてんかん発作と即断はできません。
 ピクツキはまったく正常の人にも起こることがあります。ご経験があると思いますが、ウトウトしかけたとき、手足がピクッとすることがあります。これもミオクローヌスです。入眠期ミオクローヌスといって正常な人にもみられる生理的現象です。
 あるいは、うしろから突然どやしつけられてビクッとすることがありますが、これもミオクローヌスの一種で、驚愕反応性ミオクローヌスといいます。脳に障害のある人にはこれが過剰にでることがあります。
 いずれにしても、こうした症状はてんかん発作としてのミオクローヌス、ミオクロニー発作ではありません。
 では、てんかん性ミオクロニー発作をどうやってみわけるかというと、最終的には脳波によって判定するしかありません。ピクッとするときに、これに一致して脳波で脳表のあらゆる部位から同時に(これを全般性という言葉で表現しています)尖った波の連続(多棘波)の後にゆっくりした高い波(徐波)が続く多棘徐波がみられます(図5)。ただし、この多棘徐波はミオクロニー発作のある人には実際に発作のない時(発作間欠時)にもみられることがあります。ですから、ピクツキがある人の脳波でこの波形がみられれば、発作時脳波をとらなくてもミオクロニー発作がある可能性が高くなります。

 攣縮発作(てんかん性スパズム)

 ミオクロニー発作に似た短いピクツキのような発作に、攣縮(てんかん性スパズム)発作があります。聞きなれない言葉かもしれませんが、点頭発作というと、おわかりになる方がみえるかもしれません。点頭とはうなずくことで、うなずくように頭を前屈し、同時に、からだ全体を折り曲げ、肩をすくめ、手足を屈曲、または、伸展させる、というのが、この発作の代表的症状です。からだをかがめ、右の手のひらを額に当てるイスラム教徒の挨拶に似ているというので「額手礼発作salaam」などと呼ばれたこともあります。発作の持続はミオクロニー発作よりやや長く、1秒前後です(図6)。いわゆる点頭てんかん(ウェスト症候群)によくみられる発作型ですが、レンノックス-ガストー症候群など他の難治性症候性全般てんかんにもときとして観察されます。
 

図6 シリーズを伴う攣縮発作 月齢6か月女児
 生後4か月から、一瞬、目を吊り上げ、肩を挙げ、四肢に力を入れるようになった。このエピソードは数秒に一回起き、数分続いた。発作が強いと涕泣した。発作が始まって一週間後ぐらいから、日に数回エピソードを繰り返すようになり、それまでみられていたあやし笑いも消失した。脳波では、数秒に一回出現する1秒前後の攣縮(矢印)に伴い、脳波上、速波が重畳する高振幅徐波を認める。

 スパズムの最大の特徴は、数秒から10数秒の間隔をおいて何度も繰り返し攣縮発作が起きることです。このような攣縮発作の繰り返しをシリーズ形成と呼んでいます。シリーズ形成は数分から数十分続き、その間に攣縮発作が数10回から、ときとして、100回以上繰り返すこともあります。一般に、シリーズが始まるときの攣縮は弱く、それから次第に強くなって、終わりに向かってまた弱まります。
 攣縮発作が強いと腹筋、横隔膜の強い収縮がおき、このため、発作に伴って異様な声を発することもあります。眼球がわずかに上向いたり、肩がわずかに挙がったりすることもしばしば観察されます。一方、頭や体を前屈するのでなく、逆に、反りかえるように頭や体を後屈させたり、手足を伸ばしたりする発作もみられます。これを屈曲型に対し伸展型攣縮発作と呼ぶ研究者もいます。しかし、頭は前屈させるが手足はひきつったように伸展させる、といった混合した形が実際には一番多くみられます。

 間代発作

 間代発作というのは、先ほどのミオクロニー発作に似たピクツキが繰り返し何度も、それも一定のリズムで律動的にみられる発作です。手足をガクガクさせる発作というと、ある程度、イメージを思い浮かべていただけるかもしれません。一つ一つのピクツキの強さ、広がりは人によりさまざまですが、腹筋の収縮を伴うほど強いものだと、やはり「うっうっうっ」と律動的な発声が体の動きに同期して認められます。てんかん性スパスムのシリーズ形成とは異なり、ひとつのピクツキと次のピクツキとの間は長くて1秒、多くは1秒以下です。
 定義上、間代発作は左右対称に手足、体幹、顔面をガクガクさせる発作のことをいいます。しかし、間代性けいれんが単独で左右対称に現れることはあまりありません。むしろ、半身、あるいは、一部の手や足や顔面をガクガクさせる間代性けいれんのほうがずっと多くみられます。もちろんこれはここでいう全般発作としての間代発作ではなく、部分発作の一症状としてのけいれん症状です。とくに、右半身、あるいは左半身だけをガクガクさせる片側間代けいれんはしばしば認められます。痙攣重積でも半身性の間代性けいれんをまれならず認めます。

 強直発作

 間代発作は四肢体幹の筋肉の律動的な収縮をきたす発作ですが、強直発作は持続的に筋肉が収縮するために起きる発作です。典型的なかたちとしては、絞り出すように叫び声をあげ、目を上へ吊りあげ、手足やからだを突っ張る症状がみられます。毛細血管が収縮し、顔面は蒼白、唇も紫色に変色します。持続はたいてい10秒以下です(図7)。

図7 7歳男児 強直発作
 出生時の異常はないが、精神運動発達が遅れ、7歳を過ぎても、歩行時にふらつき、有意語を認めない。3歳頃から、ボーッとして、全身の力が抜け、瞼をパチパチさせる数十秒の非定型欠神発作がみられるようになり、その数か月後から、睡眠時、大声で叫んで、上下肢を伸展、体幹を折り曲げる10秒前後の発作がみられるようになった。発作時脳波では、開眼し(矢印)上肢をやや固くし、その後、ブルブルふるわせる7秒ほどの発作に伴い、それまでみえていた全般性鋭波が消失、低振幅速波が全誘導に出現し、徐々に振幅を増大して律動性棘波へと移行し、発作停止とともに突如消失している。

 発作のあとはボーッとして寝入ってしまうことがほとんどです。
 睡眠中などには、薄目をあけ、わずかに筋肉が収縮するだけで、よくみると呼吸は乱れているものの四肢体幹の強直ははっきりしないといった軽い発作もみられます。
 レンノックス・ガストー症候群などの難治てんかんにみられることが多く、クロナゼパムなどのベンゾジアゼピン系の薬によって、類似した発作が誘発されることもあります。

 欠神発作

 いままでの全般発作がさまざまな動きをその発作症状の特徴としているのに対し、欠神発作は意識レベルの低下が症状の中核をなしています。持続は数十秒で、その間、意識が遠のいて自分が何をしているのやらわからなくなります。手足が突っ張ったり、力が抜けて倒れたりといった派手な動きはほとんどみられませんから、周りの人には、なんとなくぼんやりしている、目に輝きがなく虚ろになっている、呼んでも返事をしない、ぐらいにしかみえません。このため、てんかん発作と気づかれないこともあります。
 ただし、詳しく観察すると、口をもぐもぐさせたり、唇を舌でなめたり、目をしばたいたり、手をもじもじさせたりといったわけのわからない動作、行動がしばしばみられます。これを自動症といいます。自動症は前に述べた複雑部分発作にもみられます。しかし、複雑部分発作の自動症とちがって軽微なものが多く、手足をぴくぴくさせたり硬直させたりする痙攣性の運動症状やチアノーゼのような顔色の変化はまずみられません。また、発作持続も短く、発作後はケロッとしてもとの状態に戻ります。ふつう、こうした違いによって複雑部分発作と鑑別します。しかし、ときには、どちらといもいえないことがあり、その場合には、脳波によって鑑別の決着をつけるしかありません。
 脳波上は発作に一致して3ヘルツ前後の棘徐波が認められます(図8)。部分発作と異なり、この棘徐波は最初から最後まで頭皮上のあらゆる部位から同期して出現します(細かく見ると、前頭部が先行したり、一部、左右差がみられることがありますが)。発作のあとに神経細胞の疲弊を示す脳波活動の減弱や高振幅の遅い波が認められることはありません。このことは、欠神発作の後に本人がケロッとしていることからも容易に想像がつくことです。

図8 定型欠神5歳女児 1カ月前から、動作が止まり、目が虚ろとなり、口をモグモグさせる数秒の発作が日に何度もみられるようになった。過呼吸負荷によって、目が虚ろになり過呼吸動作が止まるエピソードに一致して高振幅の棘徐波が出現している(矢印)。

 また、数分間深呼吸を続ける(過呼吸)と発作が誘発されることがあります。なぜ過呼吸で発作が誘発されるのか正確にはわかっていませんが、過呼吸による換気のしすぎで二酸化炭素が過度に体外に放出され、脳内の二酸化炭素濃度が低下、神経細胞の環境がアルカリ性に傾くことが関係しているのかもしれません。
 欠神発作は定型欠神と非定型欠神のふたつに分類されます。じつをいいますと、いままで述べてきたのは主として定型欠神の特徴です。非定型欠神は、脳全体に全般性に現れる棘徐波に一致して意識消失を主体とする発作症状がみられるという点では定型欠神と同じですが、発作の始まりや終わりが定型欠神ほどはっきりしなくて、なんとなく始まり、なんとなく終わるということがほとんどです。脳波上も定型欠神のものより遅い1.5~2.5サイクルの棘徐波が認められます。定型欠神は脳に障害がない患者さんに多くみられますが、非定型欠神はレンノックス・ガストー症候群などの脳に障害のあるてんかん患者さんによくみられる発作です。

 脱力発作

 文字通り、手足や体軸の筋の緊張が瞬間的に消失し、力が抜けてしまう発作です。瞬間的に筋の緊張が高まるミオクローヌスとは逆の現象と考えていいかもしれません。
 筋の緊張が消失し、軽い場合には、一瞬、頭が垂れたり、体がよろめいたり、もっていたものを落としたりといったミオクロニー発作と同じような症状がみられます。しかし、突然、倒れたり、頭を机にぶつけたりして、ひどい怪我をすることもあります。ただ、筋の緊張が抜けていることを客観的に証明することが難しいため、脱力発作については詳しいことが分かっていません。また、非定型欠神、複雑部分発作など他の発作の最中に体の脱力がみられることが決してまれではなく、純粋に脱力だけがみられる発作がどれほどあるのかもよく分かっていません。
 てんかん発作というと、えてして筋が収縮する痙攣症状を思い浮かべがちですが、異常放電の出現の仕方によっては、痙攣とは逆の「陰性」現象も生じうるのです。

 強直間代発作

 おそらく、多くの人がてんかん発作というと、まず、思い浮かべるのがこの発作ではないかと思います。
 大発作Grant malと呼ばれていたこともあります。大発作と呼ばれるだけあり、てんかん帆発作の中でも症状が最も激烈で、電気現象からみても、脳内に異常放電が目いっぱい広がったときに起きる発作とされています。
 ただし、「大発作」という言葉はあいまいで注意が必要です。部分発作や強直発作でも激しい痙攣性発作はみられます。しかし、発作中に激烈な動きがみられると何にでも大発作という言葉をあてはめてしまい、強直間代発作と混同されてしまうおそれがあります。ですから、このような紛らわしい言葉はあまり使わない方がいいでしょう。ちなみに、昔は小発作Petit malという言葉も使われていました。そのほとんどは欠神発作を指す言葉でした。手足の激しい動きはほとんどみられず単にボーっとするだけだというので小発作と呼ばれたのでしょう。しかし、この言葉も複雑部分発作などと混同されるおそれがあるので今は使われません。
 強直相は前に述べた強直発作とだいたい同じと考えていただいていいでしょう。異様な叫び声をあげ、目が上に吊り上がり、表情が一変したように顔が固まり、四肢は伸展硬直、身体全体を売るわすほっさです。これがしばらく続いたのち、徐々に間代相に移行します(図9)。間代相では間代発作同様、1秒間に1-2回、顔も手も足も体全体が飛び跳ねるようにガクンガクンと律動的にふるえます。これがしばらく続いたのち、発作は終了します。持続は1分前後です。

図9 全般性強直間代発作 14歳男性
 13歳の時、テレビを見ていて全身を硬くしブルブル震わせる発作が起きた。半年後、テレビゲームをしていて再び同様の症状がみられた。脳波検査の一環として点滅光刺激を開始したところ(8Hz閃光刺激)瞼がピクツキはじめ、目を見開いて、意識が消失、上肢を伸展硬直させ、歯を食いしばる発作が開まった。やがて、四肢、体幹が伸展強直し、次第にぶるぶる震え始め(強直性の震え)35秒後あたり(下段)からがくんがくんと全身を揺らす間代発作に移行、1分ほどで発作は消失、脳波は平定化し、患者は、ぐったりとして、眠った。

 脳全体に広がった異常放電は、手足や体の動きのみならず内臓を支配する自律神経にも影響を及ぼします。このため、毛細血管が収縮して、顔面は蒼白、唇は紫色に変色します。脈が早まり、血圧は上昇、膀胱や直腸にも影響が及んで失禁することもあります。
 脳波では、次第に振幅を増していく速い波が強直相に、棘徐波が間代相に脳表のどの部位からも記録されます。脳全体が異常放電に巻き込まれると推定される発作ですから、発作中に脳全体が莫大なエネルギーを消費します。このため、発作後、ほぼ例外なく、虚脱状態となり、たいていは寝入ってしまいます。

発作の進展

 部分発作のところで脳の一部に起きた異常放電が他の部位にまで広がり、単純部分発作から複雑部分発作へと変化することがあるといいましたが、このような発作の変遷を発作の進展といいます。脳の一部で発生した異常放電は発生部位にとどまることなく、堤防が決壊した川の濁流のように他の部位を侵食だしていくことがあるのです。
 たとえば、後頭葉で発生した異常放電は異常視覚、瞼のピクつき、眼球の偏位を引き起こしますが、異常放電が側頭葉にまで広がっていくと意識喪失や自動症をきたします(図10)。一方、前頭葉に異常放電が流れ込むと手足の硬直、間代が起きます。
 こうした発作の進展が発作像を複雑なものにします。たとえば、異常放電がその発生部位にほんの一瞬しかとどまることがなく、あっという間に他の部位に伝播でんぱしてしまうことがあります。そうすると、たとえば、後頭葉に発作焦点がある同じ人でも、異常放電が後頭葉にとどまっているときには視覚発作がみられますが、後頭葉から一瞬のうちに前方へ伝播すると、視覚発作のような後頭葉の異常放電を示唆する発作はみられず、意識の消失や自動症、手足の痙攣がおきます。こうなると、1人の患者さんがあたかも2つも3つも異なった発作をもっているかのようにみえてしまいます。
 このことは、治療の上でも重要です。というのは、抗てんかん薬を使うと発作の進展が抑制され、視覚発作だけが残ることがあるからです。しかし、派手な手足の痙攣発作がなくなるとヤレヤレと思ってしまって、まだ視覚発作が残っていて発作が完全にコントロールされているわけではないのに、あたかも、完全によくなったかのように錯覚してしまう恐れがあります。

図10 
後頭葉発作の進展後頭葉で発生した異常放電は視覚発作,眼球偏位、強制閉眼、眼瞼のピクツキをもたらすが、前方の側頭葉に異常放電が広がっていくと、幻視、意識消失、自動症が出現し、前上方の前頭葉、頭頂葉に拡がると、非対称性強直姿勢、片側間代けいれん、焦点性要素性感覚発作がみられることがある。

 発作の進展は部分発作に限ったことではありません。全般発作にもみられます。そして、どんな発作も異常放電が脳全体に目一杯拡がると強直間代発作になってしまうと考えられています。つまり、部分発作のみならず、ミオクロニー発作であっても、間代発作であっても、あるいは、きわめてまれですが、てんかん性スパスムや強直発作や欠神発作であっても、強直間代発作に移行する可能性を秘めているのです。というより、強直間代発作が最初から単独で現れることはむしろまれで、たいていの場合、他の発作型が先行しています。このような強直間代発作への進展を2次性全般化といっています (図11)。

図11 部分発作の2次性全般化
Penfield W & Jasper H. Epilepsy and the Functional Anatomy of the Human Brain (p 614)ペンフィールドたちは脳の一部で始まったてんかん発射が視床などの脳の中心部に伝わり、そこから、左右対称に左右大脳半球に広がり(2次性に全般化し)強直間代発作が引き起こされると推定した。しかし、実際にこの通りのことが起こっているのかは今もよくわかっていません。

「……何かしらあるものが彼の眼前に展開した。異常な内部の光が彼の魂を照らしたのである。こうした瞬間がおそらく半秒くらいも続いたろう。けれども、自分の胸のそこからおのずとほとばしりでた痛ましい悲鳴の最初の響きを、かれは意識的にはっきり覚えている。それはいかなる力をもってしても、とめることのできないような叫びであった。続いて瞬間に意識は消え、真の暗黒が襲ったのである……てんかんの発作……の瞬間には不意に顔、ことに目つきがものすごく歪む、そしてけいれんが顔と全身の筋肉を走って、恐ろしい……悲鳴が胸のそこからほとばしり出る……誰か別な人がいて、それが発した声のようにさえ思われる……」
ドストエフスキー「白痴」 米川正夫訳

 先ほどでてきたドストエフスキーの小説「白痴」の一節、主人公ムイシュキン公爵がけいれんする場面です。ここで注目されるのは、公爵が突然意識を失ってけいれんしているのではなく、発作前に「異常な内部の光が彼の魂を照らしだす」ような異様な感覚を感じていることです。そして、その後、意識を失い、全身けいれんをおこしています。前に申しましたように、この発作前の異常感覚は単純部分発作と推定される前兆です。したがって、公爵の発作は単純部分発作とそれに引き続いて起きる2次性全般化強直間代発作ということになります(ただし、後半の意識を失い、叫び声をあげるけいれん発作は複雑部分発作である可能性もあります。このけいれんの描写は前兆のものに比べ類型的で、ドストエフスキー独特の細部描写に欠けています。前にも述べたようにドストエフスキーにはてんかんの持病があり、おそらく、この記述には自身の発作体験が反映されているものと思われます。しかし、けいれん中は意識を失っているので、自身の症状は人に伝えに聞くだけだったでしょう。また、他人のけいれんを間近に観察する機会もそんなにはなかったでしょう。このため、ドストエフスキーといえどもけいれん発作の迫力ある描写は不可能だったのかもしれません)。
 このように、どんな発作も最終的に強直間代発作へ進展する可能性を秘めています。しかし、発作の進展はこれだけではありません。先に述べたように単純部分発作から複雑部分発作へ進展することがあります。また、非常にまれですが、部分発作に引き続いて欠神発作やてんかん性スパスムが起こることもあります。

人間はてんかん発作を起こす生き物

 てんかん発作はどんな人にでも起きるわけではありません。一生のうちで一度でもてんかん発作を起こすのは全人口の7%前後と推定されています。しかし、最初に述べたように、てんかん発作は脳内の神経細胞網に異常な電流が流れて起きる症状です。脳をもっている限り、可能性としてなら、どんな人にもてんかん発作は起こりえます。
 たとえば、外側から脳に強力な電気を流せば誰でもてんかん発作を起こします。また、ある種の薬を静脈内に注射すると最終的にはどんな人もけいれんし始めることがわかっています。
 てんかん発作を起こす可能性という意味からは、脳をもっている限りすべての人が同じといえるのです。「人間はてんかん発作を起こす生き物である」と記しているてんかん学者がいるぐらいです。てんかん発作というのは脳を有する人間の宿命だといってもいいかもしれません。
 ただし、「人間はてんかん発作を起こす生き物である」というこの定義は、てんかんに対する世の誤解を解く意味では教訓的でいいのですが、脳をもつ生物はなにも人間に限りませんから、ちょっと、生物学的正確さに欠けます。サルでもイヌでもネコでもネズミでも脳をもつ動物はいくらでもいます。そして、ある条件下ではそうした動物もてんかん発作を起こします。事実、ネコ、マウス、マントヒヒなどはてんかん研究の実験動物としてよく使われています。

てんかんとは?

 さて、長々とてんかん発作についてお話ししてきたので、そろそろお疲れになったかもしれませんが、じつは、以上のことを理解していただいて、はじめて、本題である「てんかんとは何か?」という話題にはいることができます。
 てんかんとは何か?
 国際てんかん連盟と国際てんかん協会は2005年にてんかんを次のように定義しています(Robert S. et al.(2005))

メモ3 てんかんの概念的定義 国際抗てんかん連盟(ILAE)作業部会2005年報告
 てんかんとは,てんかん発作を引き起こす持続性素因と,それによる神経生物学的,認知的,心理学的,社会的な帰結を特徴とする脳の障害である。
 てんかんと診断するには,てんかん発作が少なくとも 1 回は起こっている必要がある。

 定義というのはどんなものでもそうですが、正確を期すあまり、無味乾燥、何をいっているのやらまるで訳が分からないものと相場が決まっています。
 この定義もそうです。
 そこで、まず、てんかんがあるとはどういうことなのか(すなわち「てんかん発作を引き起こす持続性素因」とはどういうことなのか)ということから考えてみたいと思います。
 先に述べましたように、てんかん発作は脳をもっている限り誰にでも、そして、どんな動物にも起きます。ただ、「てんかん発作の起こりやすさ」が人によって違うのです。
 以前、TVアニメ「ポケモン」を観ていて多くのお子さんがてんかん発作を起こし、大騒ぎになったことがあります。ロケット砲が爆発する場面の派手な閃光映像がてんかん発作を誘発したと推測されています。愛知県の調査では、6歳から18歳までの小児のうち約5000人に一人がこのアニメ番組を観て、てんかん発作を起こしたと推定されています。しかも、その半数近くがそれまで一度もてんかん発作を起こしたことのなかった子たちでした。しかし、おそらく、その子たちの大半は特別な事情がない限り、将来、てんかん発作を起こすことはないと思われます。というのは、この事件を契機として、どのような映像がてんかん発作を誘発しやすいかについてさらなる究明がなされ、予防対策が講じられました。ですから、今後、発作を誘発しやすい映像は放映されなくなると期待されるからです。あの時発作を起こした子たちは同じ番組を観ていながら発作を起こさなかった子たちに比べ、てんかん発作を起こしやすい体質を持っていたのは間違いありません。しかし、かといって、よほど強い発作誘発性の視覚刺激を受けない限り、通常の日常生活の中でてんかん発作を繰り返し起こすことはないだろうと推測されます。
 このようにてんかん発作の起こりやすさは人によって幅があります。そして、ほとんどの人は通常の環境下ではてんかん発作を起こさずに一生を終えます。しかし、一方で、普通の人にはどうということもない環境下にありながらてんかん発作が繰り返し起きる人がいます。このような人たちのことを一般に「てんかんをもっている」といっているわけです。
 もう一度、先ほどの定義をみてみましょう。てんかんとは「てんかん発作を引き起こす持続性素因」であって「てんかん発作が少なくとも1回は起こっている必要がある」のです。ですから、てんかんとはある一定の環境要因のもとでてんかん発作を起こしうる病態といっていいかもしれません。

てんかんは病名ではない

 ただ、てんかん発作が起きやすくなる原因は多岐にわたり一様ではありません。
 たとえば、脳腫瘍ができると腫瘍周囲の神経細胞が圧迫され、神経ネットワークが乱れ、異常電流が流れやすくなります。あるいは、脳炎になると炎症で神経細胞や神経線維がふやけ、細胞膜が不安定になって、異常放電が生じやすくなります。さらに、脳炎が治まったあとには脳に傷跡が残り、神経網に乱れが生じ、突発電流が流れやすくなります。また、脳の奇形があると、生まれつき神経網が乱れているため、ちょっとしたことで異常電流が流れてしまいます。このように、形態的にみて脳に明らかな異常(器質性異常)があると、脳内の電流が不安定になり、てんかん発作が繰り返し起きやすくなります。
 一方、生まれつき体質的に異常放電が起こりやすい人がいます。ここで体質的といっているのは、上に述べた脳腫瘍、脳炎、脳奇形のようなはっきり目に見える器質性病変がないにもかかわらず、てんかん発作が起きやすい素因をもっている、というほどの意味です。ただし、その素因をもたらす原因はまだ十分には分かっていません。しかし、おそらく、その一部は遺伝的に規定されていることが解明されてきています。たとえば、小さい頃てんかん発作や熱性けいれんを何回も起こした人の子がてんかんを発症する、ということがしばしばみられます。これは痙攣性素因が親子の間で引き継がれた証拠だろうと考えられます。しかし、てんかんをもっている人の家族にいつもてんかんや熱性けいれんの既往がみられるわけではありません。てんかんの種類にもよりますが、てんかんの患者さんの家族歴にけいれん性疾患が認められるのはせいぜい30~40%です。ただ、非常にまれですが、一つの家系に似たような症状、経過のてんかんをもっている人がメンデルの優生遺伝に則っているかのように多発することがあります。こうした家系の一部では、てんかんの原因と推定される遺伝子異常が確認されています。たとえば、神経細胞内外の電解質をコントロールする細胞膜タンパク遺伝子の異常です。電解質は神経細胞の興奮性に密接に関係しますから、それをコントロールするタンパク質に異常があればけいれんが起きやすくなるだろうことは容易に想像がつきます。
 このように、てんかんはさまざまな病気によって起こります。てんかんは決して一つの病気を指し示す言葉ではありません。ある病的な状態(病態)を指し示す症状名といってもいいかもしれません。
 これは、たとえば、貧血という病態を考えていただければわかりやすいかもしれません。貧血とは血液の赤血球が減少した状態のことをいいます。しかし、赤血球が減少する病気はたくさんあります。鉄欠乏性貧血というありふれた病気から、白血病、再生不良性貧血などの難病まで、さまざまです。同じように、てんかんを起こす病気も多種多様です。てんかんは決して一つの病気ではないのです。
 昔からてんかんについてはいろいろなことがいわれています。たとえば、「てんかんは遺伝する」「てんかんがあるとバカになる」「てんかんは精神異常だ」といったたぐいのことです。しかし、てんかんの定義からいえば、これらはほとんどが誤解にもとづいた偏見といえます。てんかんを一つの病気と考え、一括りにしてしまうから、誤解が生ずるのです。
 先ほども申しましたように、てんかんを起こす病気の一部はたしかに遺伝することが明らかになってきていて、てんかんをもたらす変異遺伝子もかなり同定されてきています。しかし、遺伝が無縁と思えるてんかんの方もみえます。たとえば、家族にてんかんをもつ人が一人もいないのに、交通事故で頭にけがをし、脳の傷跡がもとでてんかんになってしまった人などです。
 てんかんがあるからといって必ずしも知的機能障害が出現するわけでもありません。たしかに、脳腫瘍とか脳奇形といった器質性脳障害がある一部の人に、てんかん発作に加え、知的機能障害、運動障害がみられるのは事実です。しかし、だからといって、てんかんのある人全員が知的機能障害をもっているわけではありません。知能も運動機能もまったく正常のてんかん患者さんが少なくないことは、たとえば、先程述べたドストエフスキーの例一つとっても明らかでしょう。ドストエフスキーは人並み以上の智力で人間の内奥に迫る小説や随筆を数多く書き残しています。てんかんがあり、かつ、知的機能障害のある人は、てんかんがあるために知的機能障害が出現するのではありません。脳奇形のような器質性脳障害があるために知的発達がゆっくりとしていて、かつ、てんかん発作も繰り返し起こるのです。
 同じことは精神障害についてもいえます。今まで普通に話をしていた人が、突然顔をゆがめ、奇声を発し、倒れたり、訳の分からない動作をしたりする――こんな症状が現れるものですから、てんかん発作を何やらおかしなもの、悪魔とか悪霊とかがとりついた憑依現象と信じられた時代がありました。たとえば、古代ギリシャではヒポクラテスの時代までてんかんは「神聖病」の名で呼ばれていました。てんかん発作が何か神がかり的超自然現象と信じられていたのです。しかし、その後、てんかん発作は自然現象であって憑依現象などではないと認識されるようになりました。悪霊とか神とかをひきあいにだすことはなくなっています。しかし、かわりに、現在では何やら訳が分からないもの、外面上、肉体的に何の異常もないのに出現する説明不可能な症状を「精神的」の一言ですましてしまう風潮があります。てんかん発作が精神的なものと結びつけられるのは、このためかもしれません。
 しかし、繰り返し申してきたように、てんかん発作は脳の異常放電という純粋に生物学的な要因によって起きる現象です。たしかに、精神的負荷が発作を誘発したり、てんかんに付随して精神症状が見られることはあります。しかし、発作自体は精神的なものと直接のかかわりはありません。
 心臓の不整脈もやはり電気的な原因で起きる発作性徴候です。予測不能な突発的異常という点ではてんかん発作も不整脈も同じです。しかし、不整脈を精神現象だと思う人はいないでしょう。不整脈では心拍の異常とそれに伴う循環異常が症状としてでてきます。しかし、てんかん発作の場合、さまざまな精神活動を司る大脳が病気の舞台になっています。このため、奇妙な動作、激烈なけいれん、意識の混濁など、あたかも「精神」に異常をきたしたかのような症状を呈します。同じ突発的異常であっても片方は純粋に肉体的異常、他方は精神的異常と考えられるのはそのせいかもしれません。
 たしかに、てんかんをもつ人の一部で精神症状や神経症的症状がみられるのは事実です。とくに、成人のてんかんでは目立ちます。さらに、思春期に発症する比較的経過が良いてんかんとされてきた若年性ミオクロニーてんかんでさえ、うつ病をはじめとした精神・神経疾患を合併することが最近注目されています。しかし、一般に、てんかんに合併する精神症状、神経症的症状の原因はさまざまで、必ずしもてんかんという病態にいつも直結しているわけではありません。ましてや、てんかんがあると必ず精神症状、神経学的症状がでるというわけではありません。多いといわれる成人てんかんでも、全員が精神症状や神経症的症状を呈するわけではありません。

てんかん発作の確認

 てんかんは、原因はともかく、なんの誘因もなくてんかん発作が繰り返しみられる病的状態すべてを含みます。ですから、てんかんの診断は脳内の異常放電による発作、すなわち、てんかん発作が繰り返し起きているかどうかを確認することが出発点になります。
 では、てんかん発作があることをどうやって確認するかといいますと、てんかん発作の定義に舞い戻って、発作を起こしているときに脳内に異常電流が流れていることを確認することが一番確実な方法です。脳内の電気現象を捉える方法としては脳波があります。ですから、発作のさなかに脳波を記録すればいいわけです。てんかん発作がはじまると脳波上に棘徐波や漸増波といった通常の脳波記録ではみられない律動波が出現します。これによって、神経細胞が一斉に興奮・発火していることがわかります(ただし、あとで述べるように、脳は立体構造物ですし、また、電気信号を減衰させる頭蓋骨も介在しているため、必ずしもてんかん発作のすべてで頭蓋上電極から記録される頭皮脳波に異常律動活動がみられるわけではありません。きわめて限局したてんかん性発射を捉えるためには頭蓋内に電極を入れ、脳表や脳内から直接脳波活動を記録する必要があります。これは、てんかん焦点を正確に確定する必要があるてんかんの外科治療において重要な術前検査になっています)。
 ただ、発作時脳波による診断というのはあまり現実的な方法とはいえません。てんかん発作は、さほど頻繁には起きないからです。せいぜい週に数回、中には年に一回起きるかどうかという患者さんもいます。欠神発作、ミオクロニー発作、てんかん性スパスムなどの比較的頻発しやすい発作型をのぞけば、よほどの偶然(もしくは、診療側の執念)でもない限り、発作中に脳波を記録することはできません。
 また、過呼吸で誘発される欠神発作といった一部の発作型をのぞけば、発作がいつ起こるか予測することもできません。ですから、発作が起きる時をねらって脳波を記録することもできません。
 では、どうするかといいますと、発作を目撃した人、そして、発作を起こしたご本人から発作に関する情報をできるだけお聞きすることになります。そして、そうして得られた情報を総合して、既知のてんかん発作症状の情報と照らし合わせ、てんかん発作の有無を判断します。発作が起きたときの状態(睡眠中か覚醒中か)、持続時間、意識の有無(呼びかけに反応したか、発作のことを覚えているか)、口唇色(蒼白か、紫色か)、目の状態(虚ろだった、目を見開いていなかったか、上方や左右に偏位していなかったか、瞼が震えていなかったか)、手足の状態(硬直していなかったか、ガクガクふるえていなかったか、だらんと力が抜けていなかったか)、自動症の有無(口をもぐもぐさせていなかったか、両手をもじもじさせていなかったか、手足を交互にバタバタさせていなかったか)、叫び声の有無、前兆の有無(発作が起こる前におかしな感じがしたり、おかしな動作をしていて、発作が起こりそうだと分かるか)、ミオクローヌスの有無(突然、持っているものを突然落としたりしていないか)――とにかく、できる限りたくさんの情報を集めます。これは、問診と呼ばれる、どんな病気の診療でも真っ先に行われる方法です。しかし、診断の根拠となるてんかん発作の有無を判定する決定的役割を担っていますから、てんかん診療では問診がきわめて重要です。紙と鉛筆さえあればいい、きわめて原始的な診療手段ですが、さまざまな検査技術が進んだ現在でも、この問診という方法がてんかん診療の中心となります。
 問診の時一番大切なことは、なるべく日常的な言葉で具体的に発作の様子を表現していただくことです。
 医学専門用語を使うのは間違いのもとです。
 昔、てんかんをもつ子のお母さんに、あるとき、「発作はないけど、ひきつけはあるよ」と言われて、呆然としたことがあります。それまで診察のたびに「発作はないですか」と聞いていたのですが、そのお母さんはきまって「ない、ない」と答えてみえました。ですから、その患者さんのてんかん発作はうまくコントロールされていると信じていたのです。けれど、じつは、毎週のように「ひきつけて」いたのだそうです。そのお母さんが発作という言葉をどのように解釈していたのか、いろいろ聞いても、今ひとつはっきりしませんでした。しかし、少なくとも、手足の「ひきつけ」と別物と考えていたことは間違いないようです。
 日常的な言葉はどんな人にも同一の意味が共有されています。しかし、専門用語となると専門家の間でも時としてまったく意味が異なることがあります。ましてや、専門家以外の人々の間では定義が違ってしまって当然です。
 たとえば、てんかんの専門医は、強直発作といえば、叫び声をあげ、真っ青になって、眼球を上転させ、身体を折り曲げ、四肢を硬くする数十秒の発作と脳波上の漸増波を思い浮かべます(図7)。しかし、普通の人にとっては、その一般的語感から言っても、とにかく手足を硬くする発作すべてが含まれてしまうでしょう。手足を硬くする発作は、たとえば、部分発作でもみられます。同じ強直発作という言葉を使っていても、定義が違っていますから、考えている内容が異なり、情報が正確に伝わりません。
 てんかん発作の様子は医学用語など使わなくとも日常使われている言葉で十分表現可能です。次にご紹介するのは子どものてんかん発作を父親が見事に描写した例です。


「…医療に携わっている方々が、幼児に特有できわめてまれな痙攣に注目していただければと願いこのレターを書きます。私が知っている唯一の例は私自身の息子ですので、直接、私にでも、あるいは、ランセット誌への投稿という形でもいいですから、どなたかこの病気についてお教え願えれば幸いです…生まれて4カ月目に息子はお辞儀でもするように頭を前屈させるようになりました…おじぎしてそれからまた元に戻るということが交互に数秒おきに起き、一回の発作の間にそれが10回から20回、あるいは、それ以上繰り返されます…同年齢の子にみられる知的活動や活発な動きはみられません…笑いませんし、何もみていません。じっとしていて、悲しげです…」    West WJ (1841)


 これはイギリスの外科医兼産婦人科医であったウェストという医師がランセットという現在も発行されている医学雑誌に150年以上も前に投稿した論文からの引用です。通常の論文形式ではなくレター形式のためでしょうか、臨床医の正確な観察の合間から父親の愛情と悲しみがにじみでてくるような文章です。
 ウェストの息子の発作がシリーズを形成する攣縮発作(てんかん性スパズム)であることは、この簡潔な文章でもすぐに分かります(図6)。しかし、その発作描写には医学的専門用語がほとんど使われていません。むしろ、日常の言葉が使われているからこそ、はっきりと発作症状が伝わってきます。ウェストの息子が罹患していた疾患はかつては点頭てんかんの名で知られていたてんかん症候群ですが、国際的にはウェストの名をとってウェスト症候群と呼ばれています。短い論文ですが、このてんかん症候群の発作像、臨床経過を見事に活写した世界最初の論文の著者に敬意を表してつけられた病名です。
 このように、てんかん発作は日常の言葉で充分表現可能です。医学用語はむしろ誤診の原因になりかねません。

脳波

 問診が大事だということは分かったが、では、脳波はどうなんだとおっしゃる方がみえるかもしれません。
 もちろん、脳波は、たとえ発作中に記録がなされなくとも、てんかんの診断にとって大切な検査です。発作以外の時でも、てんかんのある人の脳波(発作間欠期脳波)には棘波とか棘徐波といったてんかん発作と親和性の高い異常な波がしばしばみられるからです。ですから、問診でてんかん発作が疑われ、さらに、脳波でそのような異常波、てんかん放電が認められれば、その発作がてんかん発作である可能性がきわめて高くなります。20世紀に入って脳波検査ができるようになるまで、問診以外に、ある人がてんかん発作をもっているかどうかを目にみえる形で確認する検査法はありませんでした。そして、さまざまな検査技術が開発された現在においても、てんかんの診断において脳波にまさる検査法はありません。脳波検査はてんかん診療に革命をもたらしたといっても過言ではありません。
 ただ、注意しなければいけないのは、脳波上てんかん放電がみられる人すべてがてんかん発作をもっているわけではないという事実です。たとえば、スウェーデンで行われた調査ですが、千人以上のてんかん発作の既往のない健康な子供で脳波を行ったところ、数パーセントにてんかん放電がみられたと報告されています(図12)。脳波にてんかん放電があるからといって全員がてんかん発作を起こすわけではないのです。

図12 ローランド棘波
 幼児期から学童期の小児によくみられる中心-中側頭部に頻発する棘波(この脳波ではC4、T2-T6など右中心-側頭部に認められる)。鋭波が中心溝(ローランド溝)周囲から発生しているようにみえるのでこの名がある。実際、発作としてもこの部位の皮質機能に関連する口角の引きつり、口周囲のしびれ感などがみられることがある(シルビウス発作)。しかし、これほど派手な棘波がみられても、まったくてんかん発作を起こさない小児も少なくない(この脳波の4歳児も頭痛が見られただけで、てんかんではなく、片頭痛と診断されている)。

 逆に、てんかん発作がある人全員に発作間欠期脳波でてんかん放電がみられるわけでもありません。通常、脳波という場合、頭皮に20個から30個ぐらいの電極を均等の間隔になるように電極糊でつけて記録する頭皮脳波のことをいいます。これによって、頭蓋骨の近くにある大脳皮質の電気活動はある程度把握できます。しかし、脳は立体的な構造をしています。多くの皮質は頭蓋骨の真下にありますが、電極からずっと離れた頭の奥に位置している皮質も少なくありません。こうした部位にてんかん放電が生じていても通常の頭皮脳波ではなかなか捉えることができません。通常の脳波で記録できるのは皮質の電気活動の3分の1にすぎないという試算もあります。
 頭蓋骨も問題です。脳波はせいぜい数千マイクロボルト単位のきわめて微弱な電気を増幅して記録した波形です。この微弱な電気活動は骨を通過する間にかなり減衰します。減弱して脳波記録には現れなくなる電気活動も少なくないと考えられています。頭皮脳波は脳の電気活動のほんの一部を記録しているにすぎないのです。
 ですから、問診でてんかん発作があるかどうか確認せずに脳波だけでてんかんと診断することはできません。まずは発作症状をできるだけ詳しく聞いて、てんかん発作の有無を十分に検討したのちに脳波の出番となるのです。
 もちろん、だからといって、脳波は意味がないといっているのではありません。
 問診でてんかん発作の有無を確認するといっても、完全な発作情報がいつも得られるとはかぎりません。むしろ、不完全な情報しか聞き出せないことがほとんどです。発作の後、眠っているところを発見され、発作を起こした本人は何も覚えていないということも少なくありません。そんなときでも、脳波にてんかん放電がみられれば、そのエピソードがてんかん発作であった可能性が高くなります。
 てんかん放電の種類によって発作型を推測することもできます。たとえば、複雑部分発作と欠神発作を区別する場合などがそのいい例です。この2つの発作は同じように意識喪失と自動症がみられます。しかし、複雑部分発作のある人の脳波では、多くの場合、脳の一部に棘波がみられるだけですが、欠神発作では脳のすべての部分から棘徐波(全般性棘徐波)が出現します(図8)。専門医ならば問診からも二つの区別はだいたい可能ですが、脳波によってその鑑別を確実なものにすることができます。
 脳波はてんかんの人を長い間診ていくうえでもなくてはならない検査です。
 てんかん発作の起こりやすさというのは一生を通じていつも同じではありません。てんかんの原因にもよりますが、とくに素因性てんかん(特発性てんかん)では年齢とともにてんかん発作が起こりにくくなることがよくあります。たとえば、小児期発症の特発性局在関連てんかんの一部は思春期近くになるとしだいにてんかんの活力が低下していくことが知られています。小児てんかんの約半数前後が、大人になると薬を飲まなくてもてんかん発作を起こさない状態になります。最近は自然終息性Self-limitedてんかんという名で呼ばれるようになっているてんかん症候群です。成人のてんかん有病率は小児のてんかん有病率より低いことが知られていますが、その一因はここにあると考えられます。てんかんは決して「不治の病」ではありません。原因によっては完全に治癒することも少なくないのです。
 そして、てんかんが治癒していることを確認できる可能性のある唯一の検査が脳波です。てんかんの活力が落ちると脳波上のてんかん放電の出現頻度も減り、最終的には消失していきます。長年発作がないと、てんかん発作をおさえる薬(抗てんかん薬)をやめていくこともあるのですが、その場合にも、脳波が重要な判断材料になります。脳波にてんかん放電がみられるかみられないかによって、てんかん発作の再発率が異なることがわかっているからです。発作再発率はてんかん放電がみられない場合のほうが圧倒的に低いことが知られています。
 特異性も感度も完璧とはいえませんが、脳波はてんかん発作が起こりやすいかどうかをみることができる唯一の検査法です。


てんかんをもたらすものたち‐‐‐‐‐病因


 てんかんはさまざまな病気の集まりだといいましたが、てんかん発作が間違いなくあって、脳波からも、てんかん発作が起きやすいらしく、どうやら、てんかんらしい、と診断がなされると、次に、てんかんをもたらしているもの(病因)を突き止める作業にとりかかることになります。
 病因の探求というと、血液検査、画像検査などのさまざまな検査が思い浮かぶかもしれません。しかし、ここでも、まずは、患者さんとその関係する方々から話をお聞きすることが大事で、そこから重要な情報を汲み上げることができます。誕生前、誕生後のさまざまな情報、例えば、生まれてくる時、問題がなかったか、いつ歩き始めたか、いつ話し始めたか、友達とうまくいったか、などをしっかりお聞きすることで、新生児仮死、運動障害、知的能力障害、自閉症スペクトラム障害などの併存症の情報を入手できます。こうした情報と患者さんの姿、運動機能、コミュニケーション能力などの所見を重ね合わせることによって、どんな併存症があるのかを確認し、てんかんの病因を考えるうえでの指針とします。
 
このように併存症の有無を見定めたのち、病因を探っていくことになります。図13でわかるように、病因は発症年齢とともに変わります。それに、どれだけ調べても病因がわからないことが少なからずあります。

MCD(Malformation of Cortical Development):皮質発達奇形 
NCS(Neuro Cutaneous Syndrome):神経皮膚症候群
PME(Progressive Myoclonus Epilepsy):進行性ミオクローヌスてんかん 

図13 てんかんの発症年齢別病因 (Chipaux M. et al (2016) 改変)
 2007年から2013年にかけてフランスの23のてんかん基幹病院を受診したてんかん症例5794例の発症年齢別推定病因比率。基幹病院受診例であるため器質的脳障害を有するてんかん難治例が比率的に高く(53%)、てんかん症例全般に比べると病因が判明している率が高いと推定される。しかし、それでも、年齢別病因はある程度読み取ることができる。幼少期には低酸素性・虚血性脳症、染色体異常・遺伝子変異、皮質発達奇形、神経皮膚症候群が病因として目立つのに対し、年齢とともに腫瘍、脳血管障害の割合が増える。てんかんの病因などの分類は旧国際分類に基づいており、以下に述べるものとは異なっている。

構造異常

 てんかんの診療において脳波と並んで必ず行われる検査が頭部CT(Computed Tomography)、頭部MRI (Magnetic Resonance Imaging)などの神経画像検査です。とくに、MRIはてんかん診療に必須の検査といえます。MRIは脳内構造を細かく映し出し、その「材質」まで示してくれるからです(図14)。ただし、MRI機器の性能がその有用性を大きく左右します。皮質形成異常のような微妙な陰影の変化を示す病変の描出には磁場強度が1.5T(テスラ)以上の機器が必須です。この磁場強度のMRIの出現がそれまで見えなかった皮質形成異常などの病変の診断を可能にしました。磁場強度の数字が大きいほど精緻な画像を得ることができ、最近では3T、5Tといったさらに高磁場強度のMRIも出現してきて、それまで確認できなかった病変までみつかるようになってきています。
 また、乳児期は、神経線維を覆う髄鞘が厚みを増す(信号の伝達速度が加速する)時期なので注意が必要です。髄鞘化の進展具合によってMRI画像が大きく変化し、病変が見えなくなってしまうことすらあるからです。このため、乳幼児では時をおいて検査し直す必要に迫られることもあります。一方で、経時的なMRI撮影で髄鞘化の遅れがみられた場合(たいていは精神運動発達の遅れと連動します)、病因を探るうえでの重要なヒントになります。
 画像検査にはMRIやCTのように構造を検出する検査に加え、ポジトロンCT、単一光子放射断層撮影(Single Photon Emission Computed Tomography (SPECT)、MRスペクトロスコピー(proton magnetic resonance spectroscopy(MRS))のように脳内の代謝活動、血流を検出する機能画像があります(図14)。これらはCTやMRIで認められた異常所見がどのような質的異常に由来するのかを示し、時として、CTやMRIでは見つけることができないてんかんの病変を示唆してくれることもあります。

表1 てんかんに関連する頭蓋内病変
(ILAE EpilepsyDiagnosis.org Diagnostic Manual https://www.epilepsydiagnosis.org/aetiology/structural-groupoverview.html
2022年8月25日閲覧 改変)
種  別病  変
皮質発達異常 (発達期の神経細胞の移動、発育の異常)滑脳症、 皮質下帯状異所性灰白質
多小脳回、 片側巨脳症
焦点性皮質形成異常、 結節性硬化症
裂脳症、視床下部過誤腫
血管奇形脳血管腫、スタージ・ウェーバー症候群
動静脈奇形
低酸素性虚血性病変脳卒中(脳血管事故) 低酸素性虚血性脳症
脳外傷事故、 非事故(虐待)
脳腫瘍胎芽異形成性神経上皮腫瘍、神経節膠腫
海馬硬化内側側頭葉硬化

皮質発達異常

てんかんに関与する脳病変は、皮質発達異常、血管奇形、海馬硬化、低酸素性虚血性病変、脳外傷、腫瘍、孔脳症性嚢胞に分けて考えると便利です。
 胎児の脳では、脳の奥で髄液の貯留槽となっている側脳室の周囲が神経細胞の生成工場になります。側脳室周囲で新しく生まれた神経細胞は、脳の表面に向かって移動し、脳の表面を覆う層、皮質を形成します。このように次から次へと神経細胞がやってくるものですから、そのうち、脳の表面には神経細胞がたどり着ける場所がなくなってきます。すると、脳の表面にくぼみ(脳溝)がいたるところに出来始めます。くぼみができた分、脳の表面積が増え、側脳室周囲から這いあがってくるさらなる神経細胞を格納する場所が確保できるからです。これが脳のシワ、脳回です。しかし、せっかく脳の表面にたどり着いた神経細胞ですが、全てが脳の表面にそのまま留まるわけではありません。生まれる前にうまく機能しそうもない神経細胞は刈り込まれます。
 脳のこの発達過程に変調をきたすと皮質の発達奇形が生じます。神経細胞が十分な量、皮質に到達しないと脳のしわが形成されず、滑脳症のようなでこぼこが少ない脳になってしまいます。また、神経細胞の移動が途中で停滞してしまって皮質までたどり着かず、皮質下白質内に帯状に神経細胞の集団ができてしまう皮質下帯状異所性灰白質のような疾患もあります(図15)

図15 皮質下帯状異所性灰白質 12歳女性
MRI T2強調画像(左)とSPECT脳血流画像(左)
 皮質下に皮質と同じ信号強度が帯状に側脳室集に白質を取り囲むように連なっている(矢印)。この部位の血流は皮質同様高く(点線矢印)、皮質と同等の脳表までたどり着けなかった神経組織が存在することがうかがわれる。この女性には軽度知的機能障害に加え部分発作が週に数回みられて難治に経過している。


 
さらに、裂脳症のように何らかの理由で大脳が一部切断されてしまっていることもあります。裂脳症では切断面に皮質らしきものが認められますから、切断は神経細胞が移動を開始する前に起こったと考えられます(図16)。

図16 裂脳症 15歳 男性
 MRI T1強調像大脳の真ん中あたりで側脳室から脳表に向かって切れ目が入っている(矢印)。しかし、切れ目の周囲には皮質とおぼしき像が写っており、神経細胞が側脳室から脳表に移動する以前にこの切れ目ができたことを示唆している。この少年は顔面、四肢が弛緩し、涎を流し、歩行器で移動していたが、お気に入りのプロ野球チームの勝敗を毎朝スポーツ紙でチェックしていた。5歳の時にてんかん発作がみられたが、抗てんかん薬の内服で発作はコントロールされている。


 一方で、片側の脳で不要神経細胞の胎内における刈り込みがうまく行われず、皮質が異常細胞で満たされて膨れ上がる片側巨脳症のような異常が起こることもあります。片側巨脳症ほど大規模ではありませんが、大脳皮質の一部に皮質細胞とは異なる異常神経細胞が集簇する皮質形成不全もみられます(図14)。また、脳内の構成細胞の増殖の抑えが効かなくなって必要もない細胞の塊(過誤腫)ができてしまう結節性硬化症や視床下部過誤腫のような疾患もあります。

14 皮質形成不全 9歳男児 糖の取り込み状態を画像化した機能画像、ポジトロンCT(右)では左前頭葉の一部で糖の取り込みが低下している(破線矢印、青い部分が糖の取り込みが少ない(代謝が低下している)ことを示す)。MRIプロトン密度強調画像(左図)では、同部位の皮質から白質にかけて白っぽい異常信号(矢印)を認める。この男児は4歳4ヶ月から、アゴをガクガクさせ、その後右上肢を挙上、口唇、顔面をふるわせる発作が日に数十回頻発、発作時脳波で左半球に始まる律動波を認めた。切除術が行われ、発作が消失し、切除標本では皮質形成不全病変が確認された。

血管奇形

てんかん発作は神経細胞の異常のみで起こるわけではありません。脳血管の異常によってもたらされることもあります。異常血管によって神経ネットワークが歪んだり、血液がうまく供給されなくなったり、小出血によって血液起源の色素(ヘモジデリン)が神経に沈着したり、繊維化(グリオーシス)したりして、神経細胞の電気活動がかき乱され、発作に到るのです。
 脳血管腫は膨れあがった小血管が集まって海綿状になった血管奇形で、年とともに大きくなります。そして、20-40歳頃、この異常血管集団から血液がしみ出すようになったり、血管が破裂したりして、てんかん発作を引き起こします。
 ヒトでは受精後、盛んに細胞分裂が繰り返され、その中から外胚葉と内胚葉という細胞集団が現れます。外胚葉はその後、中枢神経と皮膚などの体表組織へと分化しますが、この外胚葉に不調が生ずると、皮膚と中枢神経の双方に異常が現れます。そのような疾患を神経皮膚症候群といい、前に述べた片側巨脳症(伊藤白斑合併)、結節性硬化症がこれに属します。さらに、血管の異常がみられる神経皮膚症候群としてスタージ・ウェーバー症候群があります。細胞信号に関与するGタンパクを制御するGNAQ遺伝子の変異によって起こる病気で、顔面のポートワイン色の斑状色素斑と脳表の髄膜の血管腫が特徴です。髄膜血管腫は頭頂葉から後頭葉にかけての皮質の虚血、石灰化をもたらし、7-9割の患者さんがてんかんを発症します。
 動静脈奇形は胎児期に動脈が毛細血管を介さず血管の塊(ナイダス)を通じて静脈につながってしまう血管異常で、これが脳内に生ずるとナイダスの圧迫によって周囲の神経網が歪められ、発作が起きます。しかし、発作以上に問題なのはナイダスの破裂で、時として、脳出血が死につながることもあります。

低酸素性虚血性脳症

 これがもたらされる最大の疾患は卒中です。具体的には脳出血と脳梗塞です。通常は成人の病気ですが、まれに、新生児にもみられることがあります。脳出血、脳梗塞いずれにおいても脳の神経組織網が破壊され、てんかんの発症につながります。
 小児の低酸素性虚血性脳症は、ほかに、溺水、窒息などさまざまな原因で起きますが、頻度的に多いのは新生児仮死に伴うものです。出生時の低酸素と虚血によって脳組織が壊死に陥りますが、その程度はさまざまで、壊死が脳の一部に限局しているものから、壊死が脳全体に及んで脳表が穴だらけになるもの(多胞性脳軟化症)まであります(図18)。脳の破壊が強いほどてんかん発作も起こりやすく、また、難治の傾向があります。

図17 多胞性脳軟化症 MRI T2強調像
 胎盤早期剥離による重度仮死状態で出生。類円形の低吸収域が脳表下に連なっており、同部位が壊死によって嚢胞状になっていることが推定される。

脳外傷

 交通事故などで重篤な脳外傷を受けると意識障害とともに、しばしば、てんかん発作が起きます。この発作は、一旦は収まりますが、年月をおいて異常神経細胞回路が徐々に形成され、てんかん発作を繰り返すようになります。てんかんの発症率の低い青年期には、てんかん発症の主原因は脳外傷です。脳障害が重いほどてんかんの発症率も高まります。
 乳幼児では、事故によらない頭部外傷がまれに起きます。虐待性頭部外傷です。泣いている子どもを黙らせようとして大人が子どもの身体を掴んで揺さぶることによって起こるとされている頭部外傷です。揺さぶられると、子どもは泣かなくなりますが、泣き止むのではなく、気絶するのです。子どもが激しく揺さぶられると、成人に比べ体重比の高い頭を幼弱な頸部が支えきれず、頭が何の抵抗もなく大きく振り回されます。かつては、揺すぶられっ子症候群 shaken baby syndromeと呼ばれていた小児虐待です。揺すぶられた結果、頭蓋内の血管と白質が損傷を受け、脳の血行障害、浮腫をきたし、脳がふやけた状態になります。また、頭蓋と脳表をつなぐ橋静脈が断裂して硬膜下出血を起こします。さらに、神経線維が牽引されて断裂し、結果的に、神経細胞全体が破壊され、脳挫傷をきたします(図19)。こうして意識障害とけいれんが起きるのですが、外面上は外傷がみられず、虐待と気づかれにくいことがshaken baby syndromeの特徴とされ、注目を集めていました。しかし、注意して探せば、外傷が見つかることも少なくないようです。他の脳外傷同様、急性期のけいれんのあと、潜伏期を過ぎててんかんが発症することが少なくありません。

図18 虐待性頭部外傷(いわゆるShaken baby syndrome)
 生後2か月に「ベビーベッドから畳に落ち」意識状態が悪化、啼泣がみられず、四肢は弛緩し、両側瞳孔は散大、対光反射もみられない状態になった。この時の頭部CT(左上が単純、左下が造影)では右半球硬膜下に高吸収域、両側半球の低吸収を認め、側脳室はみられず、膨れあがった脳が大泉門からはみ出し(点線矢印)、右急性硬膜下出血と脳挫傷による強い脳腫脹が疑われた。その後、自閉傾向のある重度精神遅滞、左優位の四肢麻痺、斜視が残存し、部分発作が難治に経過した。5歳時単純CT(右上図および右下図)では右半球優位の萎縮を認め、左優位に前頭葉の低吸収域を認め、広範囲に脳神経細胞が破壊されていることが示唆された。

脳腫瘍

 慢性疾患としてのてんかんに関係のある脳腫瘍は胎児性異形成性神経上皮腫瘍(Dysembryoplastic Neuroepithelial tumor (DNET))と神経節膠腫(Ganglioglioma)の2つで、いずれも増大傾向のあまりない良性腫瘍です。ですから、通常は、わざわざ摘出する必要がないのですが、難治てんかんの原因となっている可能性がある場合にはてんかん外科手術の対象となります。
 DNETは乏突起膠細胞に神経細胞と星状細胞がないまぜになった腫瘍で細胞の異形性はほとんどみられません。側頭葉によくみられますが、それ以外の脳葉にもできることがあります。皮質形成不全に隣接してみられることが少なくないので、この2つの病変は発達上、同じ起源ではないかともいわれています。知的能力障害などを直接きたすことはありませんが、発作が難治性に経過すると退行に陥ることもあるので、難治てんかんの経過をとるようならば早期の手術が望まれます。
 神経節膠腫はグリア神経細胞が集簇した固形(時に、多房性)腫瘍で、皮質、とくに、側頭葉に多く発生します。やはり、皮質形成不全に隣接してみられることが多く、2つは同じ起源をもつものかもしれないといわれています。DNET同様、難治てんかんをもたらすことがあり、てんかん外科治療の対象になります。

海馬硬化(内側側頭葉硬化)
 海馬硬化とは側頭葉の内側にある海馬の錐体神経細胞が抜け落ち、代わって顆粒細胞が散らばり、グリア細胞の増殖(グリオーシス)が生じて、海馬が固く縮こまってしまう病変のことです(図19)。病変は海馬の周囲にもおよぶので内側側頭葉硬化とも呼ばれます。こうした変化はてんかん発作の結果と思われてきました。というのも、こうした病変が見られる患者さんの約4分の一で熱性けいれん、それも、遷延する熱性けいれんの既往があるからです。しかし、本当にそれだけなのか、よくわかりません。というのも、熱性けいれんの重積例全員が海馬硬化に至るわけではないからです。それに、海馬硬化は上に述べた皮質形成異常やスタージ・ウェーバー症候群のような血管異常を伴うことがあり、それ以外の要因もあるのではないかと疑われています。ただ、原因はともかく、海馬硬化によるてんかん発作は極めて難治性であるのに、切除することによってかなりの確率で発作を消失させることができます。ですから、この疾患を画像できちんと診断し、外科治療につなげることが大事です。

図19 海馬硬化(MRI T1強調像)
 下方両側に房のように突き出ている脳葉が側頭葉で、内側に灰色の塊のようなものがみえるのが内側側頭葉の海馬である。海馬が右(矢印)に比べ左が小さく縮こまっている(破線矢印)

代謝異常

生体活動は次から次へと生起する化学反応に支えられています。この化学反応の連鎖を代謝といいますが、極めてまれに、乳幼児期(時として、胎児期)の難治性てんかんがこの代謝の異常によって起こることがあります(表2)。代謝異常における化学反応連鎖のゆがみは、補充物質によって補正できる場合があります。つまり、発症、症状を阻止できる可能性があるのです。ですから、見逃さないことが大切なのですが、代謝異常を見つけ出すのは必ずしも容易ではありません。
 複合カルボシキラーゼ欠損症は日本では新生児スクリーニングの対象となったので、見逃されるおそれがなくなってきましたが、それ以外の疾患では、症状などを勘案し、確定診断していく必要があります。ところが、その特異症状になかなか気づけません。このため、ピリドキシン依存性てんかんに関しては、有効なピリドキシンやピリドキシン5リン酸を2歳未満の難治性てんかん全例に投与すべき、との意見があるほどです。大半の代謝疾患では遺伝子変異がわかってきていますから、それらの遺伝子変異を一括して調べることのできる遺伝子パネルができればこのことは解決できるかもしれません。

表2 てんかん発作が目立つ代謝異常症
代謝異常症症  状付  記
複合カルボシキラーゼ欠損症(ビオチニダーゼ欠損症BTD遺伝子変異+ホロカルボキシラーゼ合成酵素欠損症HLCS遺伝子変異)新生児期発症。けいれん、嘔吐、哺乳障害、嗜眠傾向、筋緊張低下、酸性血症、高乳酸血症、高アンモニア血症、脱毛、皮膚感染症、易感染性、100万人に1人。ビオチンを必要とする酵素がビオチンに結合できず、酵素活性が低下。大量ビオチン療法で改善。特徴的な尿中有機酸排泄がみられ、新生児マススクリーニングの対象。
脳葉酸欠乏症乳児期前半発症。けいれん、過敏性、睡眠障害、不随意運動、失調、痙性、視覚障害、難聴、頭部成長減速葉酸受容体不全。髄液葉酸値低下がみられるもののフォリン酸投与が適応であり、葉酸投与は禁忌。MRスペクトロスコピーで脳内クレアチン低下が検出可能。
グアニジン酢酸メチル転換酵素欠乏症
(GAMT遺伝子変異)
生後3か月~3歳発症、精神運動発達遅滞、けいれん、知的能力障害、筋力低下、行動異常、不随意運動クレアチン1水和物が早期に投与されると有効(新生児期からの治療は症状発現を抑える)。
グルコーストランスポーター1(GLUT1)欠損症 (SLC2A1遺伝子変異)空腹で悪化する乳児期発症てんかん(欠神発作、ミオクロニー発作、部分発作)、精神運動発達遅延、小頭症、痙性麻痺、運動失調、不随意運動グルコースの血液脳関門から脳内への取り込みが障害される。髄液糖濃度低下。ケトン食がてんかん発作、認知機能障害に対し有効。
ミトコンドリア病群発、重積傾向のある難治てんかん、退行、ミオクローヌス、失調、偏頭痛、不整脈、腎障害、肝障害、視力障害、聴力障害ミトコンドリアもしくは核内DNA遺伝子変異(200近い)で起こり、アルパース症候群(POLG遺伝子変異)など数十種の病型が知られている。アルギニン、水溶性ビタミン類(ナイアシン、B1、B2、リポ酸など)の補充療法が部分的に有効なことがある。
ペルオキシソーム病
(PEX遺伝子変異)
難治てんかん、筋緊張低下、知的能力障害、前頭突出などの顔貌異常、視覚障害、聴覚障害、肝障害、腎障害、骨異常PEX遺伝子異常によってペルオキシソームの形成異常がもたらされる。表現型でツェルウェガー症候群、新生児副腎白質ジストロフィーなどに臨床型が分類されている。皮質の形成異常がもたらされる。
ピリドキシン依存性てんかん
ALDH7遺伝子変異)
難治てんかん(胎内けいれん、部分発作、ミオクロニー発作、頷きを伴う回転性・上下揺動眼球発作)、未熟児出生、乳酸アシドーシスを伴う仮死様出生、知的能力障害2歳未満の難治性てんかんでは最低1か月ピリドキシンとピリドキシン5リン酸の投与を試みるべきとの意見がある。

遺伝子異常

 ご存じのように、ヒトの設計図ともいうべき遺伝情報はデオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid (DNA)) 上に記録されています。DNA上の核酸塩基、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)のうちの3つの組み合わせ(遺伝暗号(コドン))が1つのアミノ酸を指定し、これらのアミノ酸が特定の順序で連なることで、タンパク質の一次構造が決定されます。この暗号化された遺伝情報は細胞核内46本のDNA集合体(染色体)とミトコンドリア内のDNAに格納されています。
 ヒトは両親から23本ずつ染色体を受け継いでおり、23本のうちの1本が性染色体と呼ばれるX染色体またはY染色体で、XYの組み合わせは男性、XXは女性にみられます。性染色体以外の22本は常染色体と呼ばれ、大きいものから順に1番〜22番までの番号が付けられています。一方、ミトコンドリアのDNAは母親からだけ受け継がれます。
 遺伝子異常によるてんかんはダウン症候群、18番染色体トリソミーのように染色体の構造異常によって起こるものから、FISH法で初めて診断可能な微細構造欠失により発症するもの、そして、遺伝子解析でしか判明しない分子レベルの遺伝子変異によってもたらされるものまで、さまざまです。
 まず、てんかんを起こしやすい微細構造欠失も含めた染色体の構造異常の場合ですが、さまざまな遺伝子情報が関与しているためでしょう、目や口や耳などに特色ある変異がみられることが少なくありません。このため、そうした形質異常が染色体検査や微細構造欠失の確認(FISH法、CGHマイクロアレイ法)のきっかけになります。しかし、中には、環状20番染色体症候群のように、きわめて頑固な発作がみられるにもかかわらず、外見上の形質異常がみられず、ときとして、知的能力障害のような併存症もなく、染色体異常とは気づきにくい疾患もあります。そのうえ、この環状20番染色体症候群はすべてのリンパ球に染色体異常がみられるわけではありません。50~100個に一個しか異常環状染色体がみられない(モザイク型)ことがあります。このため、通常の検査方法では見逃してしまう可能性があるので、注意が必要です。また、Pallister-Killian症候群のようにリンパ球の染色体検査では異常を捉えることのできない疾患があることも念頭においておく必要があります。

表3 特異な発作型、特徴的な脳波所見がみられるてんかんを合併する染色体異常、
もしくは、てんかんの病因として頻度が高い染色体異常 (ILAE EpilepsyDiagnosis.org Diagnostic Manua https://www.epilepsydiagnosis.org/aetiology/genetic-groupoverview.html   2022年8月25日閲覧改変)
染色体構造異常疾患名検査法症  状
15番染色体短腕13.3 微小欠失15q13.3 微小欠失
症候群
アレイCGH法全般てんかん(欠神発作)、知的能力障害、発達遅延、分厚い外反した唇、落ち窪んだ目、
眼瞼裂斜上、両眼開離、眉毛叢生、目立つ人中、筋緊張低下でゆるんだ顔貌。
18番染色体短腕欠失18q欠失症候群G分染法てんかん(焦点性自律神経発作)、知的能力障害、低身長,小頭症,筋緊張低下,
発達遅滞,特異的顔貌(顔面正中の低形成,奥まった目,鯉口),大きな外耳輪・外耳道閉鎖・難聴,口唇口蓋裂,外性器異常,足変形,細長い指・母指付着異常,先天性心疾患。
15染色体基幹部
(とくに15q11-q13)の逆転重複
Inv dup (15) or
idic (15)症候群
G分染法 FISH法で確認てんかん(てんかん性スパズム、部分発作、全般発作、大田原症候群、発熱による発作群発傾向、難治)、
筋緊張低下、関節過伸展、流涎、発達遅滞、知的能力障害、自閉症状。
1番染色体短腕36欠失1p36欠失症候群テロメア周辺領域のFISH法 アレイCGH法てんかん(てんかん性スパズム、部分発作、全般発作)、成長障害、知的能力障害、落ち窪んだ目、
とがった顎、筋緊張低下、哺乳不良、先天性心疾患、難聴、斜視、白内障、肥満。
母親由来15番染色体長腕11-13
微細欠失、変異、父親の15番染色体2倍体、
インプリンティング欠損(刷り込み変異)
アンジェルマン症候群CGH マイクロアレイ FISH法(UBE3A遺伝子)てんかん(主として、全般発作)、脳波上、前頭部優位2-3Hz高振幅徐波、知的能力障害、小頭症、
下顎突出、青い目、明るい髪の色、色白、失調、易笑傾向、睡眠障害。
21番染色体トリソミー(3重体)ダウン症候群G分染法約1割がてんかんを発症するが、その40%は1歳前発症(てんかん性スパズム)で残りの40%は
30歳台以降に発症(あらゆる発作型が見られる)。筋緊張低下、知的能力障害、低身長、特徴的ダウン顔貌、先天性心疾患(出生後脳障害の原因となることがある)。
X染色体トリソミー(3重体)クラインフェルター
症候群
G分染法乳幼児期発症てんかん(薬でコントロール可能な欠神発作、強直間代発作)。知的能力不全、行動異常。
性腺機能低下症。
17番染色体短腕欠失ミラー・ディーカー
症候群
FISH法てんかん(てんかん性スパズムが主体)、古典的滑脳症(LIS1遺伝子)、小頭症、広い額、側頭部陥凹,
四角い顔,短く小さい鼻,上向きの鼻孔,薄い上口唇,小顎,耳介低位。
12番染色体短腕テトラソミー(4重体)Pallister-Killian症候群線維芽細胞による染色体解析** 頬粘膜細胞の間期核 FISH 分析でも可能てんかん(てんかん性スパズムも含め、種々の発作型)。発達遅延、重度知的能力障害、筋緊張低下、
白斑、過剰色素班、粗な顔貌、広い額、側頭部の粗毛、耳介低位、眼間開離、低い外鼻、内眼角贅皮、長い人中、聴力障碍、白内障、先天性心疾患、横隔膜ヘルニア、過剰乳頭。
環状14番染色体環状14番染色体症候群G分染法 (モザイクのため50-100分裂像を確認する必要あり)乳児期発症難治てんかん(特異な発作型、脳波所見はないが大田原症候群のかたちをとることがあり、
また、発熱とともに部分発作が群発することもある)、知的能力障害、易感染性、小頭症、低身長、
細長い顔、短頚、下顎後退症、肺動脈狭窄、白内障、色素網膜症。
環状20番染色体環状20番染色体症候群G分染法 (モザイクのため50-100分裂像を確認する必要あり)てんかん(難治非けいれん性てんかん重積状態、ミオクロニー発作、部分発作(非対称性強直発作、
過運動発作(睡眠時前頭葉発作)、恐怖を伴う視覚幻覚の発作、発作間欠期脳波は正常、両側側頭部棘波)。知的能力障害(モザイク率と関連)、行動異常。染色体異常を疑わせる外面上の所見はない。
12番染色体短腕トリソミー(3重体)12番染色体短腕トリソミーG分染法全般性てんかん(ミオクロニー欠神発作、ミオクロニー発作、3Hz棘徐波)、発達障害、知的能力障害、
多脳回症、皮質形成不全などの脳構造異常、搭状頭蓋、扁平後頭、短頚、老人様顔貌、丸顔、平坦な上向きの鼻、前額突出、左室低形成。
4番短腕欠失ウォルフヒルシュホーン
症候群
テロメア周辺領域のFISH法 アレイCGH法てんかん(熱によって誘発され、群発する強直間代発作、片側間代発作、てんかん性スパズム、非定型欠神、部分発作、さまざまな周波数の全般性棘徐波)、成長障害、知的能力障害、摂食障害、睡眠障害、小頭症、脳梁異常、小脳異常、頭部・顔面非対称、ギリシャヘルメット様鼻、難聴、眼瞼下垂、
視神経異常、歯牙異常、先天性心疾患、唇裂口蓋裂、IgA欠損症・4
G分染法:染色体をギムザで縞模様に染色し、染色体の数や構造を判別。
アレイCGH (Comparative Genomic Hybridization)法:染色体の微細領域の数(コピー数)を調べ、染色体の微細領域の欠損、重複を診断。
FISH(fluorescence in situ hybridization(蛍光 in situ ハイブリダイゼーション))法:調べたい遺伝子領域と対になる一定の長さのDNA断片(プローブ)に蛍光をつけ、染色体と反応させる検査法。染色体に標的遺伝子領域があれば蛍光が光るのでその存在を確認できる(光らなければ欠失が証明される)。
G分染法、アンジェルマン症候群とミラー・ディーカー症候群のFISH法は商業ベースの検査によって比較的簡単にできる。アレイCGH法も診療報酬の対象。
環状染色体:染色体の端と端がくっついてリング状になったもの。端と端がくっつくのは染色体末端に欠失があるためのことが多い。また、環状染色体があると細胞分裂の際、染色体の分離がうまくいかず、分裂できない細胞が生じやすく(分裂できても長生きできないので)成長障害の原因となる。
* 父方または母方のいずれか一方から受け継いだ時にのみ遺伝子機能が有効になる(ゲノムインプリンティング)領域。アンジェルマン症候群では母方の遺伝子情報が脳内で有効となるので母方情報が発現しないと発病する。
** 多数の正常染色体細胞との混合状態(モザイク)のため、通常行われている少数のリンパ球解析では見逃す可能性がある。

 以前、てんかんは必ずしも遺伝するわけではないと申しました。しかし、遺伝子解析の進歩に伴って、てんかんには少なからず遺伝子が関与していることがわかってきました。
 ただし、遺伝てんかん(genetic epilepsy)は家族発症の遺伝性てんかん(inherited epilepsy)とはかぎりません。
 血液型のように、両親の遺伝子の組み合わせによっててんかんを発症するいわゆるメンデル型家族発症遺伝てんかんがないわけではありません。実際、1990年台に発見されたてんかん関連遺伝子変異は、常染色体優性夜間前頭葉てんかん(CHRNA4、CHRNA)や良性家族性新生児けいれん(KCNQ2、KCNQ3)のような家族発症てんかんでみつかっています。ところが、家族発症が目立たず遺伝とは無関係かもしれないとも考えられていたドラベ症候群(当初は重症乳児ミオクロニーてんかん(SMEI)と呼ばれていました)で細胞膜におけるナトリウムイオンの出入りを制御する遺伝子に異常(SCN1A、SCN1B)が見つかった(2001年)ことで、てんかんの遺伝子研究の視界が一気に広がりました。卵子や精子の生殖細胞、あるいは、受精後の細胞分裂の初期段階における遺伝子の変異(体細胞変異)が原因となる、親から子への遺伝はみられない新生変異de novoてんかんが結構あることがわかったのです(ただし、両親の精子や卵子といった生殖細胞にモザイク変異がある例では2-3%で兄弟発症が起こる恐れがあることは注意が必要です)。それ以降、ドラベ症候群のように乳児期に重篤な精神運動発達と難治てんかんを合併する乳児てんかん性脳症の原因遺伝子が次から次へと同定され、てんかんの遺伝子研究は急速に進みました。2019年の時点ですでにてんかん発症と関連が推定される遺伝子変異が536報告されており、このうち、てんかん発作を主症状とする疾患の遺伝子変異が83、てんかんと神経発達障害が合併する疾患の遺伝子変異が73で、その後も、その数は増え続けています。
 てんかんに関与する遺伝子の変異は細胞膜の電解質イオンの出入り関係し神経細胞の興奮性に変化をもたらすと推定されるもの、神経間の伝達物質の受容体に関与するもの、ブドウ糖などの運搬に関与するもの、細胞膜での物質運搬に関与するもの、細胞死に関与するもの、細胞増殖、細胞移動に関与するものなどが知られていて、こうした遺伝子の変異は、てんかん発作に関係するだろうと、何となく、想像はできます。しかし、正確な機序は、まだ、よく分かっていません。たとえば、ドラベ症候群でも、てんかん発作や併存症の姿かたちは似ているものの、関与する遺伝子変異は何種類もあることが判明しています。また、同じ遺伝子変異でありながら、併存疾患がなく発作コントロールが容易な予後のよいてんかんから、難治発作と重度の精神運動障害を合併する乳児てんかん性脳症までさまざまな病像がもたらされることがあります。それがどうしてなのかも今のところうまく説明できていません。
 ただ、てんかん関連遺伝子の解明は、治療方針の決定につながることがあります。
 代表例がドラベ症候群です。ドラベがこのてんかん症候群を重症乳児ミオクロニーてんかん(SMEI)と発表した頃、この難治てんかんにはいろんな薬が試されていました。ところが、どの薬もうまく発作がコントロールできず、フェニトイン、カルバマゼピンなどは発作を抑制するどころか、むしろ、悪化させ、しかも、異様な不随意運動まで引き起こし、これらの薬は避けた方がいいということが言われるようになりました。遺伝子解析によって、その理由が少しわかってきました。前にも言いましたが、ドラベ症候群の中には細胞膜のナトリウムチャンネルに関与する遺伝子変異(SCN1A)によって発症する例があります。フェニトイン、カルバマゼピンはナトリウムチャンネルを阻害する抗てんかん薬なのですが、この抗てんかん薬が症状を悪化させるのはこの遺伝子変異のドラベ症候群だったのです(SCN1A遺伝子変異で起こるもっと軽症の熱性けいれんプラス遺伝性てんかんでもナトリウムチャンネル阻害剤が発作を悪化させることがあります)。ところが、同じドラベ症候群でも違うナトリウムチャンネルに関与する遺伝子(SCN8A、SCN2A)の変異によって起こるものではフェニトインやカルバマゼピンがよく効くことがあります。さらに、ナトリウム依存性カリウムチャンネルに関連する遺伝子異常で発症する遊走性焦点発作を伴う乳児てんかんでも、抗不整脈薬のキニジンに加え、カルバマゼピンが効くことがあります。こうしたことは、ほとんどが症例報告の積み重ねによってわかってきたことで、まだ、二重盲検法によってきちんと実証されたわけではありません。しかし、今後、こうした知見の積み重ねによって、てんかん治療においても遺伝子検索が必須と考えられる時代がやってくるのかも知れません。ただ、日本では、てんかんの遺伝子解析に関して、検査の保険適用などを含め、制度が未整備で、こうした結果を簡単には活用できないのが現状です。

表4 てんかんに関連する遺伝子 (ILAE EpilepsyDiagnosis.org Diagnostic Manual https://www.epilepsydiagnosis.org/aetiology/genetic-groupoverview.html
 2022年8月25日閲覧改変)
責任遺伝子略語遺伝子座転写産物の機能変異遺伝子による疾患
V-akt murine thymoma viral oncogene homolog 3AKT31q44インシュリンと成長因子に反応して細胞増殖と細胞分化を制御巨脳症-多小脳回-多指症-水頭症症候群
ADP ribosylation factor guanine nucleotide exchange factor 2 ARFGEF220q13.13胎生期の神経細胞移動に重要な細胞内小胞の動きを助ける小頭症を伴う脳室周囲異所性灰白質
Cdc42 guanine nucleotide exchange factor (GEF) 9 ARHGEF9Xq11.1他の遺伝子を制御驚愕反応を伴う大田原症候群
Aristaless related homeoboxARXXp21.3転写因子、細胞の分化と移動に影響を及ぼし胎生初期の発達に重要パーティントン症候群、大田原症候群、X染色体関連ウェスト症候群(乳児てんかん性スパズム症候群)、X染色体関連脳奇形(滑脳症など)。
X染色体関連知的能力障害の原因の10%を占める。
Calcium channel, voltage-dependent, P/Q type, alpha 1A subunitCACNA1A19p13カルシウムチャンネルのα1サブユニット欠神発作を伴う遺伝性全般てんかん
Calcium channel, voltage-dependent, beta 4 subunitCACNB42q22-q23カルシウムチャンネルのβ4サブユニット発作性失調症、若年性ミオクロニーてんかんを含む遺伝性全般てんかん
Cyclin-dependent kinase-like 5CDKL5)Xp22タンパクの活動性を変化させるキナーゼとして作動(MECP2タンパクにも影響)非定型(乳児期てんかん発症)レット症候群、X連鎖性てんかん性スパズム、大田原症候群
Chromodomain helicase DNA binding protein 2CHD15q26DNA情報のRNAへの転写を修飾遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん
Cholinergic receptor, nicotinic, alpha 2CHRNA28p21ニューロン・アセチルコリン受容体のサブユニット常染色体優性夜間前頭葉てんかん
Cholinergic receptor, nicotinic, alpha 4CHRNA420q13.2-q13.3
Cholinergic receptor, nicotinic, beta 2CHRNB21q21.3ニューロン・ニコチン性アセチルコリン受容体
Chloride channel, voltage-sensitive 2CLCN23q27.1電位依存性塩素チャンネル遺伝性(特発性)全般てんかん(若年性欠神てんかん、若年性ミオクロニーてんかん、全般性強直間代発作単独てんかん)
Collagen type IV alpha 1COL4A113q34基底膜の重要な構成要素であるIV型コラーゲンの一角を担う「家族性孔脳症」をもたらす早期発症脳卒中、裂脳症
DoublecortinDCXXq22.3-q23発達期の脳において神経細胞が正常に移動する足場となる細胞微小管の安定性を保つ皮質下帯状異所性灰白質(二重皮質Double cortex)滑脳症
DEP(dishevelled, Egl-10 and pleckstrin) domain containing 5DEPDC522q12.3細胞内の情報伝達機構である小胞輸送とG(GDP)タンパクによる信号伝達に関与家族性内側側頭葉てんかん常染色体優性夜間前頭葉てんかん多様な焦点の家族性焦点性てんかん
EF-hand domain (C-terminal) containing 1  EFHC16p11-12小胞体カルシウムイオン貯蔵を調節(ミオクロニン1)若年性ミオクロニーてんかん(2-4%)
Fukutin related proteinFKRP19q13.32発達初期の脳における神経細胞に重要な役割を果たしている?Walker-Warburg症候群(滑脳症(敷石様異形成)、眼球異常、ミオパチー)
FukutinFKTN9q31.2ジストログリカンの糖鎖修飾に関与し、筋肉の統合性維持、皮質組織形成、正常な眼球の発達に必須。福山型先天性筋ジストロフィーWalker-Warburg症候群
F-actin-binding cytoplasmic cross-linking phosphoprotein filamin AFLNAXq28.細胞骨格に形成に関与し細胞移動に重要脳室周囲結節性異所性灰白質(X連鎖性優性、女性(男性は致死性)、てんかん)
Fragile X mental retardation 1FMR1Xq27.33塩基(CGG)繰り返し配列が代を経るごとに延長するために発症するトリプレットリピート病。機能は不明。脆弱X症候群(トリプレットリピートが200を超えると家族性知的能力障害出現。中心-中側頭部棘波を有する小児てんかんに似た発作型、脳波所見が類似、細長い顔面、突き出た耳、大きな睾丸)
Forkhead box G1FOXG114q13転写因子レット症候群ウェスト症候群
Gamma-aminobutyric acid (GABA) A receptor alpha 1 subunitGABRA15q34GABA-A受容体のα1サブユニット若年性ミオクロニーてんかん
Gamma-aminobutyric acid (GABA) A receptor gamma 2 subunitGABRG25q34GABA-A受容体のγ2サブユニット若年性ミオクロニーてんかん熱性けいれんプラス
GLI family zinc finger 3GL137p13遺伝子発現を制御する転写因子で脳の発達に重要Pallister Hall症候群(多指症、視床下部過誤腫、二分喉頭蓋、鎖肛、下垂体機能不全、副腎不全)
G protein subunit alpha qGNAQ9q21細胞信号伝達を担うGタンパクのサブユニットスタージ・ウェーバー症候群
glutamate receptor, ionotropic, N-methyl D-aspartate 2AGRIN2A16p13.2N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体のサブユニット中心-中側頭部棘波を有する小児てんかん、中心-中側頭部棘波を有する非定型小児てんかん、睡眠時連続性棘徐波を伴うてんかん性脳症、ランドー・クレフナー症候群
Potassium voltage-gated channel, KQT-like subfamily, member 2KCNQ220q13.3,カリウムチャンネルの4つのαサブユニット((KCNQ3によって機能増強)自然終息性新生児てんかん
Potassium voltage-gated channel, KQT-like subfamily, member 3KCNQ38q24カリウムチャンネルの4つのαサブユニット(KCNQ2によって機能増強)
Potassium channel, subfamily T, member 1 () gene, located on chromosome, encodes a sodium-activated potassium channel subunitKCNT19q34.3ナトリウム依存性カリウムチャンネルサブユニット常染色体優性夜間前頭葉てんかん遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん
Like-glycosyltransferaseLARGE22q12.3αジストログリカン糖鎖形成に重要で細胞骨格を保持Walker-Warburg症候群
Leucine-rich, glioma inactivated 1LGI110q24leucine-rich, glioma inactivated 1 (Lgi1) or epitempinという名のタンパクをエンコードしているが、機能は不明。聴覚的特性をともなう常染色体優性てんかん
Platelet activating factor acetylhydrolase 1b regulatory subunit 1 Lissencephaly 1PAFAH1B1   LIS117p13.3発達期の脳の正常微小管機能と神経細胞遊走に重要な血小板活性化因子を制御滑脳症ミラー・ディーカー症候群
Methyl CpG binding protein 2MECP2Xq28シナップスにおいて重要な役割を担い、遺伝子発現制御を助けていると推定されているが正確な機能は不明レット症候群(古典型、非定型)MECP2重複症候群(難治性てんかん、知的能力障害、進行性痙性障害、反復性感染症)
重症新生児脳症(男児、小頭症、不随意運動、呼吸障害、てんかん)
NPR3-like, GATOR1 complex subunitNPRL316p13.3増幅因子mTORC1の信号を抑制し細胞の成長と分化を制御皮質形成異常(家族発症を含む)
Protocadherin 19PCDH19Xq22.1カルシウム依存性細胞接着大田原症候群熱性けいれんプラス遺伝性てんかんドラベ症候群(女児、ミオクロニー発作、欠神発作は目立たない)
Phosphatidylinositol-4,5-bisphosphate 3-kinase catalytic subunit alphaPIK3CA3q26.3細胞信号分子を活性化させるキナーゼP13Kの機能を補完し、細胞の成長、増殖、移動に重要な役割を果たす。巨脳症-毛細血管奇形症候群
Phosphoinositide-3-kinase regulatory subunit 2PIK3R219q13.2-q13.4細胞信号分子を活性化させるキナーゼP13Kの機能を補完し、細胞の成長、増殖、移動に重要な役割を果たす。巨脳症-多小脳回-多指症-水頭症症候群
Phospholipase C, beta 1 (phosphoinositide-specific)PLCB120p12ホスファチジルイノシトール2リン酸からイノシトール3リン酸とジアシルグリセロールの形成を触媒する大田原症候群ウェスト症候群遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん
Protein O-mannosyltransferase 1PNKP19q13.3-q13.4α-dystroglycanの機能発現に重要なPOMT酵素のサブユニットで細胞骨格を保持する。α-dystroglycanは骨格筋で筋繊維を安定化させて保護し、発達期の脳では細胞移動に重要な役割を果たす。Walker-Warburg症候群
ReelinRELN7q22発達期の脳において信号経路を活発化し、適切な位置への神経細胞移動を誘発する小脳低形成を伴う滑脳症
Sodium channel, voltage-gated, type I, alpha subunitSCN1A2q24.3ナトリウムイオンの細胞内流入を制御する電位依存性I型ナトリウムチャンネルαサブユニット ICS5N+5G>A polymorphismがナトリウムチャンネル阻害抗てんかん薬の有効性と副反応に関係熱性けいれんプラス遺伝性てんかんドラベ症候群遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん片側麻痺性偏頭痛
Sodium channel, voltage-gated, type I, beta subunitSCN1B19q13.1ナトリウムイオンの細胞内流入を制御する電位依存性I型ナトリウムチャンネルβサブユニット熱性けいれんプラス遺伝性てんかん不整脈
Sodium channel, voltage-gated, type II, alpha subunitSCN2A2q24.3ナトリウムイオンの細胞内流入を制御する電位依存性II型ナトリウムチャンネルαサブユニット自然終息性新生児てんかん自然終息性乳児てんかん遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん大田原症候群ドラベ症候群
Solute carrier family 2, facilitated glucose transporter member 1SLC2A11p34.2血液脳関門におけるブドウ糖輸送担体グルコーストランスポーター1(GLUT1)欠乏症発作性運動誘発性ジスキネジア
solute carrier family 25 (mitochondrial carrier: glutamate), member 22SLC25A2211p15.5ミトコンドリア内のグルタミン酸担体の遺伝産物に関与早期ミオクロニーてんかん性脳症大田原症候群
Spectrin, alpha, non-erythrocytic 1SPTAN19q34.11フィラメント状細胞骨格タンパク、αスペクチンが遺伝産物であり、原形質膜を安定化し細胞内小器官を組織化する 遺伝子変異は髄鞘化遅延をもたらすウェスト症候群大田原症候群
Syntaxin binding protein 1STXBP19q34.1シナップス顆粒の結合、融合の調節を通して神経伝達物質放出を制御 遺伝子変異は髄鞘化遅延をもたらす大田原症候群(10-15%)知的能力障害を伴うてんかん
TBC1 domain family, member 24TBC1D2416p13.3GTPase活性化遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん
Transcription factor 4TCF418q21.1細胞分化、細胞自然死(アポトーシス)を行うように働きかけて組織を成熟させるピット-ホプキンス症候群(狭い額、薄い外側の眉毛、広い鼻梁と鼻稜、広い鼻端、突出した顔面中央部、 広い頬、広い口、肥厚または折りたたまれた耳輪、単一手掌屈曲線、知的能力障害、筋緊張低下、易笑、手叩き、不安定歩行、便秘、胃食道逆流、呼吸異常(過呼吸-無呼吸)
Tuberous sclerosis 1TSC19q34細胞の成長と分化を促進するmTOR経路を制御するtuberin(TSC2)との複合物を形成するhamartinタンパクをエンコード結節性硬化症
Tuberous sclerosis 2TSC216p13.3細胞の成長と分化を促進するmTOR経路を制御するhamartin (TSC1)との複合物を形成するtuberinタンパクをエンコード結節性硬化症IIB型皮質形成不全
Tubulin alpha 1aTUBA1A12q13.12細胞微小管の構造と機能を保持し脳の発達において神経移動に重要な役割を担うtublinファミリータンパクをエンコード滑脳症多小脳回
WD repeat domain 62WDR6219q13.12細胞増殖に重要な役割を担う滑脳症裂脳症多小脳回
Zinc finger E-box binding homeobox 2ZEB22q22.3胎児(とくに神経堤)の成長と発達を制御モワット・ウイルソン症候群
(発達遅延、知的能力障害、てんかん、巨大結腸症(ヒルシュスプルング病)、先天性心疾患、特徴的顔貌(内側部が濃い眉毛、吊り上った耳たぶ、尖った顎)、停留精巣、尿道下裂、脳梁形成異常)

 

感染

世界的に見ると、てんかんの原因としてもっとも多いのは感染症です。しかし、日本ではてんかんの原因となる主要感染症の脳性マラリア、脳嚢虫症は皆無に等しいですし、また、ヒト免疫不全ウイルス感染も発症が毎年1000例以下で、このうち、実際に後天性免疫不全症候群(エイズ)の状態にあるのは100例以下にすぎず、日本における診療体制を考えれば、てんかん発作を含めた中枢神経症状をきたすエイズ症例はまれだろうと考えられます。一方、肺炎球菌やインフルエンザ桿菌に対する予防接種によって細菌性髄膜炎の発症も激減しています。このため、てんかん発作と関連する感染症は、日本では、熱性けいれんを別にすれば、先天性サイトメガロ感染症、急性脳炎、急性脳症を頭に入れておけばいいのではないかと思われます。
 先天性サイトメガロ感染症の臨床像の幅は広く、出生時に小頭症を含め明らかな異常がみられるものから、出生時全くの無症状のものもあり、未診断例も少なくないだろうと考えられています。このため、現在、実態調査が進められています。

図20 先天性サイトメガロ感染症 14歳女性 頭部CT(左)とMRI T1強調像(右)
サイトメガロウイルスは脳室周囲の胚芽細胞層への親和性が高く,胎生期に感染すると、胚芽神経細胞の遊走移動を阻害し、重篤な例では皮質形成異常をきたす。CT単純撮影では拡張した脳室周囲に石灰化(矢印)を認め、MRIでは左右差のある脳室拡大、脳室壁不整、前角周囲を中心とした脳室周囲異常信号、髄鞘化遅延、白質容量の減少、皮質の肥厚がみられる。この症例は痙性四肢麻痺のために座位保持、移動が不能で、言語理解、有意語もなく、コミュニケーション不能である。月に数回、睡眠中両手を挙上し硬直させる数秒のてんかん発作がみられている。

 急性脳炎の原因としては、日本においても、かつては、突発性発疹症をきたすHMV-6ウイルス(Human Herpesvirus 6)によるものがもっとも多いといわれてきましたが、髄液細胞増多などの炎症所見がなく、脳浮腫に伴い急激に意識障害をきたす疾患を急性脳症と定義するようになったため、現在、日本では、急性脳炎で原因が判明するもののほとんどがヘルペスウイルス脳炎です。年間100例前後が発症していると推定されています。抗ウイルス薬によって死亡例は減りましたが、症状出現時にはウイルスが神経細胞を破壊してしまっているので、てんかんも含め、後遺症は避けられません。

図21 ヘルペス脳炎 生後6か月男児 頭部CT
 発熱し痙攣発作が止まらなくなって入院。入院時は両側前頭葉に淡い低吸収域がみられていただけだったが(左)、1週間後には同部位に明瞭な低吸収域が広がり(右)、壊死に陥っていることが疑われる。
図21 ヘルペス脳炎 生後6か月男児 頭部CT
 発熱し痙攣発作が止まらなくなって入院。入院時は両側前頭葉に淡い低吸収域がみられていただけだったが(左)、1週間後には同部位に明瞭な低吸収域が広がり(右)、壊死に陥っていることが疑われる。

 急性脳症はインフルエンザ、突発性発疹症、ロタウイルス胃腸炎などに引き続いて発症し、年間発症数は400~700と考えられています。臨床症状、MRIの所見などによっていくつかの病型が知られていますが、もっとも頻度の高い、けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)では急性期後、多くの症例で難治てんかん発作を繰り返します。

表5 てんかんをもたらす感染症 ILAE EpilepsyDiagnosis.org (2022年9月20閲覧)改変  https://www.epilepsydiagnosis.org/aetiology/infectious-groupoverview.html
疾  患病  態
細菌性髄膜炎髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ桿菌が主要起炎菌で、細菌とその菌体毒素に反応して炎症細胞が放出する化学物質、サイトカインが血管炎、脳浮腫などを通じて脳実質障害を引き起こす。しかし、炎症反応への対策もなされるようになって、細菌性髄膜炎でひどい後遺症を残すことは少なくなり、さらに、予防接種によって発生そのものも激減している。
脳性マラリアサハラ砂漠以南の地域では熱帯マラリア原虫による感染の半数近くで中枢神経合併症がみられる。原虫に感染した赤血球が脳の毛細血管を閉塞し、この閉塞血管によって周辺神経組織に出血がもたらされ、痙攣を含めた中枢神経症状をきたす。
トキソプラズマ脳炎通常の免疫力を有していればトキソプラズマ感染症はほとんど無症状で経過する。しかし、潜伏感染する可能性があり、ヒト免疫不全ウイルス感染症などで免疫力が下がると脳に浮腫を伴うリング状に造影される病変が基底核を中心に多発性に形成される。妊婦の感染では胎児の先天性トキソプラズマ症が起こりうるが、日本における実態は明らかではない。毎年、数例の報告がなされているが、正確な発症数はわかっていない。
先天性サイトメガロ感染症主として初感染の母親から胎盤、臍帯を通してウイルスが胎児に侵入、ウイルス血症を引き起こし、中枢神経を含め全身に感染する。低出生体重、肝脾腫、脳室内石灰化、脳室拡大、肝機能異常、血小板減少、 網膜炎、けいれんなどの症状がみられる。しかし、90%は無症状で出生し、その後、難聴、精神運動発達遅滞、てんかんなどの遅発性障害が出現することがある。ガンシクロビルがウイルス増殖を抑えるが、治療以前に臓器障害起こっていると後遺症は避けられない。
ヒト免疫不全ウイルス感染てんかん発作は子どもに多い。中枢神経のトキソプラズマ感染、クリプトコッカス髄膜炎、結核といった日和見感染、あるいは、2次性脳腫瘍がてんかん発作を含めた中枢神経症状の原因となる。
脳嚢虫症主として豚に寄生する有鉤条虫の幼虫(嚢虫)が脳に感染、嚢虫が死亡後、免疫反応によって発作をはじめとする中枢神経症状がもたらされる。ラテンアメリカ、アジア、アフリカなど豚を放し飼いにしている地域に多発している。
結核幼弱児、免疫力の落ちた成人では結核性髄膜炎によって脳に血管炎や梗塞が生じててんかん発作を含めた中枢神経症状がもたらされる。頭蓋内結核腫も部分発作の原因となりうる。
脳炎脳炎の多くはウイルスによって起こると考えられているが、起炎ウイルスが不明のこともまれではない。原因が判明しているものでは単純ヘルペスウィルスがもっとも多く、神経細胞に感染して細胞を破壊し、脳実質に局在性出血性壊死をもたらす。急性期には意識障害、けいれんのみならず片麻痺や失語など壊死部位に対応したさまざまな局所症状が認められ、半数以上に片麻痺、知的能力障害、難治てんかんなどの重篶な後遺症がもたらされる。アジアにおける日本脳炎、エンテロウイルス71脳炎、米国のウェスト・ナイルウイルス脳炎、欧州のアルボイウイルス脳炎、アフリカとラテンアメリカのデング熱脳炎などウイルス性脳炎は地域性が認められる。一方、2歳未満に麻疹に罹患した乳幼児では、きわめてまれに、麻疹ウイルスが持続感染したのち再活性化し、ミオクローヌス、光感受性、失調、退行を特徴とする破滅的な亜急性硬化性全脳炎の病像をもたらすことがある。
急性脳症*さまざまなウイルス感染症、細菌感染症を契機として急激に意識障害をきたす症候群である。病理学的には非炎症性脳浮腫がもたらされる。日本では2016年の時点で急性脳症の年間発症数は400~700と推定されている。誘因感染症としてはインフルエンザの他に、突発性発疹症、ロタウイルス胃腸炎などがあり、感染に対抗するサイトカインなどの炎症物質の過度の放出 (サイトカインの嵐)、ミトコンドリアなどにおける代謝異常(エネルギー産生低下)、けいれん重積状態を契機とした興奮毒性が発症機序として推定されている。そうした過剰反応によって、脳を中心とする全身の臓器で自己細胞死が促進されたり、血管の透過性亢進によって血流障害をきたしたりして、脳が浮腫をきたし、神経細胞が破壊されるのだろうと考えられている。病型別ではけいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)が3割近くともっとも多く、ついで、脳梁膨大部脳症(MERS, 16%)、急性壊死性脳症(ANE, 4%)、Hemorrhagic shock and encephalopathy症候群(2%)の順である。しかし、いずれの病型にも分類できないものも少なくない。AESDでは難治てんかんが続発することがある。

*:日本では感染症が先行して痙攣、意識障害がみられ、髄液で明確な炎症所見が認められない疾患を急性脳症と定義しており、その研究、対処法は他国に比べ進んでいる。しかし、日本以外では急性脳症は急性脳炎と明確に分けて論じられておらず(かつては日本でも同様で、たとえば、突発性発疹症(HHV6ウイルス)に続発する脳症を脳炎と呼んでいた)このILAEの表においても脳症の項目はない。代わりに、「病因不明」という項目の中に発熱感染症関連てんかんFebrile infection related epilepsy という疾患名があり、その内容が日本でいう急性脳症、とりわけ、けいれん重積型(二相性)急性脳症に類似している。

免疫

 異常免疫反応によって脳内に慢性炎症が引き起こされ、てんかんの病像をとることもあります。急性脳炎や急性脳症と違い、徐々に発症し、進行性に症状が拡大していきます。ラスムッセン症候群と免疫介在性脳炎・脳症の2つが代表的なものです。
 ラスムッセン症候群の原因はわかっていません。部分発作で発症し(平均発症年齢は9歳)、てんかん発作がみられるだけではなく、知的機能、運動機能も次第に退化していきます。発作は群発傾向があり、約半数では手指、顔面、舌が30分以上にわたってピクつく持続性部分発作(Epilepsia Partialis Continua:EPC)がみられます。経過とともにピクツキの反対側の大脳半球が縮んでいき、これにともなって、片麻痺、知的能力障害が進行します。髄液中のGranzyme B、抗GluN2B抗体の存在を診断の決め手として、ステロイドパルス療法、ガンマグロブリン投与、血漿交換などの免疫反応を修正する治療や、さらには、機能的半球切除術も試みられています。しかし、残念ながら、発作、運動障害、知的能力障害をうまく抑えることができる例はほんのわずかです。その上、定型的な臨床経過をとらない例も多く、この疾患ではないかと疑っても、確定診断に難渋することもあります。
 免疫介在性脳炎・脳症は記憶障害、感情障害など海馬を含めた辺縁系の異常を疑わせる症状を特徴としているので、かつては辺縁系脳炎と呼ばれていました。しかし、その後、辺縁系脳炎をもたらす免疫異常の内容がわかってきて、免疫介在性脳炎・脳症と呼ばれるようになっています。
 代表は抗NMDA受容体抗体脳炎です。神経細胞の興奮性はグルタミン酸などの神経伝達物質によってもたらされます。グルタミン酸がグルタミン酸受容体とよばれる神経細胞膜の受け皿にくっつくとCa2+ 、Na +、K + といった陽イオンの細胞膜での出入りが容易となり、陰性を保っている(分極している)神経細胞内が陽性に傾き、細胞膜内外の電位差が低下し(脱分極しやすくなって)、神経細胞の興奮性が高まるのです。グルタミン酸受容体はアミノ酸への親和性の違いによりAMPA(α-amino-3-hydroxyl-5-methyl-4-isoxazole-propionate)受容体、NMDA(N-methyl-d-aspartate)受容体、カイニン酸(Kainate)受容体の3種類に分類され、さらにδ受容体というものもあります。このうち、NMDA型受容体は主として記憶に関与していると推測されています。
 抗NMDA受容体抗体脳炎はこのNMDA型受容体に対する抗体によって起きる若い女性に好発する脳炎です。しばしば、卵巣奇形腫などの腫瘍を併発しており(見つからない例も結構ありますが)、抗NMDA受容体抗体脳炎では、こうした腫瘍と海馬など辺縁系にあるNMDA受容体を攻撃する共通抗体が産生されていることがわかり、この病気の解明、治療が急速に進みました。発熱、頭痛、倦怠感などの感冒様症状が5日前後続いた後、無気力、抑うつ、不安などの感情障害、統合失調様症状などの精神症状、そして、てんかん発作が姿をあらわします。そして、その後、まったくの無反応となり、ジスキネジアやアテトーゼなどの頑固で激しい不随意運動、そして、自発呼吸の低下を認めるようになります。MRIでは2割強で側頭葉に病変を認めるものの、診断の決定打にはなりません。NMDA型グルタミン酸受容体分子を発現させた細胞を用いて髄液中NMDA受容体抗体の存在が証明できれば診断が確実なものとなります(今のところ、検査結果が出るまでにけっこう時間がかかります)。治療としては腫瘍切除、ステロイドパルス療法、血漿交換などの免疫療法がおこなわれ、月単位の経過で軽快する例もありますが、後遺症が残る例も少なくありません。
 免疫介在性脳炎・脳症は、他に、同じグルタミン酸受容体のAMPAに対する抗体、電位依存性カリウムチャンネルに対する抗体(抗VGKC(voltage-gated potassium channel)複合体抗体)、グルタミン酸脱炭酸酵素に対する抗体(抗GAD(Glutamic Acid Decarboxylase)抗体)などによっても起こることが知られています。

てんかん症候群

 以上のように、てんかんの病因がわかればどのように対処すればいいのか、ある程度わかり、治療方針も立てやすくなります。しかし、残念ながら、てんかんの患者さんの中で病因が判明するのは少数派です。理学所見、病歴、画像、代謝疾患スクリーニング、染色体検査、一般血液検査を行っても病因解明に至らない患者さんが半数以上を占めます。
 それでは、病因がわからないままに済ますのかというと、そういうわけにはいきません。
 病因がわからなくても、患者さんの病状が一人一人ばらばらで、まとまりがないというわけではありません。発作型、脳波所見、画像所見、知的機能障害や運動障害の合併の有無、薬に対する反応、発作予後が似通っている方たちがいます。そのような特有な症状、検査所見、画像所見、臨床経過に目をつけ、一つの疾患としてみなしたものを症候群といいます。姿かたちが似ていれば病因が同じ病気かもしれませんし、そうであれば、臨床経過、治療反応、予後も同じ経過をたどるかもしれません。病因が判明していなくても診療方針も立てやすくなります。そして、うまくいけば、最終的に病因に辿り着くことができるかもしれません。

メモ4 てんかん症候群(国際抗てんかん連盟(ILAE) 2022)
病因を指し示す特異な所見(構造異常、遺伝子変異、代謝異常、免疫異常、感染症)がみられ、一群の特徴的な臨床症状、脳波所見を認める疾患。てんかん症候群の診断は、予後と治療にかんする示唆を与えてくれることが多く、また、しばしば年齢依存性にあらわれ、一連の特異的な合併症を有する。

 たとえば、病因の項で何度か出てきている結節性硬化症ですが、この疾患もかつては症候群として認識されていました。両頬のニキビ様のできもの(顔面血管線維腫)、てんかん、知的障害の3つの症状(トリアス)がそろうと結節性硬化症だろうと診断がなされていたのです。ところが、その後、CTの出現で脳内に石灰化を伴うできもの(過誤腫)が散在していることを確認できるようになり(それ以前は、死後、脳の病理解剖でしか確認できず、症状からおそらく脳に石灰化を伴った結節があるだろうと想像していただけでした。ましてや、脳のどの部位にどれだけ結節があるかということは生存中にはまるでわかりませんでした)、さらにMRIで石灰化以外の異常影(異常神経集団)の散在が確認できるようになりました。これによって、この症候群が同じ病気であると確証する方法が付け加わったわけです。そして、ついに、この症候群が9番染色体上のTSC1遺伝子(産生タンパクはハマルチン)と16番染色体上のTSC2遺伝子(産生タンパクはチュベリン)の変異によって起こることが遺伝子解析によって突き止められました。病因が確定し、1疾患単位として確立されたのです。この二つの遺伝子はタンパク合成を活性化させるタンパク複合体(Mechanistic/mammalian Target Of Rapamycin Complex 1:mTORC1))の抑制に関係する物質をコードしています。結節性硬化症ではこれらの遺伝子の変異によってmTORC1をうまくコントロールできなくなり、過剰なタンパク合成が行われ、過誤腫などのできものが中枢神経を含めいろいろな臓器にでき、症状をもたらしているらしいことがわかってきました。さらに、mTOR経路を抑制する免疫抑制剤・抗癌剤の分子標的治療薬エベロリムス(商品名アフィニトール)が脳や腎臓の腫瘍を縮小し、発作軽減にも寄与しうることもわかってきています。ただし、今のところ、ひどい副作用が結構あります。
 最終的に結節性硬化症と同じような筋道をたどることを期待して、てんかんが併存するさまざまな症候群、てんかん症候群が提唱されてきました。最近の国際抗てんかん連盟(ILEA)の報告では30余りのてんかん症候群が記載されています。

 てんかん類型
焦点性焦点性・全般性混合全般性発達関連てんかん性脳症・進行性神経学的退行
を伴う症候群
新生児期、乳児期発症 (2歳未満発症)
てんかん症候群
自然終息性(家族性)新生児てんかん
自然終息性(家族性)乳児てんかん
熱性けいれんプラスを伴う
遺伝性てんかん
乳児ミオクロニーてんかん早期乳児てんかん性脳症(大田原症候群)
遊走性焦点発作を伴うてんかん
乳児てんかん性スパズム症候群(ウェスト症候群)
ドラベ症候群(重症乳児ミオクロニーてんかん)
特異的病因によるてんかん性脳症
KCNQ2てんかん性脳症
ピリドキシン依存性・ピリドキシン5‘欠乏性
てんかん性脳症
CDKL5てんかん性脳症
PCDH19群発てんかん
GLUT1欠損性てんかん性脳症
スタージ・ウェーバー症候群視
床下部過誤腫に伴う笑い発作てんかん
小児期発症てんかん症候群自然終息性焦点性てんかん
中心・側頭に棘波をもつ自然終息性てんかん
自律神経発作を伴う自然終息性てんかん
小児後頭葉視覚発作てんかん
光感受性後頭葉てんかん
 ミオクロニー欠神てんかん
眼瞼ミオクロニーてんかん
ミオクロニー脱力てんかん
レノックス-ガストー症候群
睡眠時棘徐波活性化を伴うてんかん性脳症
発熱性感染関連てんかん症候群
片側けいれん-片側麻痺てんかん
さまざまな年齢発症てんかん症候群海馬硬化を伴う内側側頭葉てんかん
家族性内側側頭葉てんかん
睡眠関連過動発作てんかん
多様な焦点の家族性焦点性てんかん
読書誘発発作てんかん ラスムッセン症候群
進行性ミオクローヌスてんかん
特発性全般てんかん  小児欠神てんかん
若年性欠神てんかん
若年性ミオクロニーてんかん
全般性強直間代発作単独てんかん
 


 てんかん症候群を他の症候群と判別する一番の特徴は、おそらく、脳波臨床症候群Electroclinical syndromeだということでしょう。特有な脳波所見が症候群を判別する有力な手がかりとなって、症候群に彩りを添えているのです。さらに、特定の年齢層に限定してみられること(年齢依存性)が多いのもてんかん症候群の特徴です(図23)。

 

自然終息性てんかん

たとえば、以前に少し触れましたが、中心側頭棘波をともなう自然終息性てんかん。睡眠中の口の周りがしびれ、よだれを流し、口角をひきつらせる発作(口周囲の感覚と運動に関与する皮質が大脳のシルビウス裂の周りにあるのでシルビウス発作と呼ばれていました)を特徴とする幼児期から学童期に発症するてんかんで、睡眠時脳波で中心・中側頭部に高振幅な鋭波が頻回にみられるのが特徴です(図13、ローランド鋭波)。小児てんかんの中でかなりたくさんみられるということもありますが(後頭葉など他の焦点のものも含めると小児てんかんの4分の1を占めるといわれています)、症状を聞いて、脳波を見ると、ああ、あれだ、とすぐに思い当たり、診断可能なてんかん症候群です。原則として知的能力障害や運動障害などの合併はなく、発作も比較的簡単に止まります。そして、思春期ごろには脳波所見もよくなり、薬を飲まなくても発作が起こらなくなって、治癒します。睡眠中だけの発作なら、抗てんかん薬を服用しないという選択肢もあります。抗てんかん薬を服用しなくても最終的な予後は知的側面も含めて変わらないことがわかっているからです。このように良好な経過をたどるものですからかつては「中心・側頭部に棘波をもつ良性小児てんかん」とよばれていました。しかし、「良性」という価値判断の入った病名は止めて事実だけを記述しようということになり、中心・側頭部に棘波をもつ小児特発てんかんと変更されました。しかし、特発という名称も抗てんかん薬で発作が抑制されやすい(薬剤反応性Pharmacoresponsive)こと、年齢とともに発作がなくなっていくこと(自然終息性Self-limited)、知的能力障害などの合併がないなどのいくつもの意味を含み、あいまいだということで、最近、年齢とともに発作も脳波異常もなくなっていくという事実だけを示す中心・側頭部に棘波をもつ自然終息性小児てんかんという名前が国際抗てんかん連盟によって提唱されています。

メモ5 てんかんの実用的臨床定義A practical clinical definition 国際抗てんかん連盟(ILAE 2014  ) 以下の3つのいずれかに合致するものをいう 24時間以上間隔をおいて2回以上の非誘発性(または反射性)てんかん発作が起きたとき 非誘発性(または反射性)てんかん発作が一回起き、非誘発発作が2回みられたときと同等(>60%)の確率で10年以内に次の発作が再発することが予測されるとき てんかん症候群の一つに当てはまるとき

このてんかん症候群だと分かれば、治療の反応も、いつまで薬を飲めばいいかも、ある程度予測がつき、患者さんやご家族にあらかじめ説明できます。てんかん症候群を診断することの最大の利点がここにあります。さらに、てんかん症候群にみられる定型的臨床症状、臨床経過、画像所見、脳波所見が認められれば、その発作症状は間違いなくてんかん発作だと確信することもできます。「中心・中側頭部に棘波をもつ自然終息性てんかん」にそっくりな臨床経過をたどっていれば、夜間に口がしびれ、口角がゆがむエピソードも非てんかん性の不随意運動や寝ぼけではなく(そのように勘違いされることが結構あります)間違いなくてんかん発作だと断言できます。2014年に国際抗てんかん連盟が発表したてんかんの実際的臨床定義の中に「てんかん症候群の一つに当てはまるとき」という項目が含まれているのは、そのことの反映です。
 中心・中側頭部に棘波をもつ自然終息性てんかんと似たような臨床経過をとる小児期発症焦点性てんかんとしては、後頭葉に発作焦点のある自律神経発作を伴う自然終息性てんかん(かつてはPanayiotopoulos症候群と呼ばれていました)、小児後頭葉視覚発作てんかんそれに光刺激によって後頭葉から始まる光感受性後頭葉てんかん(ポケモン事件の時、多くのお子さんがこれに罹患していることがわかりました)などがあり、自然終息性焦点性てんかんと総称されています。
 さらに、新生児期、乳児期にも薬によく反応し、良好な経過をたどる自然終息性(家族性)新生児てんかん、自然終息性(家族性)乳児てんかんが自然終息性てんかんには含まれます。

全般てんかん

 知的能力障害などの合併がなく、比較的容易に発作をコントロールできるてんかん症候群には、若年性ミオクロニーてんかんもあります。やはり、頻度の高いてんかんで、すべてのてんかんの5-10%を占めるという試算もあります。
 たいていは、一瞬、体を震わせるミオクロニー発作で始まります。このピク付き程度だと、ちょっと変だな、というぐらいで放っておかれることもあるのですが、そのうちに、全身けいれん(強直間代発作)を起こし、これはただ事ではないと病院に相談にやってみえます。脳波では頭全体に広がる全般性棘徐波が認められ、ときとして、これに伴ってピクつきを認めます。このてんかん放電は間欠的光刺激で誘発されることもあります(光過敏性)。実際、陽の光が降り注ぐ中、木々が立ち並ぶ道路をドライブしていて、てんかん発作を起こしてしまうことがあります。繰り返し差し込む木漏れ陽によって発作が誘発されるのです。光刺激のみならず、手作業、計算、遊びにおける判断決定などでさえもが発作を引き起こすことがあります。発症年齢は自然終息性てんかんよりも遅く、思春期前後です。抗てんかん薬で発作が止まることが多いのですが、自然終息性てんかんと違い、齢を重ねても、なかなか薬を中止できません。薬を止めると再発してしまうことが多いからです。
 若年性ミオクロニーてんかんはミオクロニー発作、強直間代発作などの全般発作がみられるのですが、同じように全般発作がみられ、脳波上も、全般性棘徐波がみられるてんかんには欠神発作が主たる発作である小児欠神てんかん、若年性欠神てんかん、強直間代発作だけがみられる全般性強直間代発作単独てんかんがあります。知的能力障害などの併存症がみられない(器質性脳障害がないだろうと考えられる)ので特発性全般てんかんと総称されています。

発達関連てんかん性脳症・進行性神経学的退行を伴う症候群

 自然終息性てんかんにしても特発性全般てんかんにしても昔から病因として遺伝要因が考えられ、素因性てんかんとも呼ばれてきました。いずれのてんかん症候群でも家族にてんかんの人が多いですし、中心-中側頭部に焦点を持つ自然終息性てんかんですと、てんかんを発症していない(たとえば、熱性けいれんだけの)兄弟に脳波上、中心―中側頭部にそっくりな棘波を認めることさえあります。ところが、このてんかん症候群に関連する遺伝子変異として、きわめてまれに、glutamate receptor, ionotropic, N-methyl D-aspartate 2A (GRIN2A)などがみつかっていますが、こうした遺伝子変異がみられる例はいずれも臨床経過がこのてんかん症候群としては非典型的です。結局、このてんかん症候群に特有の遺伝子変異といえるものはみつかっていません。
 同じことが若年性ミオクロニーてんかんでもいえます。このてんかん症候群そのものの家族歴が目立つことはありませんが、てんかん一般の家族歴は約3分の1にみられ、その多くが全般てんかんです。しかし、このてんかんに関連する遺伝子はEF-hand domain (C-terminal) containing 1(EFHC1、若年性ミオクロニーてんかんの2-4%)、GABRA1、GABRG2などいくつかは判明していますが、やはり、ほとんどの患者さんでは責任遺伝子がわかっていません。そのうえ、さまざまな遺伝子変異が同じ臨床症状をもたらしています。
 結局の所、自然終息性てんかんも特発性全般てんかんも責任遺伝子は多様で(polygenic)、そのため、遺伝形式も一定しないのだろうと考えられます。
 これと対照的なのが新生児期から乳児期にかけて難治てんかんを発症し、重篤な精神運動遅滞を合併する発達関連てんかん性脳症・進行性神経学的退行を伴う症候群です。
 たとえば、ドラベ症候群です。
 フランスのドラベがレンノックス-ガストー症候群とは異なる重篤な乳児てんかんとして乳児重症ミオクロニーてんかん(Severe myoclonic epilepsy of infancy(SMEI))の名で発表した生後6か月前後に発症するてんかん症候群です(発症が2歳を過ぎることはまれです)。最初の発作は発熱を伴っていることが多く(60%)、熱性けいれんと勘違いされてしまうこともあるのですが、そのうち、熱がなくてもひどいけいれんを繰り返すようになります。けいれんがいつまでたっても止まらなかったり、一日に何度も繰り返し(群発し)たりします。けいれんは左右の四肢いずれか一方に優位にみられることもあります。たしかに熱がなくとも発作が起きるのですが、熱への過敏性は残存し、たとえば、お風呂に入ると決まってけいれんを起こす子もいます。さらに、反応がなくなって、青ざめて、手足をダランとさせる複雑部分発作、非定型欠神、そして、ドラベによる命名の基となったピクツキ(ミオクロニー発作)がみられるようになることもあります。こうしたひどいてんかん発作を繰り返すうちに、知的面でも運動面でも遅れが目立ってきます。てんかん発作が精神運動遅延・退行を引き起こしているようにみえるので、発達関連てんかん脳症・進行性神経学的退行を伴うてんかん症候群の範疇にいれられています。自然終息性てんかんや特発性全般てんかんと違い目立った家族発症性も認められません。ですから、ドラベ症候群は遺伝子変異とは無縁の、脳の何らかの器質性障害による疾病だろうと考えられていました。ところが、驚くべきことに4分の3(75%)の症例でナトリウムチャンネルを制御する遺伝子SCN1Aに変異があることが判明しました。遺伝子の新生変異de novoが原因のてんかん症候群だったのです。ただし、自然終息性てんかんや特発性全般てんかんほどではないですが、遺伝子変異と表現型の不一致がこのてんかん症候群にもみられています。SCN1Aに加え同じナトリウムチャンネルに関連するSCN2A、SCN9A、さらにはカルシウムイオンの下で細胞接着を制御するPCDH19遺伝子変異でもこのてんかん症候群をきたすことが判明しています。(ただし、前にもいいましたように同じドラベ症候群でもSCN1A遺伝子変異とSCN9A遺伝子変異ではフェニトイン、カルバマゼピンのようなナトリウムチャンネルブロッカーへの反応が真逆ですし、PCDH19遺伝子座はXq22.1にあってPCDH19遺伝子変異によるドラベ症候群は女児にのみ発症します)。
 その後、ドラベ症候群と同じように、乳児期にきわめて難治なてんかん発作で発症し、重篤な発達遅滞をともなう早期乳児てんかん性脳症(大田原症候群)、遊走性焦点発作を伴うてんかんでも次から次へと病因となっていると思われる遺伝子変異が発見されました。
 大田原症候群は非同期性の高振幅徐波と棘波の混在した高振幅の波形と平坦脳波が交互に現れるSuppression-Burst脳波所見を特徴とする脳形成異常を背景にもつ乳児てんかん症候群です。てんかん性スパズムがみられ、重篤な精神発達遅滞を合併するのですが、ARX、STXBP1、KCNQ2、SCN2Aなどさまざまな遺伝子変異で起こることがわかってきています。
 遊走性焦点発作を伴うてんかんも乳児期に発症する難治てんかんです。部分発作がみられるのですが、脳波でみると発作を起こす部位が次から次へと変わっていきます。これに伴って身体のさまざまな部分が痙攣し、さらに、無呼吸、顔面紅潮、流涎などの自律神経症状もみられます。発作は1日に何十回も群発したり、いつまでも止まらなくなったりする激烈なもので、抗てんかん薬もほとんど効きません(ただし、前に述べたようにナトリウム依存性カリウムチャンネルサブユニット(KCNT1)に遺伝子変異がみられる場合、キニジンに加え、カルバマゼピンが有効なことがあります)。ドラベ症候群同様、痙攣が起こる前は順調に発達しているようにみえたのに、てんかん発症とともに精神運動発達は止まり、ついには後退し始めます。この症候群もKCNT1に加え、SCN1A、PLCB1、SCN2A、SCN8A、TBC1D24、SLC25A22、SLC12A5、QARSなどさまざまな遺伝子変異で起こることがわかっています。
 こうした発達が阻害される小児てんかん性脳症には、さらに、ケトン食が有効なGLUT1欠損性てんかん性脳症、ビタミンが有効なピリドキシン依存性・ピリドキシン5‘欠乏性てんかん性脳症など病因がはっきりとわかっている7つのてんかん症候群があります。
 このように、発達関連てんかん性脳症・進行性神経学的退行を伴う症候群の多くでは遺伝子変異が解明されてきています。しかし、全般てんかん同様、同じ病型を示すてんかん症候群でもさまざまな遺伝子変異によってもたらされることも判明しています。

図22 てんかん症候群の発症年齢別分布 (Wirrel et al (2022) 改変・簡略化)

さまざまな年齢において発症するてんかん症候群

以上みてきたように、てんかん症候群は特定の年齢で発症することが多いのですが、なかには、年齢分布が明確ではないものもあります。たとえば、海馬硬化を伴う内側側頭葉てんかんです。このてんかんは以前お話したように幼児期に重積を伴う熱性けいれんを経験していることが多いのですが、てんかんそのものの発症は小児期から成人期まで幅広い年代に分布しています。同じことが、家族性内側側頭葉てんかん、そして、以前述べた、身振り自動症(図5)が夜間にみられる睡眠関連過動発作てんかんなどでもみられます。
 一方、ピクツキを繰り返す中で徐々に運動能力の衰えと知的退行が進んでいく進行性ミオクローヌスてんかんの中には、特殊な遺伝型式が発症年齢分布を幅広いものにしている疾病があります。たとえば、日本でもっとも多い進行性ミオクローヌスてんかんである歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(Dentatorubral-pallidoluysian atrophy(DRPLA))ですが、この疾患は常染色体優生遺伝を示します。40歳過ぎに、ふらつき(小脳失調)で発症し、やがて、まるで踊っているような四肢体幹のばらばらなピクツキ(舞踏症状)がみられるようになり、性格も変化します。ところが同じ病的遺伝子を受け継いだお子さんは、小児期から難治なてんかん発作がみられるようになり、知的に退行し、運動能力も低下して、成人する前に寝たきりになってしまいます。このように世代を経るにしたがって発症年齢が早まり重篶になることを表現促進現象といいます。この疾患の原因は12番染色体上(12p12-ter)のAtrophin遺伝子の変異で、この遺伝子上には核酸を構成する3つの塩基シトシン(C)、アデニン(A)、グアニン(G)を一単位とするCAG配列が7~23回、繰り返し配列されています(CAG繰り返し配列)。DRPLAではこのCAG繰り返し配列が異常に長く伸びていて(49~75回のCAG繰り返し配列)、これが発症の原因だろうと考えられています。CAGはグルタミンをコードしますが、繰り返し配列によってこれが集積してポリグルタミン鎖が異常に伸びるとAtrophinタンパク質の構造が不安定になり、凝集しやすくなります。そして、ついには神経細胞内に封入体として蓄積し、このために神経細胞死が引き起こされるのだろうと推定されています。この異常CAG配列は次の世代に遺伝すると、さらにこの繰り返し配列数がふえます(ときには90回にまで)。そしてCAG配列数が増えるほど神経破壊の程度も強まります。こうして、表現促進現象が生じ、発症年齢が早まるのです。このため、この疾患の発症年齢分布も広がることになります。3塩基配列の延長による同様の表現促進現象はハンチントン舞踏病など他の変性疾患でも知られています。

メモ6 新てんかん症候群分類2022年に国際抗てんかん連盟ILAEによって新たなてんかん症候群分類が提案されました(Specchio N et al (2022))。ウェスト症候群は乳児てんかん性スパズム症候群に変更されるなど、なるべく第一記載者の名前を冠しない方針がとられたようですが、その割には(複数の発作型がみられるため発作型で名付けられなかったせいだと説明がなされていますが)Dravet症候群、Lennox-Gastaut症候群など仏米の研究者の名前は残っていたりするので、この分類がこのまま定着して世界中で使われるようになるのかどうかわかりません。このため、今回は詳細な説明は省きます。
てんかん症候群(2022年 国際抗てんかん連盟ILAE) Wirrell EC et al (2022)
新生児期・乳児期発症てんかん症候群
(2歳未満)
自然終息性てんかん
自然終息性新生児てんかん(SeLNE)
自然終息性家族性新生児・乳児てんかん(SeLFNIE)
自然終息性乳児てんかん(SeLIE)
素因性熱性けいれんプラス(GEFS+)
乳児ミオクロニーてんかん(MEI)
発達性てんかん性脳症 (DEE)
早期乳児 DEE (EIDEE)
遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん (EIMFS)
乳児てんかん性スパズム症候群 (IESS)
Dravet症候群 (DS)
病因特異的発達性てんかん性脳症
KCNQ2–DEE
ピリドキシン依存性 (ALDH7A1-)DEE (PD-DEE)
ピリドキシンリン酸依存性 (PNPO-)DEE (P5PD-DEE)
CDKL5-DEE
PCDH19 群発てんかん
GLUT1欠損症 (GLUT1DS-)DEE
Sturge-Weber症候群 (SWS)
視床下部過誤腫による笑い発作 (GS-HH)
小児期発症てんかん症候群 (2-12) 自然終息性焦点てんかん
中心側頭棘波を伴う自然終息性焦点性てんかん
自律神経発作を伴う自然終息性てんかん
小児後頭葉視覚発作てんかん
光過敏後頭葉てんかん



素因性全般てんかん (GGEs)
小児欠神てんかん (CAE)
眼瞼ミオクロニーを伴うてんかん (EEM)
ミオクロニー欠神発作を伴うてんかん (EMA)

発達性あるいはてんかん性脳症 (D/EE) ミオクロニー脱力発作を伴うてんかん (EMAtS)
Lennox-Gastaut症候群 (LGS)
睡眠時棘徐波活性化を示す(発達性)てんかん性脳症 (EE/DEE-SWAS)
発熱感染症関連てんかん症候群 (FIRES)
片側けいれん・片麻痺・てんかん (HHE)

幅広い年齢に出現するてんかん症候群
焦点てんかん(COVE, POLE)
家族性内側側頭葉てんかん (FMTLE)
聴覚症状を伴うてんかん (EAF)
海馬硬化を伴う内側側頭葉てんかん (MTLE-HS)
睡眠関連運動亢進てんかん (SHE)
多様な焦点を示す家族性焦点てんかん (FFEVF)
全般焦点合併てんかん
読書誘発発作を伴うてんかん (EwRIS)
特発性全般てんかん (IGEs)
若年欠神てんかん (JAE)
若年ミオクロニーてんかん (JME)
全般強直間代発作のみを示すてんかん (GTCA)
進行性神経退行を呈するてんかん Rasmussen症候群 (RS)
進行性ミオクローヌスてんかん (PME)

てんかん類型

 しかし、全てのてんかんをてんかん症候群に当てはめることができるわけではありません。病因も分からず、いかなるてんかん症候群の範疇に入らない病型でてんかんを発症する方もみえます。国際抗てんかん連盟(ILAE)は、その場合、てんかん類型の枠組みで検討することを勧めています。てんかんの「型」を考えてみてはどうか、というのです。
 型は、患者さんにみられるてんかん発作の形、そして、例によって、発作間欠期にみられる脳波異常にしたがって4つに分けられます。全般てんかん、焦点性てんかん、全般てんかん/焦点性てんかん混合型、不明です。
 全般てんかんは全般発作がみられ、脳波上も、全般性棘徐波のような脳全体に広がるてんかん放電がみられるものをいいます。てんかん症候群の全般てんかんとほぼ同義ですが、若年性ミオクロニーてんかんなどの診断基準に当てはまらない全般てんかんの方が少なからずみえます。そうした場合、この範疇に入れておくことになります。
 焦点性てんかんも焦点発作がみられて、脳波上、局在性棘波などのてんかん放電がみられるものをいいます。自然収束性てんかんや海馬硬化を伴う内側側頭葉てんかんなどがこれに当てはまりますが、画像検査ではてんかんをきたしている病変はみつからず、かといって、自然収束性てんかんなどのカテゴリーに当てはまらない焦点性てんかんは、これも、結構あります。
 全般てんかん/焦点性てんかん混合型は全般発作と部分発作が混在してみられるてんかんです。典型例はドラベ症候群です。このてんかん症候群でミオクロニー発作のような全般発作がみられる一方で片側けいれんや複雑部分発作のような部分発作もみられます。そして、この全般発作と部分発作の混在は、たいてい、ドラベ症候群のような脳の器質性障害を背景としてみられ、脳波上も全般性棘徐波と焦点性棘波が混在することが少なくありません。当然、併存症として運動障害と知的能力障害も合併します。発達関連てんかん性脳症・進行性神経学的退行を伴う症候群にみられるようなてんかんということになりますが、そうした例で、病因が判明せず、どのてんかん症候群にも当てはまらないことも結構あるのです。
 「不明」てんかんというのは、どうやらてんかん発作があるらしいと思われるのですが、発作が部分発作か全般発作かわからない、というものです。そんなことがあるのかと思われるかも知れませんが、意外とあります。寝ているときに「けいれん」を起こしたらしいが、きちんとみている人がいなくて発作情報が十分に得られないといったケースです。その場合、「てんかんと似て非なるもの」で説明しますが、不整脈など発作を起こす他の疾患の可能性を検討します。しかし、それらをきちんと除外していって状況証拠から、どうやら、てんかん発作しか考えられないということも結構あります。この場合、頼りになるのは脳波ですが(といって、前にも申したようにそれに頼りすぎるのもいけませんが)脳波にもてんかん放電がみられないことがあります。こうなると、とりあえず、様子をみましょうとなるのですが、「けいれん」が何度も繰り返すようだと、何とかせざるを得なくなります。一つの方法として、患者さんの意向も十分伺って、抗てんかん薬を飲んでいただくこともあります。それで、けいれんがなくなればやはりてんかんだったのかといっていいかもしれません。治療的診断といいます。もちろん、抗てんかん薬で発作が止まる疾患はてんかん以外にもありますので絶対とはいえないのですが、こうしたグレーゾーンは他の疾患同様、てんかんにおいても残されています。
 実をいいますと、ILAEが想定しているのは、てんかん診療において、まず、発作型を決め、脳波をとり、てんかん類型に当て嵌め、それと並行して病因を考え、併存症を横目で見ながらてんかん症候群を決めようという順番です。しかし、実際の診療の場では、何かてんかんの病因になるものがないか探り、てんかん症候群にあてはまらないか考え、それが、うまくいかないとき、とりあえず、てんかん類型に当てはめるという手順になります。というのも、てんかん類型はてんかん症候群ほどの具体性に欠けます。診断しようとすると、どうしても、具体的なものに目を奪われがちです。てんかん症候群や病因を確定しようとして、それが叶わぬ時、とりあえず、どのてんかん分類に入るか考えようという手順になるわけです。
 病因も分からず、てんかん症候群にも当てはめることはできないと、予後予測は難しいですし、ぴったりの治療法をみつけにくくなります。しかし、それでも、発作型、脳波などを参考にある程度の治療方針をてんかん類型から決めることはできます。

図23 てんかんの診断 (ILAE(2017)改変)   てんかんの診断はてんかん発作の有無、てんかんの発作型の確認に始まる。ついで、脳波所見も参考にしつつ、てんかん類型に当てはめてみる。それと同時に、知的能力障害、運動障害、奇形などの併存症の有無を確認し、一方でMRI、CTを用いて脳の構造異常の有無、染色体や遺伝変異の有無を調べる。さらには、感染、代謝異常、免疫性疾患などが病因となっていないかにも注意を向ける。そして、てんかん類型を定め、最後にてんかん症候群に当てはまらないかを考える。国際抗てんかん連盟(ILAE)が勧めるてんかんの診断手順ではこのように、上から順番に作業を進めることを想定している(黒矢印)。しかし、実際の臨床の場では、てんかん症候群への当て嵌めが先に行われ、それがかなわぬ時、てんかん類型のどの位置に入るかを考えることも少なくない(白抜き矢印)。また、病因の検索はこの診断プロセスの各段階で、てんかんの経過も踏まえて、新たに追加して行われることが多い。

国際てんかん発作分類

 部分発作の自動症について説明した際、前頭葉内側面や下面から始まる部分発作は、たんに暴れているようにしかみえず、ヒステリーと誤診されかねないと申しました(図4)。このような誤診が起きるのは、それまで使われてきた国際てんかん発作分類にこの奇妙な発作が含まれていなかったためです。
 じつは、いままでに説明してきたてんかん発作のほとんどは1981年に国際抗てんかん連盟(ILAE)によって提案されたてんかん発作分類案のものです。この1981年分類は、フランスのてんかん学の大家ガストーが1964年に提唱した分類案を出発点としていて、その後、大量のビデオ-脳波同時記録をてんかんの専門家たちが見て、議論し、検討を加え、作成されました。そして、30年以上もの長い間、てんかん発作分類のグローバル・スタンダードになってきました。しかし、前頭葉起源自動症のような不都合がいろいろ指摘されるようになってきたため、さまざまな議論が重ねられ、2017年に改定案、てんかん発作型の操作的分類(2017)が国際抗てんかん連盟から発表されました。
 改定の理由はいろいろあります。
 まずは、1981年当時は十分に認識されていなかった発作型の追加です。先程いった前頭葉起源自動症がその典型で、新分類では運動亢進発作という名で追加されました。ほかに自律神経発作、運動停止発作、認知発作、情動発作、感覚発作、自動症発作などが新しい発作型として加えられています。
 さらに、用語の変更があります。
まず、部分発作という言葉が焦点発作という呼称に変更になりました。30年以上のてんかん学の進歩、とくに、てんかん外科の術前検索に用いられる深部脳波の検討から、てんかん放電は限局した一つの神経細胞集団から始まるといった単純なものではないことがわかってきました。互いにつながりのある複数の神経細胞集団のネットワークが励起されててんかん放電が始まるという見方にかわってきたのです。そこで、部分発作(限られた神経細胞集団からの発作)よりは焦点発作(複数の神経細胞集団からの発作)の方が適切だろうということになりました。また、部分という言葉は、部分的で、限定的で、不完全な発作といった意味にとられかねません。そのことも、変更の理由になっています。
 さらに、単純部分発作、複雑部分発作という用語がなくなり、焦点意識保持発作、焦点意識減損発作という言葉に置き換えられました。元々、単純部分発作、複雑部分発作は無理筋の用語でした。てんかん医療に無縁の人にとって、単純=意識あり、複雑=意識なし、という連想は浮かびようがありません。実際、いままで読んでこられて変に思われた方もみえたのではないでしょうか。そこで、もっと事実に即した、専門医以外にも納得がいく焦点意識保持発作、焦点意識減損発作という言葉に置き換えられました。

図24 7歳男児 焦点起始脱力発作
頻回に右腕が下がってしまうという訴えがあり、右上腕二頭筋(Rt. Biceps M)と三頭筋(Rt. Triceps M)に表面筋電図をつけて両上肢を水平に保つようにして脳波と一緒に記録した。棘徐波の徐波に一致して断続的に右上肢が一瞬下がり、これに一致して右上肢の筋放電(Rt. Biceps &Triceps M)が消失する(矢印)ことが確認された。旧分類ではこれを表現する発作型はなかった(Inhibitory seizure抑制発作という名前で当初発表された)が、新分類では焦点起始脱力発作ということになる。


 ついでに、二次性全般化発作という用語も廃止され、焦点起始両側強直間代発作という用語に置き換わりました。二次性全般化というのはカナダのてんかん学のパイオニア、ペンフィールドたちの仮説(図11)に基づいて名づけられた用語ですが、部分発作の強直間代発作への発展が本当にペンフィールドたちの理論通りかどうか、よく分かっていません。そこで、焦点発作が強直間代発作に変化していくという現象だけを記載する焦点起始両側強直間代発作という用語に変更になりました。新分類では、このように、機序を説明するような表現を排し、外側からみて明らかな現象だけを客観的に記載することを理念に掲げていて、このため、操作性operational分類と名づけられています。アメリカ精神病学会がつくって世界に広まった精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)と考え方は似ているかもしれません。
 もう一つ、大きな変更点は、今まで全般発作にだけにあるとされてきた間代発作、脱力発作、ミオクロニー発作が焦点発作にもあっていいということになりました。実際、間代発作、脱力発作は全身にみられることはむしろまれで身体の一部でみられることの方が多いことがここ数十年のビデオ脳波記録の発達であらためて確認されました(図24)。新分類ではその研究成果もとりいれられたわけです。
 これ以外にも変更点はまだいくつかありますが、詳細は省きます。
 新分類は、新たな研究成果、とくに、深部脳波も含めたビデオ脳波同時記録の膨大なデータに立脚したもので、利点は沢山あります。ですから、今回、この新分類で説明すべきかいろいろ悩みました。しかし、結局、今回も旧分類で通すことにしました。
 理由はいろいろありますが、一番の理由は、この新分類が専門家の間でもまだあまり普及していないことです。旧分類の時もそうでしたが、新たな分類が一般の医者の間でも当たり前のように使われるようになるまでには年月を要します。旧分類のときも、たとえば複雑部分発作という「不思議な」用語は、しばらく、一部の先進的な施設が使っているだけで、日本てんかん学会においてさえ、発表演題で誰もが使うようになるまでに5年以上かかっていたような記憶があります。今回も、同様です。まだ、英文での発表からあまりたっていないということもあると思いますが、たとえば、日本てんかん学会の学術誌「てんかん研究」の掲載論文でさえ、旧分類用語の方が優勢のようです。投稿規定には「てんかんに関する用語は原則として日本てんかん学会用語集改定案に準拠した表現を用いる」となっています。しかし、2017年の日本てんかん学会用語集第2版には新分類の和訳が掲載されてはいるものの、複雑部分発作といった用語も同時に解説付きで載っています。専門家の間でさえあまり広まっていない用語を一般の人向けの文章で使うのは現時点では適切とはいえないでしょう。
 もう一つ、新分類は旧分類に比べ複雑で、しかも、記載法がきちんと決まっていないことも難点かもしれません。表をみていただければわかりますが、拡張版で一つ一つ数えていくと発作型が30を超え、旧分類の15に比べ2倍以上に増えています。これだけを覚えていただくのも大変なのに、じつは、記載法が決まっていません。たとえば、焦点起始発作の場合、意識保持発作から意識減損発作へ変わることはいくらでもあるのですが、どちらを書くのか、それとも、2つとも書くのか、明確には決まっていません。「任意」となっています。それでいながら、「発作経過中に明らかな意識障害が認められた場合、その焦点発作は焦点意識減損発作と分類する」となっています。
 さらに、「発作はもっとも早期に出現した顕著な運動性または非運動性の特徴によって分類する」となっています。ところが、もっとも早期に出現する発作と顕著な発作が違うことはいくらでもあります。
 こうした曖昧さ、矛盾が目につくこともあって専門家の間でも新分類に批判的な意見もあります。しかし、そうはいっても、旧分類の時のことを思えば、おそらく10年ぐらいたてばその混乱、矛盾も次第に解消されていくでしょう。そして、結局は新分類の用語に移行していくのかもしれません。しかし、まだ、現時点では、行方はわかりません。
 こうした理由で、今回、新分類はご紹介だけにとどめておくことにしました。ご了解ください。

 

表8 新旧てんかん発作国際分類 
国際抗てんかん連盟(ILAE)による
国際分類,1981年
ILAE 2017年発作型操作的分類  –拡張版 
I.部分発作
A. 単純部分発作(意識障害はない)
 1.運動兆候
 2.体性感覚・特殊感覚症状
 3.自律神経症状・兆候
 4.精神症状(高次大脳機能障害)
B. 複雑部分発作(意識障害を伴う)
 1.単純部分発作から始まる
 2.意識障害から始まる
C. 部分発作からの二次性全般化
焦点起始発作全般起始発作起始不明発作 
焦点意識
保持発作
焦点意識
減損発作







全般運動発作
強直間代発作
間代発作 強直発作
ミオクロニー発作
ミオクロニー強直間代発作
ミオクロニー脱力発作
脱力発作
てんかん性スパズム

全般非運動発作(欠神発作)  
定型欠神発作   非定型欠神発作
ミオクロニー欠神発作
眼瞼ミオクロニー






起始不明運動発作
 強直間代発作
 てんかん性スパズム  
起始不明非運動発作
 動作停止発作
 
焦点運動起始発作
 自動症発作
 脱力発作
 間代発作
 てんかん性スパズム
 運動亢進発作
 ミオクロニー発作
 強直発作
焦点非運動起始発作  
自律神経発作
動作停止発作
認知発作
情動発作
感覚発作
II.全般発作
A. 欠神発作
1.欠神発作
2.非定型欠神発作
B. ミオクロニー発作
C. 間代発作
D. 強直発作
E. 強直間代発作 F. 脱力発作


分類不能発作




焦点起始両側強直間代発作
1981 年から 2017 年発作型分類への変更点
1.「部分(発作)」から「焦点(発作)」へ変更
2. 一部の発作型は、焦点起始発作、全般起始発作、起始不明発作のいずれにも分類されうる。
3. 起始不明発作でもさらに分類しうる特徴を示す場合がある。
4. 意識(awareness)を焦点発作の分類要素として使用する。
5. 認知障害(発作)、単純部分(発作)、複雑部分(発作)、精神(発作)、二次性全般化(発作)という用語を廃止した。
6. 焦点発作型に、自動症発作、自律神経発作、動作停止発作、認知発作、情動発作、運動亢進発作、感覚発作、焦点起始両側強直間代発作を新設した。
7. 脱力発作、間代発作、てんかん性スパズム、ミオクロニー発作、強直発作は、焦点起始と全般起始のどちらにも起こりうる
8. 全般発作型に、眼瞼ミオクロニーを伴う欠神発作  、ミオクロニー欠神発作、ミオクロ二一強直間代発作、ミオクロニー脱力発作、てんかん性スパズムを新設した。
 


参考資料

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中川栄二(2023)国際抗てんかん連盟による2022てんかん症候群.てんかん研究 41:535-538

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