~映像をみて何が起きたのか
内容
光感受性てんかん photosensitive epilepsy.
「テレビはあなたの健康によくないかもしれない」~ハーディング論文
はじまり
1997年12月16日夕刻、まもなく7時になろうかという時でした。
日本全国の消防署で救急車要請の電話が一斉に鳴りだしました。
救急車要請理由はどれも同じでした。「テレビのアニメをみていて、子どもがおかしくなった」というのです。人口695万の愛知県だけで64名が救急車で病院に運ばれました。
異常をきたした子どもたちがみていたアニメ番組はみな同じで、テレビ東京系列で放映された「ポケットモンスター」第38話「でんのうせんしポリゴン」 でした。
ご記憶の方もみえるかと思いますが、いわゆる「ポケモン事件(ポケットモンスター健康被害事件)」です(ポケモンショック、あるいは、ポリゴンショックと呼ばれることの方が多いようですが、ショックという言葉が血圧低下をきたす医学用語と紛らわしいので、以下、ポケモン事件という言葉を使います)。

図1 「ポケモン事件」を1面で伝える新聞 |
わたしの恩師、渡邊一功名古屋大学小児科学教室教授(当時)は、事件の夜、翌日開催予定のてんかんに関する専門家会議出席のため、東京のホテルに宿泊されていました。そして、夜おそく、そのホテルに新聞社の記者を名乗る人物から電話がかかってきました。「テレビの『ポケモン』をみていて多くの子どもがひきつけて救急車で病院に運ばれた、何かコメントを」というのです。アニメ番組などみたことのないはずの先生にとって「ポケモン」という言葉からして、判じ物めいて、あやしげに思えたことでしょう。しかし、たまたま、その数日前、医局の忘年会で、若手医師がアニメキャラクターの妙なカードをとりだし、そのキャラクターの名前を医局員に当てさせるゲームをやっていました。その時のカードが「ポケモンカード」でした。
先生は電話の主に詳しい内容を聞き直されました。記者の説明であらましを了解された先生は答えられました。
「今回の原因、テレビとの因果関係はわからないが、チカチカと点滅する光や縞模様などの図形に過敏に反応して、発作を起こす反射性のてんかんは古くから知られている。2,30年前には、スイッチを入れたばかりのテレビの光に反応する「テレビてんかん」が問題化した。最近は、家庭用テレビゲーム機で遊んでいる最中に発作を起こす子どもが相次ぎ、注目を集め、世界的な研究が行われている……小児期に多く、体質、素因も考えられるが、詳しい原因などはまだわからない部分も少なくない。治療法では、抗てんかん薬による治療もあるが、テレビを近くで見せないなど、原因を取り除くことが大切だ(朝日新聞名古屋版朝刊)」
愛知県における実態調査
「ポケモン事件」に関しては、事件直後に組織された平成9年度厚生科学特別研究「光感受性発作に関する臨床研究」班(以下、特別研究班)によってさまざまな報告がなされています。
しかし、ここでは、まず、愛知県での実態調査の概略について述べます。
特別研究班による全国調査ではなく愛知県の報告をとりあげるのは、限られた地域での実態調査なので比較的正確な発生率が算定されているからです。さらに、愛知県では事件当時のみならず事件後数年たってからの調査もなされていて、ポケモン事件でおかしくなった子どもたちが、その後、どうなったのかもある程度わかっています。
調査は愛知県下の医学部を有する4つの大学の小児科の共同研究として行われました。対象は問題の番組をみていて何らかの症状を訴え、病院を受診した子たちです。
事件の起きた6日後、常勤小児科医がいる愛知県およびその周辺の病院に質問用紙が発送されました。そして、その結果を基に愛知県での「ポケモン事件」の実態についての情報収集、検討がなされました。
調査の目的はいろいろありました。しかし、なんといっても最大の関心事は、番組をみていてこどもたちに生じた異常が何だったのか、ということでした。
はたして、それは、渡邊先生が示唆されていたように反射性のてんかん発作だったのか?
この疑問に答えるべく、アンケートに記載されている症状(なるべく具体的に書くよう依頼がなされました)をてんかん診療の経験が深い3名の医師が検討し、1人1人の被害者についてそれぞれの医師が個別に仮診断をしました。そして、その後、その結果を持ち寄って協議し、最終診断がなされました(3人の医師の診断一致率はほぼ100%でした)。
問題のアニメをみていて何らかの異常がみられ、病院を受診していたのは95名でした。そして、記載された症状から、この95名のうち93名(男44名、女49名、年齢2~28歳(平均11歳))がアニメ視聴中に間違いなくてんかん発作を起こしたと推定されました。つまり、「何らかの異常」のほとんど(98%)がてんかん発作と推定されたわけです(残りの2名も、症状の記載が不十分なため、てんかん発作を起こしたと断定できませんでしたが、そうだった可能性は十分あると推測されました)。
電気ショック療法に匹敵?
てんかん発作を起こしたと推定された93名中、事件以前にてんかん発作を起こしていたのは熱性けいれんの既往がある子を含めても24名(26%)だけでした。全体の約4分の1です。6割以上、59名(62%)は、事件前、一度もてんかん発作を起こしたことがありませんでした (残りの10名は、記載もれで、てんかん発作歴がわかりませんでした)。にもかかわらず、この59名は事件の夜てんかん発作を起こしたと推測されたのです。
これは、驚くべき結果です。
問題の番組の映像が電気ショック療法のような強烈なてんかん誘発効果を有していたかもしれないからです
脳をもっている限り、人は誰でもてんかん発作を起こす可能性があります。しかし、一生に一度でもてんかん発作を起こす人は、熱性けいれんを含めても、せいぜい、10人に1人ぐらいだろうと推定されています(7人に一人という試算もあります)。だれでもてんかん発作を起こす可能性がありますが、てんかん発作の起こりやすさには個人差があります。そして、全人口の9割はてんかん発作を起こすことなく一生を終えます。今まで一度もてんかん発作を起こしたことがないにもかかわらずポケモン発作を起こした人は、もちろん、起こさなかった人に比べ、てんかん発作を起こす素因(とくに、光感受性)が高かったのだろうと推測されます。そして、将来、何度もてんかん発作を起こすようになる人もみえたかもしれません。事実、あとで述べますが、事件から3年たったときの追跡調査では、てんかん発作の既往がなかった人の9%が、事件後、再びてんかん発作(光刺激などの誘発因子がない自発発作)を起こし、てんかんと診断されています。
つまり、ポケモン映像がてんかん発症の先取りをして、てんかん発作を誘発していたわけです。
しかし、それでは、その三年間にてんかんを発症していなかった人たちはどうでしょう。10年後、20年後にてんかんを発症したでしょうか?
残念ながら、そこまで長期の追跡調査はなされていません。ですから、断言はできませんが、一生起こさない人だっているだろうと思われます。3年たっても9%の方しかてんかんを発症していないのですから、てんかん発症率が小児期から成人期にかけて低下していくことを考えると、発症時すでに思春期に達していたお子さんは、とくに、その後てんかんを発症する可能性はきわめて低いからです(乳幼児期と並んでてんかん発症率が高い老年期になると分かりませんが)。もし、そうだとすれば、このときのポケモンの映像は途方もないてんかん発作誘発性を有していたということになります。
てんかんを一生発症しないはずの人でも、脳に電気刺激を与えたり(電気ショック療法といって重症の鬱病や統合失調症の治療として行われたことがあります)、てんかん発作を誘発する薬を注射したりすると、てんかん発作が起きます。事件の時、てんかんの既往がないのにてんかん発作を起こしたお子さんの中に、その後、一生てんかん発作を起こさない方がいたとすると、この時のアニメの映像は電気ショックやてんかん誘発薬のような強烈なてんかん発作誘発作用を有していたということになります。
このときの映像が強力なてんかん発作誘発作用を有していたことは、てんかんを発症してすでに抗てんかん薬を服用していた子にまでてんかん発作が誘発されたことからも推察できます。
たとえば、てんかんの既往のあった24名の子のうち9名はバルプロ酸を服用していました。バルプロ酸は光感受性てんかんにきわめて有効とされている薬です。ところが、ポケモン映像はそのバルプロ酸の光感受性発作阻止作用の壁を乗り越えて発作を引き起こしていたのです。
ポケモン事件の翌日、バルプロ酸を飲み始めてから1年以上発作がなかった5歳の男の子が、発作が再発したと私の外来にみえました。前日放映されたポケモンのアニメを観ていて、顔が氷ついて表情がなくなり、目を見開き、数秒、動作が止まったというのです。バルプロ酸はきちんと飲んでいたということでした(この診察時に測定したバルプロ酸の血中濃度は前回と同様で、薬をきちんと飲んでいたことを物語っていました)。
この患者さんを診たとき、はじめて、とんでもないことが起きたことを実感しました。
このときのポケモン映像は、想像を絶する爆発的なてんかん発作誘発力を秘めていたのです。
病院受診
話を戻します。
てんかん発作を起こしたと推定される95名のうち、救急車で病院を受診したのは44名でした。この44名のうち、てんかんの既往がある子は3名にすぎませんでした。てんかんの既往のある子のほとんどは、どうやら、救急車ではなく自家用車などで病院を受診したようです。
さらに、てんかんの既往のない子のうち72%がアニメ放映当日に病院を受診していたのに対し、てんかんの既往のある子でアニメ放映当日に病院を受診したのはわずか17%でした。おそらく、てんかん発作に慣れていた保護者や患者さんはとくに慌てることなく、後日病院を受診したのでしょう。
また、てんかんで治療中の患者の中には、主治医に指摘されて初めてアニメと発作の関連に気づいた方もいました(私が事件翌日に診た例の患者さんもそうでした)。あのような大騒動にならなければ、いつもの発作として片付けられ、アニメで発作が誘発されたとは気づかれなかった可能性もあります。
その可能性を示唆する前例があります。
ポケモン事件の半年前、1997年3月29日にNHK教育テレビで放映された「Yat安心!宇宙旅行」第25話『まぼろしのおやじ』です。このアニメ視聴中にも複数のお子さんがてんかん発作を起こしました。きちんと検証が行われていないため確かなことは言えませんが、番組中に赤色と白色が交互に現れる数秒の点滅シーンがあり、それが発作を引き起こした可能性が高いと推定されています(図2)。実際、ポケモン事件でも赤色の点滅が発作の誘発要因として問題視されました。
このアニメによる発作が最初に報告されたのは静岡県の4名のみでした。ところが、ポケモン事件後に関連が指摘されるようになり、調査が行われ、最終的に10都道府県で25名がこの番組で発作を起こしていたことが確認されました。しかし、実際にはさらに多くの人が発作を起こしていたのかもしれません。

図2 Yat安心!宇宙旅行」第25話『まぼろしのおやじ』の一場面。赤色と白色が交互に現れる数秒の点滅シーンがあり、おそらく、これが発作を引き起こしたものと推定されている。http://home-aki.la.coocan.jp/yat25.htm (2023年1月29日閲覧) |
発作症状
さて、実際の症状です。
発作症状から、39名が全般発作、49名が部分発作を起こしたと推定されました(表1)。残りの5名は情報不足で発作型が確定できませんでした。
全般発作の内訳は強直間代発作と推定される全身痙攣が37名、ミオクロニー発作が2名でした。
一方、部分発作は単純部分発作が2名、単純部分発作が先行しない複雑部分発作が22名でした。8名では単純部分発作から複雑部分発作へと移行したと考えられ、うち1名では、単純部分発作から複雑部分発作に移行し、その後、全身痙攣に進展したと推定されました。さらに、13名では単純部分発作から全身痙攣に、4名では複雑部分発作から全身痙攣に移行したと推定されました。
表1 発作症状の実例 1.単純部分発作 10歳女児 てんかん発作の既往があり、バルプロ酸服用中 「目がチカチカし、画面が真っ白になり、おかしいので目をそらした」 2.単純部分発作から複雑部分発作へ移行 9歳男児 てんかんの既往なし 「『光るものがみえた、頭が痛い』といって吐きはじめ、目が右に寄り、呼んでも答えなくなった」 3.複雑部分発作 7歳女児 てんかんの既往なし 「突然、嘔吐して、ボーっと目がうつろになり、数分後に泣き出した」 4.単純部分発作から強直間代発作へ移行 10歳女児 てんかんの既往なし 「『目が見えなくなった』と叫んだ後、意識を失い、口から泡をだし、四肢を硬直させ、その後、間代けいれん」 5.強直間代発作 12歳男児 てんかんの既往なし 「軽く発声?した後、後方に倒れて眼球上転、泡を吹いて、強直性けいれん、その後、間代性けいれん。そのあとは、意識朦朧」 6.ミオクロニー発作 14歳男児 てんかん発作の既往がありカルバマゼピンとフェニトインを服用中 「両手のピクツキを10秒間隔で5回繰り返した」 |
単純部分発作の多くは「目が見えない」「ぼやける」「目がちかちかする」などといった視覚症状でした。
発作症状に加え、頭痛、吐き気を訴え、嘔吐した方がかなりみえました。ただし、こうした片頭痛様症状は発作前、発作中、発作後、いずれにも認められ、真のてんかん発作症状なのかどうか、はっきりしませんでした。
あとでもう一度詳しく述べますが、発作型については概ね次の2つのことが注目されます。
- 従来、光感受性発作のほとんどは全般発作といわれていたのに、ポケモン事件では全般発作よりも部分発作の方が多かった。
- 部分発作では視覚症状、頭痛、吐き気、嘔吐などの症状が目立ち、後頭葉起源の部分発作が疑われた。
アニメ視聴状況
アニメを観ていたときのお子さんの状況については、とくに、これといって特筆すべきものはありません。
暗い部屋でテレビを観ていたのは2名だけです。
ほとんどの子(73名)は座ってアニメを観ていましたが、14名は寝転がっていて、6名は立っていました。
発作を起こしていたとき観ていたテレビの製造会社は11社にのぼりました。その個々の数は各製造会社の当時のテレビ市場占有率を反映していて、特定の製造会社、特定のテレビ機種でてんかん発作が誘発されたことを示唆する証拠はみられませんでした。
発作を起こした際のテレビからの視聴距離は10~600センチメートル、平均182センチメートル、テレビ画面の大きさは14~35インチ、平均25インチでした。異常に近くでアニメを観ていた子もいましたが、全体としては、当時の日本の家庭における一般的な夕食前後の風景を彷彿とさせる結果といえます。
痙攣性疾患以外の病歴、アニメ放映時の体調にかんしても、あまり目立ったものはありません。
ただし、乗り物酔いの既往だけは24名、3分の1強に認められました。しかし、小学校高学年から中学生にかけての乗り物酔いの頻度は男子で約30%、女子で40%とされていますから(野田哲哉。 乗り物酔いの年齢別頻度。 耳鼻と臨床2010;56:15 -18)、おそらく、この子たちが普通の子どもたちに比べ飛び抜けて乗り物酔いの頻度が高かったわけではないと思われます。それ以外の既往歴としては周期性嘔吐症5名、起立性低血圧3名、ネフローゼ1名で、片頭痛の既往は1名に認められただけでした。
13名が睡眠不足だったようですが、放映時に実際に眠そうにしていたのは1名だけでした。
軽い咳や鼻水が15名にみられ、1名は下痢状態でした。しかし、熱のあった子はいません。
結局のところ、アニメを観ていて発作を起こしたとき、ほとんどの子の健康状態は良好だったといえます。
アニメ映像

図3 赤と青を素早く順番に提示することによってミサイルが爆発しているように見せている場面。1997年12月16日18時50分頃に映し出され、その直後から全国の消防署の電話が鳴り始めた。 |
アンケート調査は発作がアニメの後半、とくに18時50分前後に集中して起きていたことを示していました。この18時50分前後、「ワクチンソフト」ミサイルがピカチュウの「10まんボルト」によって爆破される場面が映し出されていました(図3)。1秒間に12回(12ヘルツ)の頻度で画面の背景を赤と青で交互に変え、あたかもミサイルが爆発しているかのようにみせかけていました(ピカピカ光ったように見せかけるために当時よく使われた「パカパカ」と呼ばれる技法)。事件直後から、この「爆発場面」が発作を誘発した一番の原因ではないかと疑われました。実際、「ミサイルが爆発したときからおかしくなった」という回答が少なくありませんでした。愛知県の調査では55名がこの場面で「おかしくなった」と回答しています。
ちなみに、5名はビデオに録画されたこの場面の映像を観て発作を起こしていました。
脳波所見
事件後、脳波検査を受けた子のうち、43%で点滅閃光刺激(脳波を記録しながら6~30ヘルツの閃光(通常は白色光)が点滅する光刺激装置を患者さんの顔から数10センチのところに設置し、さまざまな点滅周波数の閃光で10秒前後刺激する誘発検査)によって全般性棘徐波が誘発されました。光誘発反応と呼ばれる脳波所見です(図4)。光誘発反応はてんかんの既往のある子(55%)のみならず、ない子(38%)にもみられました。

図4 光誘発反応 10ヘルツ点滅閃光刺激開始から3秒後から脳全体に広がる全般性棘徐波が出現し、光刺激中止とともに消失している。 |
光誘発反応は光感受性(光刺激によっててんかん発作を起こしやすい体質)を示唆する所見とされています。光刺激、視覚刺激によっててんかん発作が起きる方にしばしばみられる異常脳波所見だからです。
ただし、この異常がでないからといって光感受性を有していないというわけではありません。光誘発反応は刺激する光の強度、色、刺激周波数などの検査条件よって出現頻度が大幅に異なります。条件を変えることで、以前はみられていなかった方にも光誘発反応が出ることがあります(あとで述べるハーディングの報告はそのことを如実に示しています)。
また、光感受性は、程度は違うものの、ある意味で、どんな人の脳にも存在しているものと推定されます。先程も述べたように、てんかん誘発性のきわめて高い光刺激、視覚刺激が加われば、誰にでもてんかん発作が誘発される可能性があります。程度の差にすぎないのです。通常の環境では、ある程度光感受性が高い人にだけ光誘発反応がみられ、日常生活の特定の視覚刺激で発作を起こすのだろうと推定されています。逆に言えば、そうした刺激に遭遇しなければ、比較的高い光感受性を有していても、一生、てんかん発作を起こさないこともありえるわけです。
発生頻度
こうした突発的な事件で発生頻度を正確に推定するのは至難の業です。
しかし、このアンケート結果を問題のポケモン番組の視聴率、愛知県の年齢分布、消防署の救急車搬送記録などと照らし合わせた結果、6歳から18歳の「ポケモン発作」の発生頻度は約5000名に1名(男子が約7000名に1名、女子が約3500名に1名)と推定されました。
アンケートでは6歳から18歳の年齢帯が75名で、うち、41名が救急車で病院に運ばれたことがわかりました。しかし、愛知県防災局は、当日夜、ポケモンを見ていておかしくなった同年齢帯のお子さん51名が救急車で病院に搬送されたと発表しています。ですから、このアンケートは愛知県でこの番組を観て異常がみられた方の約80%を把握していたと推測できます。愛知県のポケモン発作発生頻度はそれを基にして算出されました。
しかし、このアンケートは病院に受診した人々だけを対象とした調査です。個人開業の診療所を受診した人は含まれていません。また、病院や診療所を受診しなかった人も、まれでしょうが、いなかったとはいえません。そうしたことを考えると、実際には発生頻度はもっと高かった可能性があります。英国での推計では光刺激による発作の推定有病率が5歳から24歳で4千名に1名とされていますが、愛知県での推計がそれよりわずかに低かったのはそうしたせいかもしれません。
(注:アメリカのてんかんワーキンググループは日本の特別研究班の報告書を基にポケモン発作の発生頻度を1万名に1名と推定しています。愛知県で推定された頻度よりかなり低いのは、特別研究班の報告書に記載された複数の都道府県の発生数が愛知県のように組織だった調査をもとに報告されたものではなく、相当な漏れがあったためです。そのような事情を知らない欧米の研究者がその少ない発生数をもとに算出したのが1万名に1名という発生頻度でした)。
以上を要約すると、
“ポケモン番組視聴中に異常がみられて病院を受診した人のほとんどはてんかん発作を起こしており、その発作要因はテレビ機器、視聴環境、視聴方法などに求めることができず、アニメ画面そのものが原因だったと考えざるを得ない”
ということになります。これは、特別研究班と同一の結論です。事件直後、集団ヒステリーではないかというわけのわからない精神科医のコメントが新聞に載ったりしましたが、そのことは、完全に否定されました。
反射てんかん
静岡東病院(現在の静岡てんかん・神経医療センター)の病院長だった故清野先生が、昔、おっしゃってみえたことがあります。
「”Why now?” これが、てんかん学のメインテーマだ」
というのです。
よりによって、なぜ、今、ここで、てんかん発作が起きるのか?
これがわかりません。
脳の中で突然、異常電流が流れ始め、てんかん発作は起きるのですが、異常電流が流れ始めるのには、何かきっかけがあるはずです。
しかし、そのきっかけがわかりません。
なぜ、今、なのか?これが、わからないのです。
わからないので、昔は、「何の誘因もなく、てんかん発作が繰り返し起きる病態」というのがてんかんの定義になっていました。
しかし、もし、「誘因」がわかれば、どうでしょう?てんかんの最大のなぞが解き明かされることになります。そして、「なぜ、今なのか」がわかれば、どれほど難治なてんかん発作であっても、発生を食い止めることができるかもしれません。その「誘因」を取り除いてやればいいのですから。抗てんかん薬を飲み続けることも、外科手術を受けることも、必要なくなるかもしれません。
” Why now? ”がてんかん学のメインテーマだ、と清野先生がおっしゃっていた所以です。
メモ1 反射発作とは何か? (Riney K et al (2022)) 反射発作とは感覚、感覚運動、認知操作などの特異な刺激によって、常に、あるいは、ほぼ常に引き起こされる発作のことを言う。刺激は“要素性”(すなわち、光、固視の排除、触覚刺激)のことも“複雑性”(すなわち、はみがき、接触)のことも認識性(すなわち、読書、計算、思考、音楽鑑賞)のこともある。そうした刺激は、てんかん性異常(脳波上の光突発反応のような)を誘発したり、発作を引き起こしたりすることがあるものの、常に引き起こすとはいえないさまざまな要因に比べると、発作を引き起こす確率が高い。 |
ところが、この疑問に答えをだしてくれそうなてんかんがあります。
反射てんかんです。
(反射てんかんは、従来、刺激感受性てんかん、誘発てんかん、感覚誘発てんかんなど、さまざまな名前で呼ばれてきました。しかし、てんかん国際分類は反射てんかんという呼称を推奨しているので、以下、これに従います。また、以前は、「何の誘因もなく、てんかん発作が繰り返し起きる病態」というのがてんかんの定義になっていました。しかし、最近は
(1)24時間以上の間隔で2回以上の非誘発性(または反射性)発作が生じる、
(2)1回の非誘発性(または反射性)発作が生じ、その後10年間にわたる発作再発率が2回の非誘発性発作後の一般的な再発リスク(60%以上)と同程度である、
(3)てんかん症候群と診断されている、
という3つの条件のうち1つを満たせばてんかんと定義しています(2014年の国際てんかん連盟によるてんかんの実用的臨床定義)。つまり、昔は、反射てんかんは、定義上、てんかんとは呼べなかったのですが、新しい定義によって、晴れて、てんかんと呼んでもいいことになりました。ただし、反射てんかんのある患者さんの多くは、反射てんかん発作以外に、何の誘因もない自発発作もあるので、以前の定義でも「てんかんがある」といえることはいえましたが)
反射てんかんは、ある特定の刺激によって、発作が誘発されるてんかんです。つまり、「なぜ、今なのか?」がわかるかもしれないてんかんなのです。
反射てんかんにおいて、てんかん発作を誘発する因子としては視覚、聴覚、触覚、驚愕、運動などさまざまなものがあります。さらに、計算、読書などの複雑な思考過程がきっかけとなることもあります。また、食べたり、音楽を聴いたりすることも発作を誘発することがあります。
表2 Panayiotopoulos (2012)による反射てんかんの分類 (一部、改変) |
1.単純体性感覚刺激 a) 外部体性感覚刺激 a.i. タッピングてんかんと体性感覚誘発性棘波を伴う良性小児てんかん a.ii. 感覚(触覚)誘発性特発性乳児ミオクロニー発作 a.iii. 歯磨きてんかん b) 複雑型外部体性感覚刺激 b.i. 熱湯てんかん c) 単純固有感覚刺激 c.i. 運動誘発性発作 c.ii. 閉眼/眼球運動誘発性発作 c.iii.排尿誘発性発作 d) 複雑固有感覚刺激 d.i. 摂食てんかん |
2.視覚刺激 a) 単純視覚刺激 a.i. 光感受性てんかん(自己誘発性光感受性てんかんを含む) a.ii. 模様感受性てんかん(自己誘発性模様感受性てんかんを含む) a.iii. 脱固視感受性てんかん a.iV. 暗視性てんかん b) 複雑視覚刺激と言語処理(言語誘発性発作) b.i. 読書てんかん b.ii. 書字てんかん |
3.聴覚,平衡感覚、嗅覚、味覚刺激 a) 純音、または、言葉によって誘発される発作 b) 聴原性発作 c) 音楽誘発発作(そして、歌唱てんかん) d) 電話誘発発作 e) 嗅覚てんかん f) 味覚によって誘発される摂食てんかん g) 平衡感覚、聴覚刺激によって誘発される発作 |
4.高次脳機能によって誘発される発作(認識、感情、意思決定作業、その他の複雑な刺激 a) 思考(精神因性)てんかん b) 行為誘発てんかん c) 感情てんかん d) 驚愕てんかん |
表2をご覧になると、ずいぶんいろいろな刺激によっててんかん発作が誘発されることがおわかりかと思います。このうち何といっても圧倒的に多いのが視覚刺激によって誘発される発作で、「ポケモン」発作はその視覚誘発発作、すなわち、光感受性発作の典型例です。
しかし、まずは、光感受性てんかん以外の反射てんかんをいくつかみていくことにしましょう。
熱湯てんかん(入浴てんかん、浸水てんかん)
まず、熱です。
熱によって引き起こされる反射てんかんとしては、熱湯てんかんが有名です。入浴てんかん、浸水てんかんimmersion epilepsy とも呼ばれます。
熱い湯に触れると発作が起きるてんかんで、熱湯とてんかん、という奇妙な取り合わせから専門家の間では有名なてんかんです。しかし、一部の国を除いて、きわめてまれな疾患です。一応、日本も含め、世界中から報告がなされてはいますが、報告例のほとんどはインド、とくに、南インドに集中しています。南インドでは全てんかんの4%が熱湯てんかんといわれており、インド南部にあるカルナータカ州の州都バンガロールでの有病率は10万人あたり60人、同州のイエランドゥーでは255人といわれています。10万人に255人というと、日本ではナルコレブシーの有病率とほぼ同じです。
発作を起こすお湯の温度は40度から50度が多いとされています。しかし、もう少し低い温度でも発作が誘発されることがあるようです。
単に身体がお湯につかっただけでは、どうということはありません。ところが、頭からお湯をかけると発作が起きてしまうのです。南インドでは、入浴の際、バケツにためた湯をコップのようなものですくって何度も頭にかける風習があるようですが、この慣習的入浴動作が発作を引き起こします。インド以外の国からの熱湯てんかんでは「頭からシャワーを浴びたとき発作が誘発された」というような報告がなされています。
11歳男性 生下時異常なく、発達正常。父方祖父母がインド出身。10歳の時、入浴時、「おかしな音が聞こえる」と訴えて、目つきがうつろになり、動作を止める数十秒から数分のエピソードがみられるようになった。他院でてんかんと診断され、バルプロ酸の服用を開始したが、発作が改善しないので、紹介されてきた。発作は入浴時に起きていた。とくに、頭からお湯をかぶると、発作が誘発された。血液検査、脳波、MRIには異常が認められなかった。頭にお湯がかかると発作が起きることは、本人も自覚していた。しかし、頭からお湯をかぶる習慣をやめようとはしなかった。湯温を下げたところ、発作がみられなくなった。 |
発作は、部分発作が主体です。めまい、幻視、幻聴などの前兆に続いて、目がうつろとなって意識が遠のいていく、というのが典型的な発作症状です。身振り自動症がみられることもあるようですし、ときとして、全身けいれんに移行することもあります。発作間欠期脳波は正常のことが多く、異常がみられるとしたら、全般性異常です。しかし、発作時脳波では脳の一部、とくに、側頭葉にはじまる律動波がみられることが報告されています。つまり、側頭葉から始まる部分発作です。
熱湯てんかんの多くは小児期に発症しますが、成人してからの発症もときにみられます。光感受性発作とは逆で、男性に多くみられ、知的障害や運動障害を合併していることは、まず、ありません。しかし、発作が起きるとわかっているのに、まるで、魅入られたように頭から熱湯をかぶる患者さんがいます。いわゆる、自己誘発です。
なぜ、熱湯を頭からかぶると発作が起こるのか、その正確な機序は、他の反射てんかん同様、わかっていません。
熱湯が頭にかかると発作が起きるのですから、脳の温度上昇が発作誘発の鍵であることは、とりあえず、予測がつきます。しかし、それだけでは、説明がつきません。熱いタオルを頭にかぶせたり、サウナに入ったり、ドライアーで頭に熱風を吹きかけても、そう易々とは発作は誘発されないからです。温度だけではなく、お湯が頭に触れることも、どうやら、発作誘発の必須条件のようです。
発作時脳波では側頭葉から発作発射が始まることが多いので、当然、側頭葉の関与が疑われます。しかし、頭部MRIなどの画像では側頭葉に限局する病変はみられません。
当然のことながら、体温調節に関与する視床下部が何らかの形で関与しているのではないかとも疑われています。実際、一部の症例で、発作時、側頭葉と視床下部で血流が増加することがSPECTという脳機能画像検査でわかっています。また、熱湯てんかんの患者さんは、自律神経が不安定なことが多く、この点からも、視床下部の機能異常が疑われています。しかし、熱湯が頭に注がれたことが、具体的に、どのようにして側頭葉や視床下部を興奮させるのか、まだ、わかっていません。今のところ、はっきりしているのは、熱湯も含め複数の刺激が発作誘発に関与しているらしい、ということだけです。
一部の地域に多発することから遺伝的関与が疑われています。実際、南インドでは熱湯てんかんの患者さんの家族の1-2割に同じてんかんをもつ人がみられます。遺伝形式としては不完全浸透性(遺伝子異常があっても表現型としての臨床症状が出現しないこともある遺伝形式)の常染色体優生遺伝だろうと推測されています。熱湯てんかんが多発している南インドの家系の分析では、4番と10番の染色体長腕上に原因遺伝子があるのではないかと推定がなされています。この2つの染色体上には細胞への電解質の出入りに関与する遺伝子座があり、もしこの部位に異常があれば神経細胞の興奮性に問題が出てくるのも不思議ではありませんし、熱湯てんかんの候補遺伝子が存在する場所として納得できます。しかし、まだ、責任遺伝子は特定されていません。このため、遺伝子の方面からも、なぜ頭にお湯をかぶると発作が起きるのか、その機序の解明はできていません。
このてんかんの対処法としては、まず、入浴するときのお湯をぬるめにします。しかし、それだけでは阻止できないこともあります。その場合、熱性けいれんと同じように、頓服療法を行います。どうしてもお湯を頭からかぶりたいときだけ(止められない人が結構いるみたいです)抗てんかん薬のクロバザムを服用するのです。そうすると、うまく予防できるようです。ただし、一部の患者さんでは、入浴とは無関係の自発発作がみられます。これを防止するためには、カルバマゼピンのような抗てんかん薬を継続的に飲む必要があります。
ところで、熱で誘発されるてんかん発作というと、熱性けいれんを思い浮かべられるかもしれません。しかし、熱性けいれんは、通常、反射てんかんとは考えられていません。熱性けいれんでは、熱という誘発刺激が、身体の外からではなく、身体の内から発生します。ウイルス感染、それに対する防御反応など発熱を誘発するさまざまな現象が熱性けいれんのお子さんの身体の中では起こっています。熱そのものではなく、炎症反応としてのサイトカインの放出といった熱の原因がてんかん発作を引き起こしている可能性もあります。しかも、熱性けいれんでは、熱がでれば反射的にすぐに発作が誘発されるわけでもありません。発熱から数時間後に発作が起きることもまれではありません。こうしたことから、熱性けいれんは熱刺激によって「反射的」にてんかん発作が誘発されたとは言いがたいのです。
最初に申しましたように、熱湯てんかんは入浴てんかんとも呼ばれます。しかし、日本で入浴時のてんかん発作といえば、乳児重症ミオクロニーてんかん(ドラベ症候群)の方が有名です。数として、ドラベ症候群の方が熱湯てんかんよりも日本では圧倒的に多いからです。とくに乳児期、ドラベ症候群の患者さんは入浴時によくてんかん発作が起きます。どうやら、ドラベ症候群の場合、熱そのものが誘発因子になっているようです(視覚刺激が発作を誘発することもあります(図5参照))。入浴時のみならず、軽い発熱でもてんかん発作が起きるのです。初発発作も発熱をともなっていることが多く、最初は熱性けいれんと間違われることが少なくありません。しかし、熱湯てんかん同様、なぜ、乳児重症ミオクロニーてんかんの発作が熱で引き起こされるのか、その機序はまだ解明されていません。
本を読むと発作が起きるてんかんです。
本を読んでいると、口の周りが変な感じがしてきて、ついで、口元がピクツキはじめます。それを無視して読み続けると、意識を失い、全身けいれん(強直間代発作)へとすすんでしまうこともあります。
24歳男性 右利き 高校生の頃から、本を黙読すると口の周りがピクつくようになった。このピクツキに合わせて,脳波上、前頭部優位の棘徐波が出現した。脳磁図、機能性MRIは、優位半球(右利きなので、左半球)の前運動野(ブロードマン6野:運動制御にかかわっていると考えられてきたが、最近は、運動をともなわないさまざまな認知的操作の制御もおこなっていることがわかってきている)と前梨状皮質(臭いに関係する内側側頭葉皮質で情動、記憶に関連する辺縁系の一部。けいれん閾値が低い)がネットワークを形成して発作発現に関与していることを示していた。 |
本を読み始める4~5歳あたりが発症年齢と思いきや、じつは、思春期から若年成人期にかけての発症がほとんどです。
家族もてんかんに罹患していることが多く(てんかんの家族歴は4割前後)、しかも、その家族にみられるてんかんも、半数は読書てんかんです。はっきりした読書てんかんの症状がみられなくても、本を読んでいるときに脳波をとると棘徐波などの異常てんかん放電が誘発される家族もいます。読書てんかんがかなり濃厚な遺伝的負荷を背景として発症することがわかります。
遺伝性、体質性のてんかんによくみられるように、知的障害や運動障害などの神経学的異常は原則としてみられず、発作を除けば、健康な人たちがほとんどです。抗てんかん薬に対する反応もいいのですが、自然緩解はまれで、結構長い期間薬を飲む必要があります。最近、国際抗てんかん連盟はこの読書てんかんをてんかん症候群に含めています (Riney K et al (2022))。きちんと病歴をとらないと心因性非てんかん性発作、チック、吃音と誤診される恐れがあるので、このてんかんの存在をアピールする狙いがあるのかもしれません。
食べることが発作の引き金になるてんかんです。
側頭葉内側、あるいは、シルビウス裂周囲に何らかの異常がある人にみられます。側頭葉やシルビウス裂周囲の病変の原因となる疾患は頭部外傷や梗塞などです。側頭葉内側には味や匂いなど食事に関連した感覚情報が集まってきますし、シルビウス裂は唇や舌など食事に関連する器官の運動や感覚を制御する皮質で囲まれています。このため、側頭葉内側やシルビウス裂周囲の神経網が乱れると、食事の時に発作が起きてしまうのだろうと推測されています。
誘発される発作は、ミオクロニー発作などの全般発作はほとんどなく、たいていは、部分発作です。
食べることが発作の引き金になるといっても、食べ始めるとすぐ発作が起きるとは限りません。食べ始めてしばらくしてから発作が起こることもしばしばあります。その一方で、食べることを想像しただけ、食べ物の臭いをかいだだけで発作が起きる人もいます。さらに、食べるということとはまったく無関係に同じような発作が起きることもあります。このため、食べるということが発作を誘発していることに気づかれていない例も結構いるだろうといわれています。
食べている間にわたしたちはさまざまな感覚を受け取ります。食べ物の香りをかぐ、味わうといった嗅覚、味覚はいうまでもありません。さらに、唇や口腔粘膜が食べ物を感じとる、咬筋が引き延ばされたことを感知する、食道や胃が拡張したことをキャッチするといったことも感覚入力として脳は受けとります。
このうちのどの感覚がてんかん発作を誘発しているのか、よく分かっていません。
発作を起こすときの摂食状況も患者さんによっていろいろです。
発作を起こしやすい食べ物、食べ方は患者さんごとに違います。コーヒー、果物、コーンフレークなど発作を起こしやすい食べ物がはっきりしている人もいれば、特定できない人もいます。食べはじめてすぐに発作が起きる人もいれば、かなりたってから発作が起きる人もいます。
こうしたことは、同じ食べるということが発作の引き金となっていても、発作誘発機構は必ずしも一緒ではないことを暗示しています。
反射てんかん治療の鉄則は、誘発刺激を特定し、取り除くことです。しかし、食べることを止めるわけにはいきません。このため、発作を止めようとしても、困ってしまいます。食べることと、発作を止めることと、いったいどちらを優先すべきか、ジレンマに陥ってしまうのです。しかし、すこし食べ方を変えてみることで、発作を避けられる場合もあります。がぶ飲みするのではなくストローを使う、冷たいものを避けるためにアイスクリームは断念する、といった具合です。いつもというわけにはいきませんが、こうした工夫で上手くいくことがときにあります。
薬としては、光過敏てんかんに使われるバルプロ酸よりも、通常の部分発作に使われるカルバマゼピンやクロバザムの方がよく効くようです。
しかし、なかなか発作がコントロールできない方もいます。脳に何らかのてんかんを起こす病変をもっている方が多いので、最終的に外科治療を考えざるをえないこともあります。
20歳男性 出生時の異常はなく、発達も正常で、学業にも問題はみられない。しかし、10歳頃から,昼食の時など、食べ始めから数分後に気持ちが悪くなって、ドキドキしはじめ、その後、意識を失い,時として、全身けいれんにまで発展する発作が月に数回みられるようになった。さまざまな抗てんかん薬を服用したものの発作を十分にコントロールすることができず、発症から4年後には毎日発作がみられるようになった。MRIで左内側側頭葉の異常を認め、20歳の時、左扁桃海馬切除術が行われた。発作は年に2ー3回散発する程度にまで減少、発作が食事で誘発されることもなくなった。 |
ところで、摂食てんかんを考える時、注意すべき疾患が、ひとつ、あります。
サンディファー症候群です。

20歳男性 乳児期頭蓋内出血後遺症 サンディファー症候群 上部消化管撮影 乳児期、頭蓋内出血により精神運動発達の遅れが残存した。離乳を始めた頃から、一口食べるたびに、突発的に、ねじるように頭を後屈させ、発声する数秒の激しい運動がみられるようになった。19歳のとき、誤嚥性肺炎に罹患し嚥下造影が行なわれたが、症状からサンディファー症候群を疑われ、食道-胃移行部造影が行われ、胃から食道へ食べ物が頻回に逆流することが確認された。矢印の黒い帯状のものが造影剤を示しており、一旦胃の中に納まった造影剤が横隔膜を超えて食道に戻ってきて(左図)食道の半ばまで逆流していた(右図)。胃食道逆流矯正術により、食事中のこの異常運動は軽減した。 |
この症候群の患者さん(多くは乳児)は、食べ物を口に入れるたびに急激に頭を後ろにそらしたり、頭を回旋させたりします。横隔膜にも異常な運動が発生するためか、奇声を発することもあります。患者さんはこの奇妙な激しい動きを自分で止めることはできません。このため、食事に関連したてんかん発作ではないかと疑われることがあります。
しかし、この異常運動中、意識は保たれており、脳波上もてんかん発作を疑わせるような律動波はみられません。
この症候群の患者さんは例外なく胃食道逆流症を合併しています。
食べ物は、口から入って咽頭を通過し、食道を通って胃に流れ込みます。通常、この流れは、一方向です。赤ちゃんは別として、胃から口に向かって、食べ物が逆流することはありません。ところが、時として、一旦、胃にたどり着いた食べ物が、かなりの量、食道に戻ってしまうことがあります。これを胃食道逆流といいます。サンディファー症候群の患者さんはこの胃食道逆流症を合併しており、それが、摂食時の突発的な奇妙な運動の原因と考えられています。しかし、その異常運動は脳内の異常電流によって起こっているわけではなく、したがって、てんかん発作ではありません。不随意運動の一種と考えられます。ですから抗てんかん薬は全く効きません。しかし、胃から食道への逆流をくい止める修復手術を施すと、この異常運動はみられなくなります。胃食道逆流で、なぜ、この異常運動が起きるのか、よくわかっていません。胃食道逆流があると、胃から逆流した胃酸が食道に流れ込み、食道粘膜が焼きただれ、胸焼けをきたします。頭の激しい運動はこの胃酸の逆流を和らげるのではないかとも推定されています。しかし、きちんとした証明はなされていません。
このように、反射てんかんには本当にいろんなものがあります。そして、その中でも少し触れましたが、そうした発作誘発刺激に自らを曝し、てんかん発作を起こそうとする例もまれにみられます(図5、6)。
本来、突然襲ってきて生活を分断してしまうてんかん発作は患者さんにとってつらいもののはずです。実際、多くの患者さんは、発作の再発を恐れています。
しかし、まれに、わざわざ自ら発作を起こそうとする患者さんがいるのです。それも、何かに取り憑かれたように、何度も何度も繰り返し発作を起こそうとします。まるで、てんかん発作が快感でももたらしているかのようにみえます。
これをてんかん発作の自己誘発と呼んでいます。
発作型としては、ボーッとする非定型欠神発作がもっとも多く、次いで、眼瞼、顔面などにみられるミオクロニー発作です。しかし、なかには四肢の激しいミオクロニー発作が起きて、倒れてしまうこともあります。さらに、強直間代発作にまで進展することもあります。部分発作は、まったくないわけではありませんが、まれとされています。
ほとんどが光感受性てんかんの患者さんでみられます。
たとえば、太陽などの強い光をじっと見つめます。すると、ボーッとしたり、ビクッとしたりする発作が起きるのです。これが典型的な自己誘発発作です。普通、光感受性発作がある患者さんは、発作が起こらないように、太陽や強い光を避けるようアドバイスされています。ところが自己誘発発作の患者さんは、逆に、光を追い求め、発作を起こすのです。まるで、太陽を求めるひまわりのような行動で、向日性現象(heliotropism helio=日光)とも呼ばれます。
さらに、明るい光に向かって片手を差し伸べ、五本の指を顔の前に大きく広げ、左右に何度も振って発作を誘発することもあります。手指で点滅効果を創り出しているのだろうと考えられます。あとで述べますが、点滅刺激は単に光を浴びるだけよりも発作誘発性が高く、患者さんは、そのことを経験から学びとって、発作を誘発するらしいのです。患者さんはこの奇妙な動作をしつこく、何度でも繰り返します。このため、知的障害のある子によくみられる常同運動にもみえます。しかし、よくよくみると、この奇妙な動作の最中に、数秒間、この奇妙な動作を中止します。そして、目がうつろになって、ボーッとしたり、身体がガクッと崩れ落ちたりします。非定型欠神発作です。

図5 2歳女児 乳児重症ミオクロニーてんかん(ドラベ症候群)生後14か月の時から、テレビに近づいていって目をパチパチさせたあと、両腕をビクッと屈曲させたり、頭をガクッと前屈させたりするエピソードが見られるようになった。ビデオ脳波同時記録では、テレビ画面の前で数秒、目をパチパチさせた後(1-2、Blink)、両腕を一瞬ピクッと挙上する運動がみられ(2、My)、さらに、5秒近く目をパチパチさせ(1-3、Blink)、両腕を屈曲挙上させると同時に頭を前屈させた(3、My+head drop)。両腕の挙上、頭部前屈時には棘徐波がみられるが(2,3)、目をパチパチさせるときには、瞬目に伴う眼球上下運動によるアーチファクトだけが脳波上認められるだけであった。これによって、目をパチパチさせる動作はてんかん発作ではなく、発作自己誘発運動であることが分かる (Watanabe K et al (1985) Self-induced photogenic epilepsy in infants. Arch Neurol 42:406-7) |
眩しい光を見つめながら、瞬きを繰り返すこともあります。急速に開閉眼を繰り返すことによって、やはり、点滅刺激を作りだしているのだと考えられます。目をパチパチさせる動作自体が発作ではないかと疑われることもありますが、瞬きを繰り返しているとき脳波上てんかん発作を示唆する律動波はみられません。このことから、瞬きは発作ではなく、発作誘発動作であることが分かります (図5)。
先程述べた、指を広げて左右に振る動作で発作を誘発していた患者さんが、この動作を禁じられて、目をパチパチさせる誘発動作で発作を起こすようになることもあります。つまり、手を広げて左右に振る代用として、瞬きして点滅刺激を作りだしているのです。
自己誘発発作は、まれに、視覚刺激以外でも起こることがあります。発作と同じような動きで発作が起きることに気づいて、それ以降、それを繰り返して発作を起こす患者さんもいれば、ある種の心理的操作で発作を起こす人もいます。こうした自己誘発発作は疑わない限り気づかれないので、難治発作の患者さんの場合、診療上、一応、可能性を考慮する必要があります。しかし、本人は隠したがっていますから、診断をつけるのは大変です。
40歳女性 出生時脳障害によって右前頭葉から始まる向反発作がある。発作は頭と目がゆっくりと左の方を向いていくことで始まり、その後、全般性強直間代発作に移行する。思春期に入ると、発作が始まるときと同じように、左の方にゆっくりと手を動かし、目の左端の方をみると、発作を起こすことができることに彼女は気づいた。この時、激しく口をかみしめると、さらに発作は起こりやすかった。これに気づいてからこの女性は、気に障ることを母親に言われるたびに発作を自己誘発するようになった。 22歳男性 かなり強力なてんかんの家族歴があるが、器質性脳障害はない。9歳の時、強直間代発作を起こした。なんの前触れもなく意識を失い、焦点性の発作症状はみられなかった。その後、この患者は、ベッドに横たわり、数分、わざと心を空っぽにすると、発作が起きることに気づいた。全身けいれんが起こり、発作後、頭がこんがらがって周りのことがよく分からない状態で意識を取り戻すのであるが、そうした感覚を彼は楽しんでいた。週末、退屈でうんざりしているとき、かれはたびたびこの方法で発作を起こした。 |
なぜ、わざわざ発作を自己誘発しようとするのか、よく分かっていません。自己誘発発作は知的障害のある患者さんにみられることが多く、そういう方たちは聞いても理由をしゃべってくれません。一部、知的障害のない患者さんもみえますが、この人たちも発作を誘発することに罪悪感を覚えているようで、やはり、なぜ発作を起こそうとするのかなかなか話してくれません。そうしたなか、ようやく得られたきわめて少数の証言から分かるのは、「発作が快感をもたらす」らしいということです。しかも、その快感は性的快感に類縁しているようで、それを証拠立てる患者さんの例が報告されています。自己誘発時に性器が勃起していた例が報告されているのです。しかし、いろいろな嫌なこと、困難なことから逃避し、気を紛らわせるためにやっているのではないかと思われる患者さんも少なくありません。
いずれしても、こうした自己誘発動作を止めさせるのは至難の業です。このため、難治性てんかんの経過をとることが少なくありません。
光感受性てんかん photosensitive epilepsy
さて、話をポケモンてんかんに戻して、光感受性てんかんです。
いろいろな反射てんかんをご紹介してきましたが、前にも言いましたように、反射てんかんのほとんどは視覚刺激によって誘発される光感受性てんかんです。
光感受性てんかんといっても、光刺激なら何でもてんかん発作を起こすというわけではありません。発作を誘発しやすい光があります。フラッシュ(閃光)、眩しい陽の光、暗闇に突然あらわれる車のヘッドライトなどが発作を引き起こす代表的な光刺激です。つまり、突然襲ってくる、強烈な光です。
しかし、ディスコやライブコンサートの点滅照明、雪や湖水のきらめき、チラつく街灯、陽の光が降り注ぐ並木道のドライブなどによって光誘発発作が起きる可能性はさらに高まります。これらに共通するのは、刺激の繰り返しです。刺激が繰り返されると、さらに発作が起きやすくなるのです。時間的な繰り返しだけではありません。ブラインド、自動車のグリル、エアコンの送風口、換気口、トタン屋根などの空間上の繰り返しも発作を誘発します(図6)。テレビ、コンピューターゲームなどにはこの時間的周期性と空間的周期性が混在した視覚情報が至る所で映し出されます。このため、発作が誘発される危険が高まります。光誘発発作の7割がテレビ画像関連という報告がなされていますが、それはこのためだろうと考えられます。
(閃光刺激による発作では急激で過大な視覚情報を処理しきれず発作が起きると考えられますが、逆に、急激に視覚情報が遮断された場合にも、発作が起こりえます。たとえば、きちんとものをみることをしなくなって、ものが網膜上に焦点を結ばなくなったときでも発作が起こることがあります。みているものが急にぼやけてしまったときに起きる発作で、脱固視性発作と呼ばれています。ただし、その存在についてはいろいろ議論もあるので、ここでは、説明を省きます)
このように、時間的周期性、空間的周期性のある視覚刺激が発作を誘発しやすいのですが、その周期性の性質も問題となります。閃光刺激の繰り返し頻度、格子縞の幅、数、変化などがてんかん発作の起こりやすさにかかわってくるのです。さらに、閃光刺激の場合、閃光の明るさ、色、広がり(視野に占める割合)も発作を起こすかどうかの決定要因になります。
ただし、ここで、一つ、お断りしておく必要があります。
以下に、視覚誘発性発作に影響を及ぼすさまざまな要因についてお話しますが、そこでお示しするデータは、実際の発作の起こりやすさそのものから導き出された結果ではありません。さまざまなパラメーターごとに実際に発作が起こるかどうか判定できればいいのですが、もちろん、そんな「実験」はできません。判定しようとすれば、患者さんに何度も繰り返し発作を起こしてもらう必要がありますから。
しかし、光感受性てんかんの場合、発作に代わる絶好の指標があります。
それが、前にお示しした、脳波上の光突発反応です(図4、8、13)。点滅閃光刺激によって脳波上に誘発される全般性棘徐波です。この波がでている時に実際にてんかん発作が起こっているわけではありません (特殊な評価をすると、全般性棘徐波が出現している間、わずかな機能異常をみつけることができるという報告もありますが、通常の観察では「症状」はみられませんし、本人も自覚していません)。しかし、光感受性発作の起こりやすさを示す格好のバロメーターです。なぜなら、光突発波は光感受性発作を起こす患者さんほど現れやすい異常脳波だからです。そして、薬などで光感受性発作を起こさなくなると、光突発波も出現しなくなります。また、光感受性は遺伝要因が関与していると考えられていますが、実際、光感受性発作の患者さんの兄弟姉妹では、それまで光感受性発作を起こしたことがないのにもかかわらず、しばしば、光突発反応がみられます。
このように、いろいろな側面からみて、光突発波は光感受性を指し示すまたとない指標です。そこで、光突発反応のみられる患者さんにおいて、光の輝度、点滅刺激の周波数、格子縞の幅、方向、図形の形などさまざまなパラメーターで刺激を行い、光突発反応の出現の有無によって、各々のパラメーターと光感受性との関連を類推し、何が危険なのかを判定するのです。
まず、明るさ、すなわち、輝度です。
閃光刺激によって目に到達する輝度が20カンデラ毎平方メートル以上変化すると危険とされています。カンデラはキャンドル、すなわち、ろうそくに由来し、1カンデラは直径2cmのろうそく一本の明るさに相当します。ですから、大まかにいうと、直径2cmのろうそく20本以上の明るさの変化が危ない、ということになります。
20カンデラ毎平方メートルを越えると、明るさが増せばますほど、発作誘発性が高まります。しかし、明るさをどんどん強くしていけば無限に発作誘発性が高まるというわけではありません。ある一定の明るさに達すると発作の起こりやすさは飽和状態に達します。
では、ろうそく20本以下の明るさの変化なら安全かというと、じつは、必ずしもそうともいえません。激しい輝度の変化がなくても、色の変化をともなうと、発作を誘発する可能性があるからです。とくに、問題となるのが、赤です。そして、このことはポケモン事件の謎に深くかかわってきますので、あとで詳しく述べることにします。
16歳女性 若年性ミオクロニーてんかん 出生時の異常はなく、精神運動発達も正常であった。 10歳の時、食事中にピクッとして箸を落とすことに気づかれた。こうしたピクツキは、テレビを見ているときにもみられるようになった。しかし、ピクッとした後、何事もなかったように平気な顔をしているので、放置された。12歳夏、早朝、家族と海水浴に出かけた。松並木のつづく海岸に車がさしかかったとき、全身のピクツキを繰り返すようになった。そして、それに引き続いて意識を喪失、叫び声を上げ、四肢を硬直、その後、身体全体をガクガク震わせた。一分ぐらいで発作はおさまったが、尿を失禁しており、意識が戻らず、近くの総合病院の救急外来を受診した。点滅閃光刺激によって脳波に全般性棘徐波が誘発されることが判明、バルプロ酸が投与された。全身けいれんは、その後、みられなかった。しかし、バルプロ酸の胎児への影響を知って、バルプロ酸を自己中止した。その後、ピクッとする発作がときどきみられた。また、魅入られたようにブラインドを見つめ、身体をピクつかせることもあった。 16歳の時、夕食後、家族に告げず家を出て行った。その夜、近くの4階建てのマンションから身を投げ、発見されたときには死亡していた。家族には自殺の原因が思い当たらなかった(近年、若年性ミオクロニーてんかんには不安障害や気分障害の頻度が高いことが分かってきている) |
背景も重要です。暗い背景において高輝度の光を当てるほうが、明るい背景の中で光を当てるよりも発作を誘発しやすいことが知られています。コントラストが重要なのです。

図5 光突発反応の点滅周波数別出現率 光突発反応の出現率は点滅閃光刺激周波数が3Hzを超えるころから急激に高まっていき、13~22ヘルツ(Hz)では出現率が8割を越える。その後徐々に出現率は下がるが、50 Hzで5割、60 Hzでも3割を保っている。60 Hz以降、ようやく、出現率が急激に低下する(Harding GFA and Harding PH(1999)改変)。 |
閃光刺激の繰り返し頻度、点滅周波数も光感受性に大きくかかわります。点滅周波数が3ヘルツを超えると光感受性発作が起きる可能性が急激に高まるだろうと予測されています。光感受性のある患者さんでは、点滅刺激が3ヘルツを越えると光突発波が誘導される確率が急に高くなるからです(図5)。10ヘルツで光感受性発作のある患者さんの光突発波出現率が5割を超え、13~22ヘルツでは80%以上になります。脳波を判読していて、そろそろ光突発波がでてくるんじゃないかと思うのがこのあたり、8~20ヘルツです。その後、出現率は下がっていきます。しかし、かなり高い周波数になってもまだ光突発波は誘発され、50ヘルツでも50%の出現頻度です。60ヘルツになるとかなり出現率が低下しますが、それでも15%です。人間がチラつきを感じられる最大の周波数が50-60ヘルツあたりとされていますから、チラつきを感じている間はどれだけ周波数が高くても危ないということになります (テレビのほとんどがブラウン管によるアナログ受像器の時代、この50ヘルツと60ヘルツでの出現率の差は重要でした。テレビは一秒間に何回も画像が変えることによって動画像を作りだしていますが、画像の変換頻度がアメリカ、日本では60ヘルツ(NTSC方式)、ヨーロッパでは50ヘルツ(PAL方式)でした。光誘発性は60ヘルツより50ヘルツの方が高いですから、ヨーロッパのPAL方式の方が光誘発発作の危険性が高いことになります。イギリスなどヨーロッパでテレビてんかんなどの光感受性てんかんにかんする研究が熱心に行われたのは、テレビ放送方式の違いによってヨーロッパではテレビてんかんの発症率が高かったことが理由のひとつだったのかもしれません)。
もしそうなら、チラつく蛍光灯(50ー60ヘルツ)も危ないような気もしますが、蛍光灯で発作を起こしたという報告はいまのところないようです。蛍光灯ではチラつきの輝度差がたいしたことないためだろうと考えられています。しかし、それでも、蛍光灯のチラつきが目に良くないことは確かです。電気代もかかるので、蛍光灯がチラつくようでしたらLED照明に変えた方がよいでしょう。
次に図形です。
光感受性のある(脳波上で光突発反応がみられる)患者の約3割で、図形感受性があると推定されています。これには発作を誘発しやすい図形と誘発しにくい図形があります。平行線や格子縞模様は危険とされ、水玉模様や波線などの曲線は比較的安全と考えられています。ただし、平行線や格子縞模様が発作を誘発するには特定の条件があります。線と線の間が4~40分の視角の場合(60分が1度であり、1度の視角内に2~15本の線または格子が存在する場合)が最も発作が誘発されやすいとされています。また、一定以上の密度で線や格子が集まっている必要があり、テレビ画面では8対以上の格子があると発作誘発性が高まります。

図6 7歳4ヶ月女児 自閉性スペクトラム障害 ドロおとし、車のフロントグリル、エアコン送風口、ドアの通風口、窓のブラインドといった縞模様を見つけると、近寄っていってじっと見つめ、ボーッとして動作か数秒止まる発作がみられるようになった(左図)。脳波検査時(右図)、脳波室の天井の換気口をじっと見て(矢印)2秒ほどしてボーッとなり、それに伴い、2秒半ほど不規則全般性棘徐波(2重矢印)が脳波上みられた。 |
発作を誘発するには、図形を一定時間以上凝視することが必要です。刺激呈示時間が0.5秒以下であれば、発作が誘発されることはほとんどありません。また、刺激面積も重要な要素です。格子模様がテレビ画面全体の35%以下を占める場合、発作が誘発される可能性は非常に低いとされています。ただし、テレビ画面が視野に占める割合は、画面に近づくほど大きくなります。同じ大きさの格子模様でも視野に占める割合が増すことで、発作を引き起こしやすくなるのです。
ブラウン管テレビの時代には、画面に近づくと発作誘発性のある平行線や走査線が肉眼で見えることがありました。「テレビは離れて見ましょう」とポケモン事件後に頻繁に言われたのは、この影響を軽減するためです。一方、テレビゲームでは画面との距離がさらに近づく傾向があり、集中することで距離が縮まりやすくなります。そのため、1990年代以降、テレビゲームによる光感受性てんかんが世界的に問題視されるようになりました。
縦線と横線のいずれが発作を誘発しやすいかについては、明確な結論は得られていません。ただし、縦線のみ、あるいは横線のみで発作が誘発されるケースが存在します。
さらに、図形が震動する場合も発作を誘発しやすくなります。特に格子縞模様が直角方向に振動する場合は危険性が高まります。この際、図形が往復して震動することが発作誘発の必須条件であり、一方向に流れるだけでは発作は起きません。また、振動周波数が15~25Hzの範囲で発作誘発性が最も高いとされています。
最後に、白と黒が反転する格子縞模様や市松模様も発作を誘発する可能性があります。
先ほども述べたように、光感受性発作の7割はテレビ画像に関連しています。テレビ画面はさまざまな点で光感受性発作を誘発しやすく、20世紀後半に光感受性てんかんの研究が盛んになったきっかけも、テレビが一般家庭に浸透して「テレビてんかん」が急増したためでした。そして、歴史上もっとも大規模なテレビてんかん事件が「ポケモン事件」だったのです。
しかし、実は「ポケモン事件」当時、問題となっていたのはテレビ映像ではなく、コンピューターで作成した映像をブラウン管や液晶画面に映し出すテレビゲーム(ビデオゲーム)でした。テレビゲームで遊んでいる最中にてんかん発作を起こす子どもが当時、続発していたのです。
最初に報告されたのが1981年の「スペースインベーダーてんかん」です。スペースインベーダーは1978年に日本で大流行したアーケードゲームですが、その後、その流行は海外にも波及しました(ソフトバンクの孫正義氏は、日本でのブームが去って値崩れしたスペースインベーダーのゲーム筐体を大量に買い集め、アメリカに輸出して大儲けしたようです)。その結果、ゲームに熱中した海外の子どもがてんかん発作を起こし、それが論文として報告されました。当時のブラウン管テレビの粗い画面は発作誘発性のある走査線が視覚に強く影響を与えやすく、これが発作を引き起こしたと考えられています。また、インベーダーが打ち落とされる際に発する閃光も発作を誘発した可能性もあります。
その後、「ギャラクシーてんかん」など、ゲーム名を冠したさまざまなテレビゲームてんかんが次々と報告されました。その中で特にやり玉に挙げられたのが任天堂のファミリーコンピュータ、いわゆるファミコンでした。
1993年、イギリスの14歳の少年がファミコンで遊んでいて死亡するという事件が起きました。この事件は欧米の新聞、雑誌、テレビなどのメディアに大きく取り上げられ、ファミコンへの非難が集中するようになります。当時、日本だけでなく欧米でも、ファミコンは「子どもの生活に悪影響を与える」のではないかという疑念を抱かれていました。ゲームに夢中になり、1日の大半をゲームに費やす子どもが急増していたことから、勉強や睡眠への悪影響も懸念されていました。こうした状況の中で発生した死亡事故により、メディアは「それ見たことか」と煽り立て、「ファミコンでてんかんになる」という噂まで広まりました(もちろん、これ自体は誤りです)。
これに対し、任天堂は巨額の研究資金を拠出し、「ファミコンてんかん」に関する国際的な研究組織を立ち上げました。この研究の結果、ファミコンてんかんの主要な原因は光感受性発作であることが確認されました。さらに、ゲームプレイ時の決断や操作運動に関連する反射てんかん的要素も発作誘発要因として否定できないことも明らかになりました。また、睡眠不足やゲーム中に生じる強い感情の起伏なども無視できない発作誘発要素と指摘されています。
実を言うと、ポケモン事件の夜、渡邉先生が東京のホテルに宿泊されていたのは、翌日に開かれるこの研究組織の会議(日本てんかん協会によるESGS(Electronic Screen Games and Seizures)国内共同研究班)に出席するためでした。驚くべき偶然ですが、ポケモン事件の夜、東京には国内の光感受性てんかんの専門家が日本全国から集まっていたのです。このため、ポケモン事件後すぐにこの専門家集団で厚生省の特別調査班を結成することができました。
未解決の「Why now?」
以上述べてきたように、反射てんかんには、本当に、いろいろな種類があります (光感受性てんかんを除くと、きわめてまれですが)が、では、こうした反射てんかんによって、なぜてんかん発作が始まるのか、それが解明され、てんかん発作を根本から断ち切る道が開けたのかといいますと、残念ながら、そうはなっていません。動物実験も含め多くの研究者が反射てんかんの解明に取り組んできました。しかし、少なくとも「なぜ今ここでてんかん発作が起こるのか」という疑問への明確な答え、そして、治療に結びつく知見は得られていません。反射てんかんで感覚刺激からてんかん発作に至る明確な道筋はいまだ解明されていないのです。ましてや、反射てんかん以外のてんかんで何をきっかけとしててんかん発作が始まるのか、その秘密は霧の中に閉ざされたままです。
清野先生がおっしゃっていた「Why now?」の謎は、残念ながら、いまだ解明されていません。
しかし、頻度が高いこともあって、光感受性てんかん発作については他の反射てんかんとは比べものにならないぐらい多方面から研究が行われ、さまざまなことが明らかになってきています。
まず、光感受性を示すいろいろな動物がいることが分かっています。光感受性ニワトリ、光感受性ヒヒなどが有名です。また、ウサギの視覚野にてんかん発作を誘発するような薬を塗っておいて、点滅閃光刺激を加えると、最初は普通の視覚に反応する電位活動がみられるだけですが、そのうちに、神経細胞が集団で異常な同期活動を示すようになり、刺激ごとに棘波がみられるようになることもわかってきました。そして、ついには、てんかん発作を起こすようになるのです。このことは、あとで述べる光感受性発作の発作型を考える上で示唆的な所見です。
ただ、こうした動物の結果は、残念ながら、まだ、てんかん発症機序解明やてんかんの治療にはうまく結びついていません。光感受性てんかんに対する抗てんかん薬のスクリーニングに使いうる動物モデルさえ、いまだにないのが現状です。
光感受性発作においては、視覚情報を処理する後頭葉の何らかの機能異常が関与しているだろうと推定されていますが、その機能異常が何なのか、はっきりしません。少なくとも、視覚情報処理機能そのものには問題がないと考えられています。光感受性てんかんを有する患者さんに特有な視覚異常というものはないからです。
それでは、何が問題なのでしょう?
一つ、言われていわれているのが、抑制機能の不備です。
視覚情報を処理する後頭葉視覚領の神経細胞、錐体細胞は視覚情報によって興奮しますが、その興奮の最中に、同時に脳は抑制信号を発しています。この抑制はγ-アミノ酪酸(GABA)という抑制性神経伝達物質を介して行われます。しかし、光感受性発作を起こす人はこの抑制機能がうまく働かないようです。このことは、後で述べますが、ポケモン事件を考えるうえでも重要なポイントです。ちなみに、バルプロ酸(デパケン、セレニカR)はGABAの働きを助ける役目を果たす薬で、光感受性てんかんによく効く薬です。
「テレビはあなたの健康によくないかもしれない」~ハーディング論文
さて、ポケモン事件です。
この事件のときの映像は、一瞬のうちに何百名という人間の脳の神経細胞群を発火させ、てんかん発作を起こさせました。
なぜ、この映像がそれほどまでに強烈な発作誘発性を有していたのでしょうか。
これについては、特別研究班も含め日本においてさまざまな検討がなされました。しかし、残念ながら、これについて納得のいく説明をいち早く英文学術誌で発表したのは、海外の研究者でした。
事件の翌年の3月、つまり、事件のわずか3か月後、世界最高峰の生物・医学系雑誌の一つ「ネイチャー・メディシン」に「テレビはあなたの健康によくないかもしれない」という表題の解説論文が掲載されました。
著者は、グラハム・ハーディングです。
イギリスのバーミンガムで300名近くの光感受性てんかん患者を長年診てきた人で、英国を代表する光感受性てんかんの権威です。その膨大な記録をまとめた書物「光感受性てんかん」は世界的に有名で、この分野の基本的文献になっています。
ポケモン事件の4年前、1993年に、イギリスでテレビコマーシャルをみていて3名のてんかん患者さんが発作を起こしたことがあります。そのコマーシャルというのはPot Noodleというイギリス製カップヌードルの宣伝映像でした。机の前にカップヌードルを手にして座っているニュースキャスターらしき眼鏡男が終始しゃべりまくるという一分ほどの奇妙なコマーシャルです(図7)。

図7イギリス製カップヌードルPot Noodleのコマーシャル画像 カップヌードルを食べている人物の背後に現れる映像によって発作が誘発され、問題となった。 https://www.youtube.com/watch?v=Bs0WCUZqoJg 2023年5月27日閲覧(光感受性発作のある方はみないでください) |
問題を引き起こしたのは「ニュースキャスター」の背後のスクリーンでした。コマーシャルの前半部分では、そのスクリーンに世界地図が映しだされ、その上をゆっくりと赤や緑や黄色や紫のフィルターが移動していきます。そして、その後、このスクリーンに脈絡のないさまざまな図形や文字や人物が一秒に数回という頻度で矢継ぎ早に急速に移動しながら映し出されるようになります。個々の画像の明るさが異なるため、全体として点滅画像のような印象を与えます。やがて、そのスクリーン前でニュースキャスターが平然とカップヌードルを食べ始めるのですが、その背後の点滅閃光様映像は、てんかん発作を起こさせてもおかしくない派手で刺激的なものでした(https://www.youtube.com/watch?v=Bs0WCUZqoJg(Banned Pot Noodle Advert – Ace of Spades 2023年5月27日閲覧)かなり刺激的な映像ですので、視覚誘発発作を起こしたことのある方は見ないで下さい)。
このコマーシャル映像が引き起こした騒動をうけ、イギリス民放テレビの監督機関、独立テレビ委員会(Independent Television Commission ITC)は事件の再発防止を期して、テレビ映像を規制するガイドラインを作成しました(表2)。このITCガイドライン作成にかかわった中心人物がハーディングでした。
メモ2 テレビの閃光イメージと規則性パターンの規制に関するITC(イギリス独立テレビ委員会)のガイドラインノート 1.20カンデラ/m2以上の明度差で変化する閃光映像は危険を伴う。 2.単独、あるいは、2回、3回と現れる閃光映像は許容されるが、以下については、いずれも、禁ずる。 a) 閃光映像が全体としてテレビスクリーンの4分の1以上を占める。 b) 1秒間に3回以上繰り返される閃光映像。 3.急速に変化する連続映像(たとえば、急速な場面転換)が閃光刺激と同等の効果をスクリーンにもたらせば、発作誘発作用を有するので閃光映像と同等の制限を加える必要がある。 4.危険をもたらす可能性のある規則的模様は、明確に識別可能な格子縞模様である。明暗のコントラストがはっきりしている5対以上の格子縞模様は、垂直、水平をふくめ、いずれの向きであっても危険である。 5.格子縞模様は並列の場合も放射状の場合もあるし、曲線の場合も直線の場合もある。水玉模様のように同一図形が繰り返し列をなしていることがあるかもしれない。しかし、いずれの場合であっても、てんかん誘発効果を有する。 |
ハーディングの指導の下、3Hzを上回る周波数の閃光刺激や明滅画像の禁止、格子縞模様の禁止、刺激的映像の画面占有率10%以下への制限などを定めたガイドラインが作成されました。
「ネイチャー・メディシン」の論文の中でハーディングは問題のポケモン番組にはこのガイドラインに反する映像が18カ所含まれていたと指摘しています。たしかに、この時の番組、第38話「でんのうせんしポリゴン」にはオープニング時から刺激的な映像が繰り返し現れています。そして、本編に入ってからも、それが続いていました。ですから、ポケモン事件は起こるべくして起こったということが、このガイドライン片手にポケモン映像を見ると、実感としてよくわかります。
しかし、それにしても、テレビ映像で700名近くの人が同時にてんかん発作を起こしたというのは前代未聞の出来事です。ITCガイドラインと照らし合わせただけであの「爆発的」なてんかん誘発性を説明できるものなのか、疑問です。実際、Pot Noodleのコマーシャルで発作を起こしたのは3名だけです。このポケモン番組の視聴率が高かった(全国で414万世帯、1200万名が視聴、推定世帯視聴率16.5%)とはいえ、発作を起こしたのが700名に近かったというのは、いくらなんでも、数が多すぎます。しかも、その中にはそれまでにてんかん発作を1度も起こしていないこどもたちが多数含まれていたのです。

図8 ワクチンミサイルがピカチュウの10まんボルトで爆発する場面の連続画像。https://trance-cell.com/chat-news-13/ |
たしかに第38話「でんのうせんしポリゴン」には発作を起こしてもおかしくない映像がいくつも流れていましたが、ポケモン事件の時、てんかん発作を誘発したと事件当時から疑われていたのは、前にも言いましたように、18時50分頃、4秒間流れた映像でした。ピカチュウの10まんボルトによってワクチンミサイル(番組内で使用された仮想兵器)が爆発する場面です。さとしやピカチュウたち登場人物の背後で赤・赤・青・赤・青という順に持続1/60秒の赤と青の背景画像が順次写しだされ、これによって、ミサイルの爆発を表現していました(図8)(https://www.youtube.com/watch?v=eqOxaBTscE8 この映像もてんかん発作の経験のある方は見ないでください)。当時、「パカパカ」と呼ばれていた技法です。どうして、赤と青でこのような効果が出せるのかよく分かりませんが、実際にみると、たしかに、何かが爆発したようにみえる、ある意味、息を呑むほど美しい映像です。この背景映像の赤の輝度は45.6カンデラ/㎡で、赤色のスペクトラム(周波数分布)には625nmと704nmと波長のピークが2つありました(図10)。一方、青色の輝度は70.2カンデラ/㎡で、波長ピークは452nmでした。この青と赤の点滅画像はスクリーンの半分以上を占めていて、赤と青の輝度差は24.6カンデラ/㎡でした。そして、輝度差24.6カンデラ/㎡の画像が20ー30Hzの頻度で反転していました。ですからITCガイドラインノートのうち「20カンデラ/m2以上の明度差で変化する閃光映像は危険を伴う」「閃光映像が全体としてテレビスクリーンの4分の1以上を占める」「1秒間に3回以上の頻度の閃光映像は、いずれも、許容されない」という3項目に違反していたことになります。
しかし、発作を引き起こしたのは本当に24.6カンデラ/㎡の輝度差による「閃光様」刺激だけだったのでしょうか?
24.6カンデラ/㎡の輝度差というのは、さほどの値ではありません。たしかにこの程度の輝度差でも少しはチカチカした感じがします。しかし、この番組では、最初から24.6カンデラ/㎡以上の輝度差の点滅閃光刺激映像が何度も流れていました。その中で、24.6カンデラ/㎡程度の輝度差しかないこの点滅刺激場面が何百名という子どもが発作を引き起こしたとは思えません。電気ショック療法に匹敵するような爆発的なてんかん発作誘発力が秘められていたとは考えにくいのです。
しかし、輝度差でないとしたら、何なのでしょう?
点滅周波数でしょうか?しかし、青と赤は60分の1秒ずつ映し出されていて、その周波数は60ヘルツ。前にも言いましたが、60ヘルツの点滅周波数は12~20ヘルツの点滅周波数に比べ光突発波誘発力は低いとされています。
赤の破壊力
結局、可能性として残ったのが、色でした。
そこで、ハーディングは輝度を変更しないように設定し、問題のシーンをカラー映像からグレースケール映像に変換しました。そして、脳波を記録しながらそのグレースケールに変換した映像を6名の光感受性てんかん患者に脳波を記録しながら見てもらいました。つまり、色の要素を取り除き、24.6カンデラ/㎡の輝度差による60Hzの閃光刺激を行ったのです。そして、つぎに、オリジナルのカラー映像も見てもらいました(もちろん、発作が実際に起きては問題ですから、光感受性が軽度で、しかも、バルプロ酸を服用している患者さんからボランティアを募り、十分な説明のもとに同意を得てこの検査は行われました)。すると、グレースケールに変換された映像ではいずれの症例でも脳波に変化が起きなかったのに、オリジナルのカラー映像では6名中5名で映像に一致して光突発反応が誘発されました。

図9 脳波記録中にグレースケールとカラーのポケモン映像を呈示したところ、グレースケールに変換した映像(BLAK AND WHITE)では反応がみられなかったが、オリジナルのカラー映像(COLOUR)では高振幅棘徐波(光突発反応)が誘発された (Harding GFA and Harding PH(1999))。 |
問題は輝度の変化ではなく、色であることが一目瞭然だったのです(図9)。
では、色の何が問題だったのでしょうか?
その説明にハーディングが使ったのが図10です。
しかし、その前に、少し、ブラウン管テレビについて説明しておきます。
事件が起きた当時、まだ、液晶テレビは市販されておらず、テレビといえばブラウン管テレビでした(日本で液晶テレビが販売されるようになったのは2000年以降です)。
ブラウン管は巨大な真空管です。その真空にむかって青、緑、赤を受け持つ3種類の電子銃から放たれた電子が、ブラウン管画面の裏側表面に塗られた青、緑、赤3原色の蛍光物質に衝突し、蛍光物質を励起します。それぞれの蛍光物質は対応する電子銃の発した電子強度を反映した明るさで発光します。
この電子銃から放たれる電子は磁気によって画面の左から右に向かって方向を変えられ(偏光し)ていきます。これによって一本の線、走査線ができあがります。電子銃からの電子は画面の右端にたどり着くと、左端に戻り、先程の位置からわずかに下にずれたところから再び右に向かって走ります(新たな走査線ができます)。このようにして30分の1秒というごく短い間に525本の走査線が描かれ画面下端まで行き着き、蛍光物質の残光によって一つの画面ができます。そして、そのような画像が1秒間に30枚作成され、動画像となるのです(以上の説明は、日本、アメリカなどが採用している全米テレビジョン放送方式標準化委員会National Television System Committeeが定めたNTSC方式で、欧米などで採用されているPAL(位相反転線 Phase Alternating Line)方式では、走査線が625本、1秒間の画像数は50枚です)。

図10 問題のポケモンアニメでは18時50分から4秒間、登場人物の背景に1/60秒毎に赤・赤・青・赤・青の赤・青点滅画像があらわれ、ミサイルが爆発したかのようにみせていた。赤色画像の輝度は45.6カンデラ/㎡で、625nmと704nmの二つの波長ピークを含んでいた。一方、青色画像の輝度は70.2カンデラ/㎡で波長ピークは452nmであった。実線はテレビ受像器の電子銃によってブラウン管に放出される青(図では紫)、緑、赤の波長スペックトラム、点線は色彩を感じ取る網膜錐体細胞の吸光スペクトラムを示す。青色と緑色ではブラウン管の放出スペクトラムと錐体細胞の吸光スペクトラムがほぼ一致している。ところが、赤色のブラウン管放出スペクトラムには625nmと704nmの二つのピークがあり、赤色の錐体細胞吸光スペクトラムとはズレが生じ、一致していない。さらに、ブラウン管に映し出される青色は青と緑、緑色は青と緑と赤、625nmの赤色は緑と赤の複数の錐体細胞を刺激するが、波長ピークが長い704nmの赤色は赤の錐体細胞だけを刺激することになる。錐体細胞からの信号を受け取る視覚皮質(後頭葉)の色彩感知細胞は過剰に反応しないように他の錐体細胞からの信号によって抑制される。このため、ブラウン管の青色と緑色と625nmの赤色の刺激では、複数の色情報が視覚皮質に到達するため、色彩感知細胞は互いに抑制しあう。しかし、単一の錐体細胞だけが刺激を受ける704nmの赤の情報を受け取った視覚皮質上の色彩感知細胞は抑制がかからない。ポケモンの爆発場面に使われた赤も625nmと704nmのピークが含まれており、抑制がかからない704nm赤色の波長ピークが脳を異常興奮させたと推測される(Harding GFA. (1998))。 |
色について、もう少し詳しく述べます。
カラーテレビのブラウン管の場合、青、緑、赤の蛍光体がブラウン管のガラス面に規則正しく配置されていて、青、緑、赤専用の3つの電子銃から放たれた電子ビームが蛍光物質に当たると発光します。青は亜鉛の硫化物と銀(ZnS:Ag)の合成物、緑は亜鉛の硫化物と銅とアルミニウムの合成物(ZnS:Cu、Au、Al)が使われるのに対し、赤はイットリウム硫化酸化物とユーロビウムの合成物(Y2O2S:Eu)が使用されていました。そして、図9に示すように、青と緑が正規分布様の幅広い波長スペクトラムを示すのに対し、赤の波長スペクトラムはいくつもの急峻なピークの連なりからなっています。これは、赤の発光体の構成要素であるユーロビウムの特性によるものです。ユーロビウム(原子番号63)は原子番号57のランタンから71のルテチウムで構成されるランタノイドの一つですが、ランタノイドは銅などの金属と異なり、棘波状の吸収バンドを示すのが特徴です。とくに、ユーロビウムが使われた赤の波長スペクトラムでは、図9にみられるように、625nmと704nmの近辺に2つの棘波状ピークがみられます。
さて、そこで、光感受性発作と色との関係です。
表2をご覧になると分かるように、ITCのガイドラインノートには色のことが記載されていません。
じつは、1994年に発刊された光感受性てんかんにかんするハーディングの本「光過敏てんかん」(新改訂版)には、色と光感受性発作の関連についてさまざまな説が紹介されていて、そうした説を紹介した後にハーディングは、
「光感受性発作に色が関係することはめったにない」
と結論づけています。ハーディングが主導したイギリスのITCのガイドラインノートに色にかんする記載がなかったのはこのためです。
ところが、日本ではずいぶん前から、光感受性発作において赤が危険であるということが専門家の間で知れわたっていました。仙台市立病院(当時。現在、早乙女クリニック)の高橋剛夫先生がそのことを何度も学術雑誌に報告され、日本の雑誌にも総論で繰り返し強調されていたからです。高橋先生はニーダーマイヤー編「脳波:基本原理、臨床応用、関連分野」(Ernst Niedermeyer Electroencephalography : Basic Principles, Clinical Applications, and Related Fields)という、当時、脳波の標準的テキストとして世界中の専門家に読まれていた本で光刺激にかんする章を執筆し、さらに、光感受性てんかんに関する多くの英文論文を発表、光感受性てんかんに関して世界的に名を知られていた方です。「ミスター光感受性てんかん」とでも呼ぶべき先生で、いってみれば、日本のハーディングでした。
その高橋先生が低輝度であっても赤色で光刺激すると、通常の光刺激よりも脳波上の光突発波の出現頻度が高まることを1970年代からずっと指摘されていました。脳波機器メーカーと共同で光刺激の際に光刺激装置のランプの前に取り付ける赤色フィルターを作成、脳波記録で光刺激に使用するよう全国の脳波室に呼びかけてもいました(しかし、通常の光刺激に加えて赤色フィルターの検査もやるとなると検査時間が長くなってしまい、煩雑だということもあって、この赤色フィルターは日本でも今ひとつ普及しませんでした。ハーディングという国際的権威が赤色の危険性を否定していたことも、普及の阻害要因になっていたかもしれません)。
じつは、赤色光が緑や青に比べて光突発波の誘発性が高いことは、欧米でも1950年代から報告されていました。ところが、否定的な報告もあり、意見が分かれていたのです。先程述べた著書「光過敏てんかん」(新改訂版)の中でハーディングは議論が定まらない理由を二つあげています。
一つは、瞼です。
眩しい光を浴びて思わず目を閉じると、瞼のフィルター効果で赤い色がみえます。このため、目を閉じた状態で赤、青、緑の3原色で刺激しても、色の効果を同一条件で比較することができません。青や緑は瞼のフィルター効果で赤と混じり、刺激効果が減殺されるからです(このことは、網膜電図という方法で確認されています)。このため、目を閉じたまま光刺激で3色を比較すると、赤色の光誘発性が高いという結果がでてしまいます。
ちなみに、白色光で刺激した場合、閉眼の時の方が開眼の時に比べ光誘発性が高いことが知られていましたが、閉眼は赤色刺激を意味しますから、やはり、これも、赤色の光誘発性が高いことの証拠のように思えます。しかし、実は、これは、瞼のもう一つの作用、光の拡散効果によるものではないかという説明がなされていました。瞼を通過するとき光が拡散し、広い範囲の網膜が刺激され、光誘発効果を高めるというのです。したがって、これも、赤が白色光に比べて光誘発性が高いという証拠にはならないとされていたのです。
ハーディングが指摘したもう一つのポイントは、フィルターによる輝度の低下です。
赤や緑や青の光誘発効果を判定するとき、各々の色のフィルターを刺激装置の前に置いて光刺激を行いますが、実は、フィルターを透過する光の強さ、輝度が色によって異なります。各々の色のフィルターの光の輝度の減衰効果が一様ではないからです。当然、それによって得られた結果で、色の光誘発性を正確に比較検討することができません。
そこで、ハーディングたちは各色のフィルターを通過した後の輝度が同一になるよう閃光刺激条件を調整し、目を開いた状態で赤、青、緑の光突発反応誘発率を16例で比較検討しました。すると、個人差はありますが、全体としてみると色による光突発反応誘発性に差はみられませんでした。そこで、ハーディングたちは、光感受性発作に色は関与しない、と結論づけたのです。
ハーディングの「光過敏てんかん」(新改訂版)の序文を書いているフランスの小児神経学の大家アイカルディは「赤い光で間歇性光刺激を効率的に行えるという俗説に疑問を投げかけ、その伝説を払しょくしたことは本書の功績である」と記しています。小児神経学の大家がこのように書くぐらいですから、欧州ではハーディングの考えは定説となっていたと思われます。ポケモン事件の4年前、テレビゲームてんかんに関する国際会議がロンドンで開かれたことがありましたが、この時も高橋先生は赤色点滅刺激について説明しました。しかし、参加者の反応は冷ややかだったようです。おそらく、アイカルディがいうところの「俗説」とみられたのでしょう。
高橋先生の研究は、もちろん、ハーディングも知っていました。この「光過敏てんかん」(新改訂版)の中の色にかんする章において、その最後に高橋先生の研究を論じています。高橋先生たちの研究は輝度条件を同じにしても赤色の光誘発性が高いことを示していたからです。なぜハーディングの研究と高橋先生の研究で結果が異なるのか? その理由をハーディングはオランダの光感受性てんかんの権威、ビニーの論文を引用して説明しました。
問題は、ハーディングが使った赤色フィルターが高橋先生のものとは違っていたことでした。
光学フィルターは写真撮影用にイギリスのラッテンが20世紀初頭に考案したものが有名で、現在も、光学フィルターはラッテン番号で分類されています。そのラッテン番号では赤色だけでも23、24、25、25、25A、26と6種類あります。同じ赤でも、人間が赤と感じる周波数には幅があり、透過周波数が異なる赤のフィルターが何種類もあるのです。高橋先生が使っていたのは周波数の高い(ハーディングに言わせれば赤色スペクトラムの中でも端に偏った)600nm以上の濃赤色(extremely deep red)でした。同じ赤でありながら、ハーディングが使用していたフィルターより20nm高い周波数の赤を高橋先生たちは使用していたのです。
この濃赤色は他の色と大きく異なるところがあります。先程述べたように、錐体細胞は二つ以上の色にまたがって感受性があるのですが、濃い赤だけは3原色のスペクトラムの一番端っこに位置するために、赤の錐体細胞のみを刺激します(図10)。錐体細胞で生まれた電気情報は、暴走しないよう、他の錐体細胞からの信号によって抑制がかかるようになっています。ところが、この濃い赤は赤色錐体細胞だけを刺激するため、他の錐体細胞による抑制がかかりません。濃い赤で光感受性が高かったのはこのためではないかと推定されました。隅っこにある、赤色のほんの一部にすぎませんが、高橋先生が確認されたように、すくなくとも濃い赤は光突発波誘発性が高いといえるのです。
しかし、こうした事実に対する、ハーディングの意見は次のようなものでした。
「この現象は人為的なライティング条件の下ではたしかに重要である。しかし、そのような“人為的ライティング”などめったにない」
通常のテレビ映像で濃赤色画像のみによる刺激などまずあり得ないと推定したのです。ITCのガイドラインノートで色のことが抜けていたのはこのためでした。
しかし、そのまれな「人為的ライティング条件の下」で起きたとしか考えようがないポケモン事件が発生しました。ポケモン映像の爆発的なてんかん誘発性を知ってハーディングは赤の光誘発性にかんして考えを改めざるをえませんでした。
じつは、もうひとつ、ハーディングが考えを変えるきっかけとなった研究があります。やはり、日本人の研究で、しかも、名前も同じTakahashiです。ただし、高橋剛夫先生ではなく、静岡てんかん・神経医療センターの高橋幸利先生です。この高橋先生も光感受性てんかんについて独創的な研究をされていて、ハーディングもそのことをよく知っていました。その高橋先生は色というよりは、可視光線の周波数、光量という切り口でヒトの光感受性について検討していました。そして、周波数が700μm周辺の点滅光にのみ感受性のある人がいることをみいだしました。この高周波数光に感受性を有する人は、特発全般てんかんや局在関連てんかんに罹患してことが多いこともわかっていました。そして、なかには、たまたま脳波検査をうけて光感受性があることがわかったものの、今まで一度もてんかん発作を起こしたことのない子もいました。つまり、光感受性を有している人の中に高周波光(濃赤色)感受性の人が結構存在していることを高橋先生たちの研究は示していたのです。そうした人々にとって700μm以上の濃い赤を含んだポケモン映像がきわめて危険であろうことは容易に想像できます(周波数とは無関係に可視光線の光量がある一定以上を超えると発作が起きるのはDrave症候群(重症乳児ミオクロニーてんかん)や歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)といった光感受性てんかんがみられることがよく知られている器質性脳病変のある疾患でした)。
先程述べたように、テレビ画像上では、赤の発光体の特性上、赤にはいくつかの周波数ピークがみられ、そのひとつは、濃い赤のピークができやすくなっています。このため、例のポケモン映像は爆発的なてんかん誘発性をもってしまったのです。
このようにして、ハーディングはふたりの高橋先生の研究を基にポケモン映像の謎を説明しました。
ただし、ひとつ、疑問がのこります。たしかに、赤が問題だった可能性は高いでしょう。しかし、絶対にそうだと言い切れるでしょうか。たしかに、濃赤色が問題になる人はいるでしょう。しかし、実際に、あのポケモン番組を観ていた子どもたちが濃い赤に過敏性を有していたと証明されたわけではありません。
この疑問には九州大学の植松先生たちの研究が応えました。植松先生たちは例の番組を観て発作を起こし、福岡大学小児科を受診した3例とテレビゲームてんかんの2例において脳波検査を行いました。そして、ハーディング同様、例のポケモン映像と12Hzのモノクローム画像による視覚刺激を行いました。すると、ポケモン番組を観て発作を起こした3例では、ポケモン画像で光突発波が頻発していたのに、12Hzモノクローム刺激では光突発波は滅多に出現しませんでした。一方、テレビゲームてんかんの2例ではポケモン映像でも12Hzモノクローム映像でも光突発波はほとんど出現しませんでした。3例にすぎませんが、ポケモン発作が濃赤色に感受性のある小児を狙い撃ちするように起こっていたことをうかがわせる結果でした。
この植松先生たちの研究結果はポケモン事件にかんする厚生科学特別研究の報告書に発表されました。報告書が発行されたのはハーディングの英語論文が「ネイチャー」に掲載されたのと同じ1998年5月です。しかし、残念ながら、日本のこの研究成果が英文として発表され、世界がそのことを知ったのは、その1年後でした(Tobimatsu S、 Zhang YM、 Tomoda Y、 et al. Chromatic sensitive epilepsy: a variant of photosensitive epilepsy. Ann Neurol 1999;45:790–3))。
この飛松論文は「大脳皮質レベルでは、赤錐体(細胞。錐体細胞は網膜から色情報を大脳に伝える細胞で、赤、青、緑に特化した3種類の錐体細胞がある)と青錐体の入力は拮抗関係にないので、青/赤反復刺激は青色あるいは赤色の単独刺激よりも視覚野に対して強い刺激効果があると思われる」とも考察しています。つまり、赤色のみならず、青も問題で、両者が相乗効果で爆発的なてんかん誘発性を起こしていたというのです。実際に、その後、東京女子医科大学のグループが赤単独よりも青と赤の組合せのほうが光突発波を強力に誘発することを確認しています。
事件後、精神病理学で有名な中井久夫神戸大学名誉教授は早乙女クリニックの高橋先生に「青と赤の単色光を秒以下の単位で交代させておりますからアクセルとブレーキを矢継ぎ早に交代して踏むようなもので、単色光刺激より一段破壊的ではないか」という意見を手紙に書き送ってみえます。「青と赤は拮抗関係になく、赤には抑制がかからない」というハーディングや飛松先生たちの研究結果を見事にイメージ化しています。
対策
事件後、日本のテレビ業界もITCの規制を参考にガイドラインを作成しました。まず、「ポケモン」を放映したテレビ東京が緊急調査を行い、テレビ映像像で誘発される光感受性発作には映像作成手法、テレビ視聴方法が大きく影響することを確認し、次のようなガイドラインを作成し、事件の2か月後に日本民間放送連盟(民放連)に提出しています。
「アニメ番組の映像効果に関する製作ガイドライン」
- 1/3秒以内で一回を超える光の点滅は避けるべきである。
- 急激なカットチェンジや急速に変化する映像も、光の点滅と同様な影響を与えるので、1/3秒に一回を越える使用は避けるべきである。
- 赤色を使用した点滅やカットチェンジも危険である。ただし、赤色を除く組み合わせで、それが同じ輝度であれば問題はない。
- 輝度差のある規則的なパターン(縞模様・渦巻き、ダーツ版など)は、原則として避けるべきである。
2か月後、このテレビ東京のガイドラインを基礎資料として民放連と日本放送協会(NHK)が「アニメーションなどの映像手法に関するガイドライン」を共同策定しました。ただ、「アニメーションなどの映像手法に関する」とあるように、テレビ東京のガイドラインと異なり、アニメーションに限定せず、コマーシャルを含めたテレビ番組全体を対象としています。
<第一条>映像や光の点滅は、原則として1秒間に3回を超える使用を避けるとともに、次の点に留意する。
1.「鮮やかな赤色」の点滅はとくに慎重に扱う。
2. 前項1の条件を満たした上で1秒間に3回を超える点滅が必要なときは、5回を限度とし、かつ、
画面の輝度変化を20パーセント以下に抑える。加えて、連続して2秒を超える使用は行わない。
<第二条>コントラストの強い画面の反転や、画面の輝度変化が20パーセントを超える急激な場面転換は、原則として1秒間に3回を越えて使用しない。
<第三条>規則的なパターン模様(縞模様、渦巻き模様、同心円模様など)が、画面の大部分を占めることも避ける。
テレビ東京のガイドラインより具体的な指示が入っていますが、本質的には同じです。一方、その下敷きとなったイギリスICT・BBCガイドラインと比べると、赤色(鮮やかな赤)への言及がなされていることが特筆すべき特徴となっています。「ポケモン事件」の教訓が生かされています。
そして、ガイドラインに明示された事項を自動的に検知できるビデオ画像解析機器が導入され、放映前にスクリーニングされるようになりました。

図11 ビデオ画像解析機器あらかじめガイドラインに示された警告の条件を設定しておき、その条件を越えたシーンが検出されると,直ちに警告が表示され,同時に,発生時刻,および点滅や場面転換の回数,規則的パターンの面積率,持続時間などが自動的に記録される |
ちなみに、イギリスICT・BBCガイドラインはその後改訂され、飽和赤色を使った3サイクル以上の点滅動画に対する規制が新たに加えられました。6年後の2005年にアメリカのてんかん協会も以下のようなワーキンググループによる専門家間の同意声明文を発表しています。
「20カンデラ/m2以上の輝度で3ヘルツ以上の閃光が0.006ステラジアン立方角(中心視野の10%、あるいは、通常の試聴距離におけるスクリーンの25%に相当)を越える視野で点滅する映像は有害である。飽和赤色へ移行、もしくは、飽和赤色から移行する閃光刺激も危険である。明確に識別可能で明暗のある縞模様を5対以上含む画像はいずれの向きであっても発作誘発性を秘めている。いかなる模様であれ、明暗コントラストを有する格子模様が推定至近距離から0.006ステラジアン立体角以上の視野をしめ、もっとも明るい格子の輝度が50カンデラ/平方メートル以上で、0.5秒以上提示され、格子の方向が変化したり、揺れたり、コントラストが反転するのであれば、5対以上の明暗格子模様を見せてはならない。格子縞模様が静止しているか、一方向に滑らかに流れていく場合でも、明暗合わせて8対以上の格子を含まないようにすべきである」
やはり、赤色(飽和赤色)の危険性が指摘されています。ポケモン事件が世界中の光感受性発作対策に大きな影響を及ぼしたことがわかります。
対策によって
さて、ガイドラインに従って行われた対策によって、どのようになったのか、ポケモン発作事件から1年後と3年後におこなわれた愛知県での追跡調査結果をみてみましょう。
対象と調査方法
対象となったのは、ポケモン映像を見ててんかん発作を起こしたと推定される103名(女児54名、男児49名)です。最初の報告では93名でしたが、追跡調査では愛知県外の人も含めているため、10名増えました。
調査結果
事件から1年後には102名(99%)、3年後には67名(66%)の方についてアンケート調査に対する主治医からの回答があり、状況を把握することができました。3年後に状況を把握することができなかった方の多くは、事件前にてんかん発作がなく、薬を飲んでおらず、したがって、定期的に病院にかかっていなかった人たちでした。以下、事件以前にてんかん発作がみられていた人たちをてんかん群、見られていなかったたちを非てんかん群と呼びます。
結論
結論から申しますと、一つのテレビ番組で複数のお子さんがてんかん発作を起こしたという証拠はみつかりませんでした。といって、この103名が3年間に発作を起こさなかったわけではありません。事件から1年たった時点で18名(てんかん群11名、非てんかん群7名)が再びてんかん発作を起こしていました。そのうち8名の発作は光感受性発作でした。その2年後、事件から3年経った時点で、さらに4名(てんかん群3名、非てんかん群1名)がてんかん発作(3名が光感受性発作)を起こしていました。すなわち、事件から3年で約2割、合計22名でてんかん発作が再発していて、内訳は、光感受性発作が14名、自発発作(非誘発発作)が8名で、6名は自発発作と光感受性発作の両方がみられていました。当然といえば当然ですが、発作の再発は圧倒的にてんかん群に高頻度にみられていました(56%対9%)。
発作の詳細
光感受性発作を起こした14名のうち、8名はテレビを見ていて、4名はテレビゲームをしていて発作を起こしています。(あとの2名のうち1名は脳波検査中、点滅閃光刺激で発作を起こした男の子です。もう一人は、そろばん中に発作を起こしていて、この9歳の男の子は、暗算では発作が起きていません)。発作を起こしていた年月日が別々だったため、同一のテレビ番組で発作を起こしたとは考えられませんでした(ビデオゲームについては、ビデオゲームの種類を全員に聞いていなかったために、同じゲームで発作が多発していないかどうかは確認できていません)。
対策の効果
以上のことから2つのことが分かります。ひとつは、事件時のポケモンアニメのような発作を誘発しやすいテレビ番組が事件後は放映されていないらしいということです。もう一つは、にもかかわらず、テレビを見ていて発作を起こすことがあり得る、ということです。そして、これは、テレビゲームでもいえることです。
対策の効果は静岡てんかん・医療神経センターの高橋先生が行った全国調査でも示されました(Takahashi Y et al (2004))。ガイドラインや映像分析器の導入後、テレビ番組による光過敏発作が著明に減少していることが判明したのです。図12では、日本における初発光過敏発作の経時的変化が示されており、1997年とその翌年にかけてはテレビによる光過敏発作が激増していたことがうかがわれます。しかし、1999年以降テレビによる光過敏発作が減少しており、ガイドラインや映像分析器の導入の効果があらわれています。

図12 日本における初発光過敏発作の経時的変化 1993年から2001年にかけての初発光過敏発作の発生数を示す。赤の棒グラフはテレビによる光過敏発作数(左縦軸、ポケモン発作は除いた数)青の棒グラフはテレビ以外(テレビゲーム、コンピューター、太陽光など)の光過敏発作数、折れ線グラフは全光過敏発作においてテレビ光過敏発作の占める割合(右縦軸)を示す。ポケモン事件が起きた1997年とその翌年にかけては、テレビによる光過敏発作が激増しており、この頃、「ポケットモンスター」「Yat安心!宇宙旅行」以外にも(おそらくは、アニメーション技術の発達に伴って)光過敏発作をきたしやすいテレビ番組が増えていたことをうかがわせる。しかし、1999年以降テレビによる光過敏発作が減少しており、ガイドライン、映像分析器導入の効果があらわれているものと考えられる(Takahashi Y et al (2004)) |
万能ではない規制
しかし、先のグラフからも明らかなように、テレビ番組以外の視覚誘発発作は減少傾向にありますが、特にテレビゲームによる誘発発作は減少していません。
テレビゲーム映像、ファミコン映像においては、明暗の変化、色彩の変化が必ずついて回ります。ですから、光感受性発作を完全に予防することはできません。ハーディングは点滅画面を3Hz以下に制限するだけでも、光感受性者の97%以上において発作を予防することが可能と試算しています。ただし、100%ではありません。たとえば、明暗コントラストひとつとっても、これ以下なら100%安全という値は設定できません。まったく明暗をなくせば100%安全とはいえます。しかし、「明暗のない映像」は映像ではありません。誰も見ないでしょう。ゲームもできません。
映像の規制は、今のところ、テレビ番組、映画、ゲームなどに限定されています。しかし、それ以外にも、さまざまな場面で点滅刺激、格子模様、赤色刺激に遭遇する可能性があります。そうしたものすべてを規制することは、事実上、不可能です。このため、思わぬところで、光感受性発作がみられることがあります。
ペットショップの映像
ポケモン事件から5年後、ペットショップのビデオを見ていててんかん発作を起こしたという7歳の女の子が診察室にみえました。
この子は、 6歳の時にも寝ていて急に「怖い、怖い」と叫んで飛び起き、体を震わせたことがありました。しかし、その後しばらく、てんかん発作を疑わせるエピソードはみられませんでした。
しかし、一年後、ペットショップのビデオを見ていて「画面が真っ白になった」時から「怖い、怖い」といって歩けなくなりました。そして、その後、15分ぐらい、ものがみえない状態が続きました。ものがみえない間も、喋ることはでき、受け答えははっきりしていたようです。脳波をとりましたら、光刺激によって、全般性のてんかん放電が誘発され、光感受性が高いことが分かりました。また、症状ははっきりしませんでしたが、光刺激に伴って後頭部を中心に律動波が出現、しだいに脳全体に徐波が広がっていく現象も記録されました。これは、光刺激によって誘発された後頭葉部分発作を示唆する所見です。したがって、ペットショップにおける「ものがみえない」というエピソードも、てんかん発作(視覚発作)だった可能性が高くなりました。

図13 8歳8カ月 脳波 10Hz光刺激開始とともに「怖い」と叫び体をこわばらせた。単極誘導(左)では全般性棘徐波が持続的に出現、双極誘導(右)で見ると、後頭部を中心に振幅が徐々に高まっていき他の誘導にまで広がる律動波が認められる(横矢印)。 |
そこで、そのペットショップから問題のビデオのコピーをお借りました。ビデオ自体は、さまざまな種類の犬 と猫を数十秒おきに次々とみせる何の変哲もない動画集でした。動物の背景にレンガの格子模様はあるものの、濃度差もなく、動いてもおらず、ペット画像そのものが発作を誘発するとは考えられませんでした。
問題は「つなぎ」の部分でした。あるペットから別のペットに映像が変わるとき、どのような編集をしたためか分かりませんが、つなぎの部分に、一瞬、閃光刺激のように白い画像が入るのです。「場面が変わって白くなった」というのは、どうやら、ここの部分のことのようです。「つなぎ」の部分が一瞬現れ、これが、白色「閃光」画像になっていたのです。

図14 ペットショップの画像。ペットとペットの間に持続0.13秒,すなわち,約8Hzの白色点滅画像と同等の効果をもたらす白色画像が挿入されていた。 |
昔、テレビが一般家庭に普及し始めた頃は、リモコンなどという便利なものはなく、テレビ本体についた丸いダイヤルをゴトゴト回してチャンネルを変えていました。このダイヤル式チャンネル、時とともに接点が摩耗し、接点不良をおこすようになります。すると、チャンネルを変えるたびに一瞬、画像が歪んで、さまざまな形の白色雑音画像が混じることがありました(ひどくなると、チャンネルを変えると画像がきちんと映らなくなり、ダイヤルの下に新聞紙を挟んでちゃんとダイヤルの接点がつながるようにする工夫が必要なこともありました)。テレビが普及し始めた頃、光感受性てんかんが問題になったと以前に申しましたが、その原因の一つが、このダイヤル式チャンネルの接点不良による画像の乱れでした(さらに、当時はまだリモコンがなかったので、チャンネルを変えるにはテレビに近寄る必要があり、このことも、テレビてんかん発作誘発の一因になっていました)。
問題のビデオの場合、画像の乱れはありませんが、ツナギの部分が昔のテレビのチャンネル不良と同じような効果をもたらしたと推定されました。
静岡てんかん・神経医療センターの高橋先生に相談したところ、放送局にこのビデオの解析を依頼してくださいました。解析は先ほど述べた民放連の規制を基にした解析機器とイギリスのITCの規制を基にした解析機器の2つで行われました。その結果、ITCの解析機器は安全性を否定する結果をはじき出しました。しかし、民放連の機器の解析結果は「危険とは判定されない」、つまり、「シロ」という判定を下しました。
このことから二つのことがいえます。ひとつは、われわれが目にする映像はテレビ画像に限定されるわけではないので、「光感受性」のある方が「危険な」映像でてんかん発作を起こす危険性をゼロにすることは現状ではできないということです。もう一つは、現在行われているスクリーニングでも危険な映像を完全に排除することはできないかもしれない、ということです。
このように、規制により光感受性発作の頻度はかなり減ったと思われますが、しかし、完全になくすことはできていません。テレビをはじめとする映像がこの地上からなくならない限り、原理的には、光感受性発作もなくならないのです。
しかし、高橋先生たちの調査に明確に示されているように、テレビによっててんかん発作が引き起こされる危険性がポケモン事件によって大幅に減ったことは間違いありません。高い授業料を払いましたが、テレビが野放し状態の「てんかん発作誘発兵器」でなくなったことは収穫といえるでしょう。
ゲーム機の注意書き
しかし、テレビやビデオゲームがある限り、光感受性発作がなくならないのだとしたら、自分で守るしかありません。
ポケモン事件の5か月後、日本小児科学会広報委員会は学会誌に子どものテレビのみかたに注意を促す文書を発表しました(渡邉一功 (1998))。
- できるだけ(2m以上)離れて見る。
- 明るい部屋で見る。
- 視野いっぱいに見ない。
- 操作はテレビに近寄らずリモコンで行う。
- チラチラするような画面では片目を手でおおう。
- 何らかの異常を感じたら画面から目をそらす。
- 寝不足、疲労、便秘を避け、体調不良時には見ない。
- 長時間にわたり見続けない。
それまでに積み重ねられてきた光感受性てんかんの研究成果を基にした注意書きであることは、ご理解いただけると思います。
また、先程述べた民放連とNHKの「アニメーションなどの映像手法に関するガイドライン」が発表された際、次の6点がテレビの視聴方法の注意点として関連機関に広報されました。
- テレビを見る際には、十分明るい部屋で2メートル以上離れてみる。テレビの上に電気スタンドを置くことが効果的な場合がある。
- 不用意にテレビに近すぎたり、不快感を感じ始めた場合には、片方の眼を掌で蔽うとよい。この場合、両眼を閉じるとかえって危険である。
- テレビ映像をあまり長時間見続けないようにする。とくに睡眠不足、発熱、空腹時などの長時間視聴は避けた方がよい。
- テレビ映像への過度の集中は避けた方がよい。
- 眼がチカチカするときは画面から遠ざかる。眼の周辺がピクピクする状態が起きたら、テレビを見ない。
- 普通のサングラスや偏光眼鏡は予防に有効ではないといわれている。ただし、濃い青の着色眼鏡は赤の点滅刺激に対し有効とされている。
小児科学会の注意書きとほぼ同じですが、サングラス、赤の点滅刺激への言及が加わっています。いうまでもなく、ハーディングや厚生省特別研究班の研究成果の反映です(小児科学会の注意書きと民放連のガイドラインの両方で、「片方の目を手で覆う」という注意が共通して見られますがなぜそのようなことをするのかについては、本章の最後のところで説明いたします)。
しかし、「ポケモン事件」後にだされた注意事項は、光感受性発作に対するものだけではありませんでした。
ポケモン事件後に発売されたゲーム機に次のような注意書きがつくようになったのです。

最初の文章は、わかります。光感受性発作にかんする注意書きです。
問題は、2番目の注意書きです。
「めまいや吐き気、疲労感、乗り物酔いのような症状」を感じたらゲームをやめるように、というのです。
いったい、これは、何なのでしょう?
注意書きのこの第2の注意書きの根拠となったのは、おそらく、平成9年度厚生科学特別研究班の報告書「光感受性発作に関する臨床研究」に記載された実態調査班報告書の次の文章によるものだろうと思います。
「本調査では、脳波検査によるのではなく、発現した症状の質問紙による抽出であるため、光刺激効果以外の要素を抽出した可能性がある。たとえば、動揺病(motionsickness)を抽出した可能性がある。これは、仮想の視覚の動き刺激だけでも、動きの感覚が生じ、肉体的に固定している自分が強制的に動かされているという感覚を引き起こし、冷や汗、吐き気、生唾などの自律神経症状をきたすとされている。またこの動揺病では、動的映像に臨場感がますほど自律神経の不調がもたらされるとされている。本調査で抽出された症状には、「はきけがした」、「きもちがわるくなった」、「あたまがぼーっとした」など自律神経症状と理解できる症状発生も多数見られた」
「はきけがした」、「きもちがわるくなった」、「あたまがぼーっとした」(いずれも、質問用紙にあらかじめ選択枝となっていた質問項目)」といった回答がアンケートには多数みられたので、これもポケモン映像によって引き起こされた健康被害であり、これらは動揺病(乗り物酔い)に類似した病態によって生じた症状だというのです。そこでゲーム機の会社が「めまいや吐き気、疲労感、乗り物酔いのような症状」を感じたらゲームをやめるように注意を呼びかけることになったようです。
9,350名の小中高等学校生徒を対象に行われたアンケート調査を元にしたこの実態調査班の報告については、いろいろな問題が指摘されています。しかし、中でも、この「乗り物酔い説」は事件の本質を見誤らせ、ゲーム機器の注意書きにまで影響を及ぼしたという点で問題です。ゲーム映像であろうが、テレビ映像であろうが、映画映像であろうが、2種類の対策が必要ということになったからです。一つは、今まで述べてきた、光感受性発作対策、そして、もうひとつが、乗り物酔いへの対策です。
しかし、なにしろ、「動揺病に類似した病態」というはっきりしない説明ですから、対策のたてようがありません。
もともと、あれだけ多くの人々が異常を訴えた理由が2つもあったという説明自体、不可解です。発生原因の解明をすすめる過程で、考えうるあらゆる機序を想定するのは当然ですが、しかし、あらゆる可能性を検討した上で、最終的には、一つに絞られるべきです。もちろん、どれだけ考えても、2つの病態を考えなければ説明できないようであれば、それも仕方ありません。しかし、この「乗り物酔い様」の症状は、これから述べるように、てんかん発作の一症状として十分説明可能なのです。
ただ、それ以前の問題として、あのポケモン画像のどの部分が乗り物酔いの症状を引き起こしたのか、実態調査班報告ではその説明すらなされていません。「仮想の視覚の動き刺激だけでも、動きの感覚が生じ、肉体的に固定している自分が強制的に動かされているという感覚を引き起こし、冷や汗、吐き気、生唾などの自律神経症状をきた」した、その仮想の視覚の動き刺激があの30分近くの番組のどこにあったのか、何の説明もなされていません。ポケモン番組は同じ製作会社が作成していますから、「仮想の視覚の動き刺激」はそれ以前の番組の映像にもあったはずです。その中で、事件を引き起こした番組において何が問題となって「自律神経症状をきたした」のか、なにも説明がなされていません。光感受性発作に関しては今まで述べてきたように多くの研究者によって明確な説明がなされました。しかし「乗り物酔い」説にはそれが全くないのです。
乗り物酔いの機序についてはまだよく分からないところもあるのですが、視覚情報と位置情報のずれが引き金になっていることだけは間違いないようです。
視覚情報はいうまでもなく目で見ることによって得られます。一方、位置情報は耳の奥にある三半規管によってとらえられます(もう一つ、小脳も関係しますが、乗り物酔いとはあまり関係ないので、ここでは説明を省きます)。
今、何でもいいですから本をもちあげて、素早く左右に振って読んでみてください。目が本の動きについていけず、字が読めなくなるはずです。そこで、こんどは、本をもったまま、同じ速度で頭を左右に振って読んでみてください。すると、本を左右に揺り動かしたときと違って、字を読むことができるはずです。
これは、頭の動き、位置を耳の奥にある三半規管が感知し、その情報を基に脳が眼球に頭の位置と協調して動くよう指示をだしているからです。そのことによって自ら回旋しつつも眼球のレンズは字に焦点を合わすことができるのですが、頭はそのままで本が動くと、目はついていけず、文字を判別できなくなるのです。
こうした生理機構が働いている中で、思いがけない動きが視覚に入り込むと、位置情報と視覚情報の間でずれが生じ、脳が混乱します。混乱したという不快な(危険を知らせる)情報は扁桃体に伝えられ、自律神経を司る視床下部を活性化します。これが吐き気などの乗り物酔いの症状を引き起こすと推測されています。ですから、通常、乗り物酔いは、車や船などの揺れによる「思いがけない」動きによって引き起こされます。
一方、テレビや映画などを椅子に座って動かずにじっと見ていても、予想された映像上の動きであれば、どうということはありません。ところが、映像全体に予想もしなかった動きが次から次へと現われると、脳は位置情報と視覚情報にずれが生じたと判断、乗り物酔いの症状が現れます。たとえば、ビデオカメラをもったまま撮影者が走りながら撮ったような映像です。映像がひっきりなしにあっちこっちに揺れ、それをみているうちに気分が悪くなってくることがあります。
しかし、では、例のポケモンの映像にそんな場面があったのかというと、どこにもありません。たしかに、番組の導入部、画面内で登場人物が素早くあっちこっちに移動する場面があります。しかし、これらは見ている側にとって、予想できない動きではありません。もしこんな場面で車酔いの症状がでるのであれば、たとえば映画「スターウォーズ」などでも車酔い症状を訴える観客が続出するはずです。
事件後、検証のために、多くの人々があの番組を観ています。しかし、「気持ちが悪くなった」と訴えた人は1人もいません。
てんかん発作を起こした人を除けば……..。
じつは、この「乗り物酔い様」症状は、てんかん発作の一症状として十分説明可能なのです。
では、そうした事実があるにもかかわらず、なぜ乗り物酔い説が出てきてしまったのか。そのことをご理解いただくためには、まず、光感受性発作の発作型についての専門家の間での認識の変遷を知っておいていただく必要があります。
20世紀の後半を通じて、光過敏性発作の多くはミオクロニー発作、強直間代発作などの全般発作であり、部分発作はまれといわれていました。たとえば、先程登場した1994年発刊のハーディングの本では光感受性発作のうち部分発作は2.8%にすぎないと記載されています(表3)。
表3 光感受性てんかんの発作型 (Harding GFA, JeavonsPM, Photosensitive epilepsy: New Edition. 1994) | ||||||
発作型 | グループ 1 (閃光感受性) (181例) | グループ II (混在) (1151例) | グループ III (自発発作) (122例) | |||
N | % | N | % | N | % | |
強直間代発作 | 152 | 84.0 | 83 | 55.0 | 68 | 55.7 |
欠神発作 | 11 | 6.1 | 23 | 15.2 | 25 | 20.5 |
ミオクロニー発作だけ | 3 | 1.7 | 12 | 7.9 | 2 | 1.6 |
部分発作 | 5 | 2.8 | 2 | 1.3 | 4 | 3.3 |
発作混在 | 11 | 6.1 | 31 | 20.5 | 23 | 18.9 |
ミオクロニー発作と 他の発作 | 4 | 2.2 | 23 | 15.2 | 12 | 9.8 |
ところが、1990年前後から、光感受性発作の相当数が、部分発作、とりわけ視覚症状、頭痛、吐き気、嘔吐を伴った後頭葉を起源とする部分発作であるという報告がなされるようになりました。
しかし、光刺激で後頭葉を起源とする部分発作が起こるというのは、じつは、1990年代よりもずっと前に報告されていました。
たとえば、1953年にカナダの有名な脳波生理学者ヤスパーはペンフィールドとともに著述した名著「てんかんとヒトの脳の機能解剖」の中で、光刺激によって左後頭葉から異常放電が始まり視覚発作がみられた17歳男性例を記載しています (図17)。そして、”後頭極焦点は光刺激で活性化する唯一の皮質焦点である”とコメントしています。呈示されたのは1例だけですが、コメントからすると、おそらく、ヤスパーはほかに同じような後頭葉起源の光過敏性部分発作の症例を経験していたのだろうと想像されます。

図15 17歳 男児 この少年の発作はつねに赤や黄や青や緑の円盤が右視野にみえる前兆で始まり、眩しい太陽の光を浴びると起こった。光刺激(Photo cell)を開始して2分後 (2 min. Later)、左後頭部(O1)から律動波が始まり、4分後(4min. Later)、他の領域にまで律動波が広がった。後頭極焦点は光刺激で活性化する唯一の皮質焦点である。 (ペンフィールド&ヤスパー(1954)「てんかんとヒトの脳の機能解剖」) |
さらに、遡って、1929年、イタリアの生理学者クレメンティが光刺激によって後頭葉発作が起きることを犬で観察していました。犬の後頭葉に神経細胞興奮誘導物質ストリキニーネを塗って点滅光で刺激する実験をクレメンティは行っていて、点滅光刺激によって、犬が眼振、瞳孔散大、眼球周囲筋のミオクローヌス、眼球偏位をきたす後頭葉発作を起こすことを発見したのです。この後頭葉起源の発作は、ストリキニーネを塗布した後頭葉とは対側の上下肢のけいれんへと進展、ついには、全身けいれんに至ることもありました。しかし、後頭葉以外の皮質にストリキニーネを塗っても点滅光刺激による発作は起きませんでした。ストリキニーネを塗布すると皮質の興奮性が高まり、てんかん発作を起こすようになることはクレメンティの時代にはすでによく知られていました。ストリキニーネを運動皮質周囲に塗布すると、皮膚刺激でけいれんが誘発されることも観察されていました。皮膚感覚の皮質中枢は運動皮質のすぐ後ろにあります。ストリキニーネによって興奮性の高まった皮膚感覚中枢が皮膚感覚信号に刺激されて異常放電が発生、隣接する運動皮質にまで異常放電が広がったものと推察される実験結果でした。そこで、同じように、視覚中枢である後頭葉をストリキニーネで興奮性を高めておいて点滅光による視覚入力を加えれば、こんどは後頭葉で発作が起こるはずだとクレメンは考えたのでしょう。そして、実際にそうなることを証明したのです。ただし、かれの論文はイタリア語で書かれたため、イタリア以外でこの事実が知られることはありませんでした。先程のヤスパーもクレメンティの実験には言及していません。
ここで、後頭葉発作の症状について確認しておきます(図15)。

図16 後頭葉発作 後頭葉に異常放電が生ずると、ものがみえなくなったり、変なものがみえたりといった視覚発作に加え、眼球が一方向に引き寄せられたり、瞼がきつく閉じたり、瞼が小刻みに震えたりする症状がみられる。そして、しばしば、吐き気、嘔吐、頭痛などの自律神経症状も伴う。後頭葉に異常放電がとどまっている間は意識が保たれているが、側頭葉に向かって異常放電が伝搬していくと、意識が遠のき、自動症などの複雑部分発作症状がみられるようになる。一方、異常放電が前頭葉に伝搬すると間代けいれん、上肢の非対称性強直といった運動症状が現れる。そして、いずれの場合も最終的に全般性強直間代発作に至る。 |
後頭葉には視覚とそれに関連した機能を司る皮質が密集しています。このため、後頭葉で異常放電が起きると、まずは、物がみえない、目がチラチラする、変なものがみえるといった視覚症状がみられます。さらに、眼球が右や左に引き寄せられたり、目を堅く閉じてしまったり、瞼が小刻みに震えたりといった、目とその周りの器官の動きに関連した症状も出現することがあります。そして、それらに伴って、頭痛、吐き気を訴えることがあり、実際に吐いてしまうこともあります。視覚異常に続いて、頭痛、吐き気がみられるので、後頭葉起源のてんかん発作は前兆を伴う偏頭痛との鑑別が昔から問題になってきました。
以上の説明でお気づきだと思いますが、実態調査班が「乗り物酔様」症状といっている“「はきけがした」、「きもちがわるくなった」など自律神経症状と理解できる症状”というのは後頭葉発作の附随症状として十分説明可能なのです。問題は、その後頭葉発作がポケモン事件の時みられていたかどうかです。
ただ、それを検討する前に、光感受性発作の発作型にかんしてのヤスパース以降の議論の変遷を知っておいていただいたほうがいいでしょう。光刺激によって後頭葉から発作が起きることは、今も申したように、20世紀半ばにすでに動物実験レベルでも、人間レベルでも知られていました。しかし、ヤスパー以降、しばらく、光刺激によって誘発される部分発作はほとんど注目されませんでした。そして、それは、ポケモン事件の時でも同じで、専門家の間でさえ、後頭葉起源の光感受性部分発作の存在は十分に認識されていませんでした。ヤスパーの記載は忘れ去られ、ハーディングの著作に書かれているように、光刺激によって誘発される発作のほとんどはミオクロニー発作、欠神発作、強直間代発作といった全般発作だと信じられていたのです。
たとえば、1972年に出版された和田豊治先生の「臨床てんかん学」には「反射発作は臨床ならびに脳波的に発作起始から全汎像をおびる特性をもっている。これは反射中枢機構が脳幹に位置することをしめす所見であって、一般に一次性知覚皮質領野は反射発作の発現に本質的な役割を演じない」と書かれています。これが反射てんかんに関する当時の支配的考えでした。光過敏性発作を含め、反射てんかんの発生には脳幹が重要な役割を果たし、全般発作が主体だと考えられていたのです。
とくに光過敏性発作はほとんどが全般発作と考えられていました。実際、前にも言いましたように、ポケモン事件の三年前に発刊された1994年のハーディングの本でも光感受性発作のうち部分発作は2.8%にすぎないと書かれていたのです。この本は当時、光感受性てんかんに関するもっとも権威ある書物のひとつでしたから、日本でも光感受性部分発作のことは専門家の間でも十分認識されていなかったのは無理もありません。
光感受性発作のほとんどが全般発作だと信じられた理由のひとつは、以前から何度も出てきている光突発波という異常脳波所見の分布状況にありました。
光突発波は左右対称に出現する全般性棘徐波で、脳全体に広がっているようにみえるのです。この光突発波は発作そのものを示しているわけではありません。発作の間にみられる発作間歇期脳波所見の一つにすぎません。しかし、通常は突発波の分布が発作症状を反映しているとは考えられていました。つまり、光突発波は脳全体に広がって認められるので、こうした脳波を示す人は、全般性発作をもつだろうと推定されていたのです。実際、発作間欠時脳波で脳全体に広がる異常波が出る患者さんではミオクロニー発作や強直発作のなどの全般発作がみられるのが普通です。
これに対し、発作間欠時に脳の一部にてんかんの波がみられる場合は、部分発作がみられると考えられています。事実、後頭部に棘波がみられたら、後頭葉から始まる、視覚発作や眼球偏位を特徴とするてんかん発作がよくみられるのが普通です。
こうしたことから、発作間欠時脳波で全般性の光誘発反応がみられる光感受性てんかんでは、全般発作が主体だろう当然のように考えられていたのです。
しかし、いつもそうとは限りません。
その例外の最たるものが、光感受性部分発作だったのです。
発作間歇期の異常波は脳全体に広がる光突発反応なのに、視覚刺激で実際に誘発される発作は部分発作である例が少なくないのです。潜在的なものも含めるとそうした例外例がかなりあることを端的に示しているのが図17です。

図17 アンケートに記載された発作症状からポケモンをみていて全身痙攣を起こしたと推測された12歳男児。事件後、脳波検査が行われ光刺激によって全般性棘徐波(いわゆる光突発反応)(A)が出現した。そして、それに引き続いて左後頭-頭頂部あたりに、低振幅律動波が現れ(B)、徐々に周波数を下げつつ振幅を増し(C→D)、これに一致して、目がうつろになって反応しなくなった。そして、全般性強直間代発作へと移行した。病歴上は問題のポケモン映像をみていて全般性強直発作を起こしたと推定されていたが、実際には後頭葉から始まる部分発作から2次性全般化発作が起きたものと推定される (Takada et al(1999))。 |
図17は愛知県でのアンケート調査で記載された発作症状からポケモン映像をみていて全般性強直間代発作を起こしたと推測された12歳男児の事件後に記録された脳波です。14Hzの光刺激によって、まず、脳全体に広がる全般性棘徐波が出現しています(A)。これは、今まで何度もお話してきた光突発波です。しかし、その数秒後から左後頭-頭頂部あたりに、低振幅律動波が出現し、徐々に振幅を増し、後頭部以外の領域に広がっていっています(B→C→D)。そして、これに一致して、この男児は目がうつろになって反応がなくなっています。側頭葉に異常放電が広がったために意識減損をきたしたものと推定されます。つまり、複雑部分発作です。ですから、症状からも脳波所見からもこの男の子において点滅閃光刺激で誘発された発作は左後頭葉から始まる部分発作と考えられます。この後頭部に始まった異常波はその後急激に脳の全領域に伝搬、それに伴って、この男の子は全身を強直させ、ついで、全身をガクガクさせるようになりました。
つまり、後頭葉から始まる部分発作とそれに続く2次性全般化強直間代発作が点滅閃光刺激によって誘発されたのです。
しかし、アンケートに記載されていたこの子の症状は「四肢を硬直してブルブルしていた」というものでした。このため、アンケートを集計する時点ではポケモン映像をみていて全般性強直発作が起こったものと考えられていました。部分発作があまりに短く、目立たなかったためでしょう、全般性強直間代発作の前の目がうつろになって反応がなくなった症状には気づかれず、アンケートの回答にも記載されていなかったのです。しかし、事件の時、実際に起こっていた発作は、おそらく、部分発作とその2次性全般化だっただろうと推定されます。
このように、発作内容を聞いただけでは全身けいれん(全般性強直間代発作)としか考えられない例でも、実際に起こっている発作は部分発作ということがありえます。たまたま、事件直後に行った脳波の記録中に発作が起こったものですから、後頭葉から始まる部分発作であることが判明しましたが、そうでなければ、部分発作を起こしていたことには気づかれなかったでしょう。この男の子のように、発作が部分発作から始まっても、すぐに全般化して強直間代発作に移行してしまうと、発作間欠時にみられる脳全体に広がる光突発波と相まって、全般発作が起こっていると信じられてしまうのです。
さらに、光感受性部分発作の後頭葉の異常放電、あるいは、その後、側頭葉に異常放電が広がっていったときの発作症状自体も曲解を招きます。発作は視覚刺激で起きるわけですから、「変なものがみえた」「目の前がみえなくなった」と訴えても、視覚発作とはみなされない可能性があります。「変なものをみて」いて、その後、「覚えがなくなって」「全身がけいれんした」と誤解される恐れがあるのです。こんな具合にして、全般発作と誤診されていた部分発作症例も随分あっただろうと推測されます。
さらに、偏頭痛と勘違いされる恐れもありました。偏頭痛では「目がチカチカする」といった視覚症状が前兆として先行することがあります(日本人では少ないとされていますが)。その後、頭痛、吐き気、嘔吐が現れるので、光過敏性後頭葉発作は、偏頭痛と片付けられる可能性もあるのです。
また、後頭葉発作と認識されても、こんどは、光感受性発作とは気づかれない可能性があります。光感受部分発作の存在が十分に認識されていないために、テレビ画像で発作が誘発されたにもかかわらず、たまたまテレビを見ていて後頭葉起源の部分発作を起こしたと勘違いされてしまう恐れがあるのです。
ところが、前にいいましたように、1980年代後半から、光刺激によって誘発される部分発作が結構多く、しかも、そのほとんどが後頭葉起始の発作だという報告が増えてきました。皮肉なことに、光感受性発作のほとんどは全般発作という表が載っていた例の1994年発刊のハーディングの「光感受性発作 第2版」が、そのことを如実に表しています。この第2版の序文は先程述べたようにフランスのてんかん学の大家アイカルディ書いていますが、その序文の中に「光刺激は強直間代発作、欠神発作、ミオクロニー発作のみならず、部分発作、とくに、後頭葉起始の部分発作を誘発しうる。この部分発作は最近の文献で報告数が増えている」という一節があるのです。事実、この第2版が出版される少し前、イタリア、フランス、オーストラリア、アメリカの共同研究が光感受性発作の17%は部分発作であり、そのほとんどはヤスパーがいうように後頭葉起源であるという報告をしていました。また、それより前、日本からも発作時脳波が記録された光過敏性発作の2割近くが後頭葉起源の部分発作だという論文が出ていました。つまり、光過敏性部分発作はけっしてまれではなく、2割近くあり、そのほとんどは後頭葉起源の発作だということが報告され始めていたのです。
ポケモン事件はそのことを裏付けました。しかも、部分発作がまれではないどころか、小児では全般発作よりも多い可能性を示していたのです。
ポケモン発作で部分発作と考えられた発作の始まりは、「光るものがみえた、頭が痛いといって吐きはじめ、目が右に寄った」、「頭痛を訴えたあと、何かがいる、といって眼球が、上転、嘔吐」、「『目が見えない』といって泣いて母親のところへきた」といった具合で、ほとんどの例で視覚症状が先行していました。これは、異常放電が後頭葉から始まっていることを示しています。そして、愛知県の調査では、後頭葉起源の部分発作を起こしたと考えられる人が半数を超えていました。
愛知県の調査において、このように、かなりの症例で後頭葉から始まる部分発作が特定できたのは、アンケート調査で本人、目撃者、医師にできるだけ詳しく発作症状を書いてもらい、それを、てんかん発作に詳しい複数の専門医が個別に判断したおかげでした。
しかし、もう一つポイントがあります。
それは、発作症状が順序だって書かれていたことです。
9歳男児 てんかんの既往なし 「『光るものがみえた、頭が痛い』といって吐きはじめ、目が右に寄り、呼んでも答えなくなった」 |
これは、愛知県の調査でアンケート用紙に書かれていた症状の一例ですが、光るものがみえた、という視覚症状が現れ、頭痛を訴え、その後、嘔吐し、眼球が偏移し、意識が消失して反応性がなくなったことが分かります。そして、これだけで、図16で示した、異常放電が後頭葉から始まって、側頭葉に広がっていく様が思い浮かびます。
一方、実態班調査でおこなわれたアンケートでは、「9 あなたは、どんふうにぐあいがわるくなりましたか。次の中からあてはまるものをいくつでもえらんでください」という質問項目があって、そのなかに「はきけがした」、「きもちがわるくなった」といった項目があり、それをチェックするようになっていました。その中には、「目がいっしゅん見えなくなった」「目が上にあがってしまった」「まわりのことがわからなくなった」という項目も含まれていたのですが、しかし、チェックされた項目を単純に集計するだけで、それ以上の解析はなされていません。各項目の症状間の関連は一切検討されていないのです。これでは、「はきけがした」、「きもちがわるくなった」といった症状がどのような順序で出現したのかは分かりません。本来、一つの症状だけを取り上げて病態を解明することはできないはずですが、どういうわけか実態班ではそれが考慮されていませんでした。そして、そのことが「車酔い説」につながっていったのです。
しかし、繰り返しになりますが、「車酔い」を思わせる症状は後頭葉を起源とする部分発作で説明可能でした。発作症状を順序だって聞き取った愛知県のアンケート調査はそのことをはっきりと示しています。
ところで、愛知県でのアンケート調査では、発作型にかんして、もう一つ興味深いことがわかっています。
部分発作の割合が、年齢と共に減っていたのです(図18)。6歳以下では80%以上だった部分発作の割合が12歳を超えると40%以下になっていました。

図18 ポケモン事件時の年齢別発作型6歳未満(<6Y)では全般発作が20%以下だが、年齢と共に全般発作の比率があがっている(Takada et al. Epilepsia 1999)。 |
理由は分かりません。
ただ、一つだけ、思い当たることがあります。脳に何も異常のみられない小児にみられる特発性てんかんは、小さい頃は、中心中側頭部焦点を有する小児良性部分てんかん(ローランドてんかん)のような部分てんかんが多いのですが、思春期に入ると、そうした部分てんかんが影を潜め、代わって、若年性ミオクロニーてんかんのような全般てんかんが多くなります。
光過敏部分てんかんでも、これと類似した現象が起きている可能性をこの図18のグラフは示しています。
若年性ミオクロニーてんかんは前にも述べましたように、光過敏性がみられることの多い思春期発症の特発性てんかんです。これに対し、ローランドてんかんと同時期に発症する光過敏性部分発作を主症状とするてんかんは、これまで、あまり知られてきませんでした。しかし、1995年、イタリアとフランスの共同研究で、小児期発症の特発性光過敏性後頭葉てんかんの存在を示唆する報告がなされました。発症年齢は5歳から17歳、平均11歳で、愛知県で部分発作がみられた年齢層と重なります。精神運動発達は正常で、発作はローランドてんかん同様、比較的容易にコントロールされています。この特発性光過敏性後頭葉てんかんがローランドてんかんのように思春期に入ると発作も脳波異常もなくなるかどうかはまだ分かっていません。しかし、若年性ミオクロニーてんかんよりも発症年齢が低いことは確かで、この特発性光過敏性後頭葉てんかんが愛知県の調査でみられた部分発作群を形作っていた可能性は高いだろうと思われます。
発作型 | 焦点感覚性視覚発作、両側性強直間代発作に進展することがある チラつく太陽光のような光刺激で誘発される。 |
脳波 | 閉眼、間歇性光刺激によって誘発される後頭部もしくは全般性棘波、棘徐波、多棘徐波 |
発症年齢 | 4-17歳 |
発症時神経学的異常 | なし |
画像検査 | 正常 |
表4 光過敏性後頭葉てんかん(Specchio N. et al (2022)) |
その後、国際抗てんかん連盟は特発性光過敏性後頭葉てんかんを光感受性後頭葉てんかんという名でてんかん症候群の一つに含めました。ただし、症候群としてはまれという位置づけで、小児てんかんの0.7%を占めるにすぎないだろうと試算されています(ポケモン事件の時の結果からみると、潜在性のものも含めるともっとありそうですが)。光やテレビ画像で誘発される視覚発作が主な症状で、幼少児では視覚症状をうまく表現できないことがあるものの、頼むと絵に見えたものを描いてくれることがあるということです。発作開始時には視覚発作に加え、その異常な視覚を追いかけるような頭の回旋などがみられることがあり、頭痛を含めた頭の違和感、上腹部の違和感、嘔吐など自律神経症状も出現、ついで、意識が遠のき、両側強直間代発作に発展することもあります。正常発達の小児にみられ、発症年齢は4-17歳、平均11歳ですが、成人してから類似の症状で発症する例もまれにあるようです。間欠期脳波では間歇性光刺激によって誘発される棘徐波、多棘徐波が全般性、もしくは、後頭部に限局してみられます。発作時脳波が捉えられると、後頭部に限局する律動波が認められ、しばしば、対側の後頭部や同側の側頭部に広がっていきます。MRIを含めた神経画像には異常を認めません。約3分の1でてんかんの家族歴を認めますが、責任遺伝子はわかっていませんし、遺伝的に特発全般てんかんなどの他のてんかん症候群とのオーバーラップも指摘されています。
抗てんかん薬の効果
ポケモン事件で発作を起こした人の約4分の1はてんかん発作の既往があったわけですが、その中には、当然、抗てんかん薬を服用していた人もいました。例のポケモン映像はそうした薬の抗てんかん作用を突き破るようにしててんかん発作を引き起こしていたわけですが、しかし、抗てんかん薬が全く効かなかったわけではありません。少なくとも、発作を「軽く」していた可能性はあります。神経細胞の発火、すなわち、てんかん発作の開始は止めることができなかったとしても、異常電流が脳全体に広がっていくことをある程度、阻止していたと推測されるのです。
表1でお示しした発作症状の実例をみていただくと分かりますが、単純部分発作から強直間代発作に移行した例、複雑部分発作がみられた例は、てんかんの既往がなく、当然、てんかんの薬も飲んでいませんでした。一方、単純部分発作、ミオクロニー発作だけがみられ、意識消失に至らなかった例の多くは抗てんかん薬を服用していました。もちろん、すべてがこのように分かれるわけではありません。抗てんかん薬を飲んでいなくても意識消失に至らなかった例もあれば、服用していても意識消失に至った人もみえました(私が事件の翌日診た患者さんもそうでした)。しかし、全体としては、抗てんかん薬を服用している人は発作が「軽い」傾向がみられました。
表5 ポケモン事件における無熱時発作の既往がある例の発作症状と抗てんかん薬服用と関連 |
けいれん発作 | 意識減損発作 | 視覚発作 | その他 | |
服薬群(40) | 17 (42.5%) | 8 (20.0%) | 6 (15.6%) | 8 (20.0%) |
未服薬群(12) | 11 (91.7%) | 1 (8.3%) | 0 | 0 |
全国調査でもてんかんの既往があり薬を飲んでいた人たちは、意識減損発作や視覚発作が多く、全身のけいれん発作がみられたのは半数以下(42.5%)でした。一方、薬を飲んでいない人のほとんどが(91.7%)けいれん発作を起こし、視覚発作はみられていません(表4)。愛知県のアンケートでも、部分発作は抗てんかん薬を飲んでいる人に多くみられていました(52% 対 21%)。薬が発作の進展を食い止めていたことがよく分かります。
こうしたことは、発作が部分発作の場合だけにみられる現象です。このことからも、ポケモン事件では部分発作が少なくなかったことが類推できます。
3D映像はどうか?
さて、最後に、3D映像について、すこし、触れておきます。
「アバター」以降、3D映像の映画が沢山上映されるようになりました。立体的な迫力ある映像が迫ってくるので、視覚的にはかなり刺激的です。このため、こうした3D映画がてんかん発作を誘発しやすいのではと心配される方もみえるかもしれません。
しかし、結論から言いますと、これは、杞憂にすぎません。
なぜかといいますと、光感受性発作は、二つの目が同時に刺激されたときだけ起きるからです。たとえば、以前述べた脳波検査における点滅閃光刺激でも、両目を刺激すると光誘発反応がみられるのに、一つの目を蔽って、片方の目だけを光刺激すると、光誘発反応は現れません。その理由はよく分かっていません。後頭葉視覚野には両眼を刺激されると反応を示す両眼視細胞という細胞がたくさんありますが、この両眼視細胞が光感受性に深く関わっているのであろうとの推測がなされているのですが、十分な証拠はまだ集まっていません。
しかし、その機序はともかく、このことは、光感受性発作対策に活用できる可能性があります。
たとえば、晴れた日に林道などを車で通過すると、間歇的に木の間から射し込む太陽光で、目がちらつくのを経験されたことがあると思います。あれは、まさしく脳波検査の時の光刺激と同じ点滅刺激で、光感受性のある患者さんは、発作を起こしてしまう恐れがあります。そういうとき、万が一車を運転していたら、両目を蔽うことはできないでしょうから(もちろん、すぐに車を停止すべきですが、それもできないとき)、とりあえず、片目を蔽うといいでしょう。発作が起きる可能性はぐんと減るはずです。前に述べた、「チラチラするような画面では片目を手でおおう」という「子どものテレビのみかた」の注意書きも同様の原理による予防対策を述べていたわけです。
3D映画では、2つの目にすこし異なった映像を送り込んで、あたかも立体像が目の前にあるかのように脳に錯覚を起こさせています。つまり、両眼が同時に同一の視覚情報を得ているわけではありません。ですから、光感受性発作は起こらないだろうと予想されるのです。
ただし、実態調査班報告書が指摘した「乗り物酔い様の症状」にかんしては、話が別かもしれません。3Dというリアルな映像は視覚情報として強力ですから、そこにちょっとした思いがけない動きが混じれば、通常の2D(平面)映像よりも「乗り物酔い様の症状」を引き起こしやすい可能性はあるかもしれません。
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