内容
失神および無酸素性発作
起立性失神(立位不耐性失神Orthostatic intolerance syncope)
泣き入りひきつけと反射性無酸素性発作Breath-holding attack and reflex anoxic seizure
過換気症候群Hyperventilation syncope
バルサルバ(息こらえ)反応Valsalva response
強制的上気道閉塞:代理によるミュンヒハウゼン症候群(代行性ほらふき男爵症候群、作話てんかんfictitious epilepsy)
自己満足動作(自己刺激動作)Self-gratification
心因性非てんかん発作(偽発作)Psychogenic non-epileptic seizures (PNES) 1
睡眠関連疾患
睡眠関連律動運動Sleep related rhythmic movement disorders 1
良性新生児睡眠時ミオクローヌス Benign neonatal sleep myoclonus 1
周期性四肢運動障害periodic limb movement disorder 1
発作性運動非誘発ジストニア(DYT8ジストニア)Paroxysmal nonkinesigenic dyskinesia
発作性運動誘発ジストニアParoxysmal kinesigenic dyskinesia
小児突発性強直性眼球上転 Benign paroxysmal tonic upgaze. 1
反復発作性運動失調症Episodic Ataxia (EA)
小児交互性片麻痺Alternating hemiplegia
オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群Opsoclonus-myoclonus syndrome
視覚前兆を伴う偏頭痛Migraine with visual aura
家族性片麻痺性偏頭痛Familial hemiplegic migraine. 1
良性発作性斜頸 Benign paroxysmal torticolli
良性発作性めまいBenign paroxysmal vertigo
痙攣性運動を伴う遷延性非てんかん性もうろう状態Prolonged nonepileptic twilight state with convulsive manifestations 1
良性乳児ミオクローヌスと身震い発作Benign myoclonus of infancy and shuddering attacks
非てんかん性頭部落下Non-epileptic head drop
頭蓋内圧亢進Raised intracranial pressure. 1
発作性激痛症Paroxysmal extreme pain disorde
非てんかん発作と間違われやすいてんかん発作――前頭葉発作の身振り自動症(運動亢進発作)
はじめに
突然、何らかの症状が始まり、一定時間続いた後、消失する現象を発作といいます。
発作はさまざまな原因で起きます。
てんかん発作はその原因の一つにすぎません。ところが、発作がみられると、たいてい鑑別診断の筆頭に挙がってくるのがてんかん発作です。てんかん発作はどの年齢層にもみられますし、発作症状も多彩で、そして、なによりも発生頻度が高いためでしょう。
しかし、そのために、てんかん発作ではない発作までが、てんかん発作と勘違いされることになります(てんかん発作と誤診される率が23%から41.9%に上るとのイギリスからの報告があります)。事実、てんかんを専門とするクリニックや病院やに『難治てんかん』として紹介された症例の多くが、実際にはてんかん発作ではなかったとの報告もあります。
本章ではてんかん発作ではない「発作」について述べようと思います。しかし、発作をきたす疾患あるいは病態は数限りなくあります。それを全て説明するのは不可能ですし、そんなことをすれば、逆に、何が何だか、わけがわからなくなってしまいます。そこで、ここでは、てんかん発作と誤診されやすい「てんかん発作と似て非なる」発作、病態に対象を絞り、そのうちの代表的なものに限定してお話させて頂きます。
問診
しかし、その前に、発作性疾患における問診の重要性について改めて強調しておきたいと思います。
医者といえどもてんかん発作を実際に目撃できる機会はめったにありません。救急外来は別ですが、一般の外来では、発作を主訴に受診される患者さんのほとんどが、診察室にいらっしゃるときには発作が収まっていて、普段とほとんど変わらない状態です。もちろん、それでも、一応、発作に関連した徴候がないか診させてはいただきます。さらに、頭部MRI、CTなどの神経放射線画像検査、脳波、血液検査などの臨床検査を行うこともあります。しかし、発作の診断という面からいえば、そうした診察所見、検査所見は間接的なものです。影を見ているようなもので、発作そのものを示しているわけではありません(脳波検査時、偶然、発作がおきて、発作中に脳波が記録されれば話は別ですが)。発作の診断は、発作と発作前後の状況をご本人と発作を目撃した人から可能な限り聞きだすことによってしかできません。発作の診断は、問診によってのみ可能であるといっても過言ではありません。
ところが、てんかん発作に習熟していないと、脳波やMRIなどの「客観的な」臨床検査、画像検査のほうに目がいってしまい、発作症状の問診がおろそかになりがちです。医者に成り立ての頃は私もそうでした。てんかん診療の経験が乏しく、発作症状を充分聞きだす知識も知恵も備えていない医者は、どうしても検査に頼りがちです。そして、これが誤診の最大の原因になります。明らかなてんかん発作はないにもかかわらず、脳波に「てんかん放電」がみられるという理由だけからてんかんと診断されるといった事態を招いてしまうのです(じつは、「経験のある医者」でもその恐れがあります。2001年、英国では、ホールトンという小児神経科医(無資格)が10年以上にわたって頭痛や行動異常の小児618例をてんかんと誤診、500例に抗てんかん薬を処方していたことが判明し、訴訟騒ぎになっています)。臨床検査、画像はあくまでもてんかん発作の補助診断にすぎません。
このように、発作性疾患の診療においては、問診が出発点であり、終着点でもあります。
てんかんの診療に限りませんが、問診でもっとも重要なのは、充分、時間をとることです。しかし、忙しく騒然とした外来診療では、これは、至難の業です。診療を待ってみえる待合室の患者さんの多さ(予約制の場合は、予約時間内に終わらなければならないというプレッシャー)に追い立てられ、時間を確保することがなかなかできません。しかし、時間に余裕がないと、充分に話を聞くことができません。すると、医者は自分の考えを押しつけ、患者さんやご家族のおっしゃる内容を誘導し、間違った情報を得ることになります。
これも、以前述べたことですが、問診においては、医学用語を避け、なるべく日常の言葉で発作内容を話していただくことも大事です。医者のほうも、話していただいた内容を具体的に記載するよう心がけなければなりません。
たとえば、意識の有無についても「声をかけても反応がなかった」といった具合に、話された内容をそのまま書き留めるべきです。医者が「意識がありましたか?」と尋ね、患者さんや患者の家族の方が「なかった」と答えられ、診療録には「意識(ー)」と記載されるといったことが実際の診療の場では結構あります。しかし、てんかんの診療としては、これは、失格です。なぜなら、これでは意識の有無をどのように確認したかわかりませんし、意識があったかどうか検証もできません。
けいれん症状についても、「強直発作」といった「医学用語」を使うことが誤解のもとになることは、以前お話しました。「つったように手足を伸ばして硬直させ、体を折り曲げ、目は上を向いていた」といった具合に具体的な症状を話していただき、医者のほうも、それをそのまま記載することが望ましいのです。
てんかん発作では発作の始まりがもっとも大事です。このため、「発作が始まる前に発作が来そうだとわかりますか」という質問を私は必ずするようにしています。患者さんやご家族は、四肢の強直、間代などの「派手な」運動症状、あるいは、「目がうつろ」になって「反応がなくなる」といったような意識消失に目がいってしまいがちです。そうした症状が心配をかき立てるのですから、当然です。しかし、そのために、こちらからお聞きしないと、視覚症状などの感覚性単純部分発作や前兆などの「軽微な」「どうでもいい」症状はなかなか話してくれません。ところが、四肢の痙攣といった派手な症状より、視覚症状などの軽微なものの方がてんかん発作の診断においてはずっと大事です。それが異常放電の始まる脳の位置を指し示しているかもしれないからです。しかも、発作の始まりから発作症状を順序立てて聞くことができれば、ある皮質にてんかん発射が出現し他の皮質へ拡延していく有様をありありと思い浮かべることができるかもしれません。そうなれば、しめたものです。てんかん発作の診断はついたも同然です。そのような症状の進展は、てんかん発作以外には考えられませんから。
もちろん、欠神発作やミオクロニー発作のような全般発作ではそのような発作の進展はみられません。しかし、その場合でも、発作症状を発作の始まりからきちんと聞かなければ、欠神発作やミオクロニー発作などの診断ができないことに変わりはありません(前触れもなく突然始まる発作だという意味で)。
問診による発作の確認は初診時にも必要ですが、なかなか発作がコントロールされない「難治てんかん」の場合も大切です。初診時から数か月、数年を過ぎると、医者の方も、時間に追われ、問診内容が発作の有無の確認のみに終始し、肝心の発作内容を聞くことを怠りがちになります。しかし、きちんと確認せずにいると、患者さんや保護者の方が把握している発作内容と、医者が理解している発作内容がずれてしまうおそれがあります。発作を繰り返すときこそ診療内容を見直すチャンスです。面倒でも、発作の内容をその都度伝えてください。そうすれば、間違いも少なくなります。
もちろん、問診だけで100%正確な鑑別ができるというわけではありません。神ならぬ身ですから、どんな名医でも誤診ゼロということはありえません。しかし、問診を軽視し、臨床検査や画像検査などの「客観的な科学的証拠」へ過度に依存すると、誤診率はさらに高まります。100%の正解はえられないということを念頭に置きつつ、なるべく正解に近づけるよう、診療のたびごとに発作内容をきちんと確認する努力を怠らないことが大事です。どうしても判断がつかないときには、脳波―ビデオ同時記録で「発作」が本当にてんかん発作なのか確認する必要がでてくることもあります。脳波-ビデオ同時記録をきちんと行うことができる病院はそれほど多くありませんから、必要があれば、てんかんセンターのような専門施設に評価をお願いすることになります。
フランスのてんかん学の大家、アイカルディは「てんかん発作と非てんかん発作の鑑別は理論上も実際上も難しいが、経験豊富な臨床家は発作を見ただけで、いや、それどころか問診だけで、てんかん発作の匂いを嗅ぎ分けるものだ」と書いています2。アイカルディのような大家だからこそ言える言葉で、わずかな経験だけでそのような域に達したと思いあがるのは危険ですが、日々の診療において発作内容を誠実に聞き出す訓練を繰り返し、そうした域に達するよう努力することが医者としては大事だろうと思います。
発作分類
どのようなてんかん発作症状があるか把握しておくことが、問診を行う上での前提条件です。
てんかん発作には多彩な症状がみられますし、部分発作ではとくにそれが顕著です。しかし、正常な生理現象の様相は無限ですが、異常現象は限定的です。このことは、てんかん発作についても当てはまります。てんかん発作の多岐にわたる多彩な症状も、共通点を拾いだせば、限定された範疇に分類することがある程度可能です。
てんかん発作にかんしては、いままで、さまざまな分類法が提唱されてきました。しかし、現在までに日本も含め世界中で広く受け入れられてきたてんかん発作分類は、1981年にとり決められた国際てんかん発作分類です3-4 (2017年に国際てんかん連盟から新たな分類、「ILAE2017年発作型操作的分類」5が提案され、今後はこの分類が広まる可能性がありますが、「てんかんとは何か」でも説明しましたように、提案がなされてから日が浅く、てんかんに関する概説書でも十分には取り上げられていないので、ここでは旧分類にそって説明します)。この分類は2分法を基本にしています(表1)。想定されるてんかん発射が部分起始(部分発作)か左右対称性起始(全般発作)かで2つに分け、このうち、部分発作については、発作中の意識消失があるかないかで、さらに2つに分けます。この国際てんかん分類はてんかん発作に関する世界共通言語といってもいい分類です(でした)。その具体的内容については「てんかんとは何か?」でご説明いたしましたので、ご確認してください。ご自分の(ご家族の)発作の発作分類については、それがどういう位置づけにあるのか知っておくためにも、担当医に一度確認されるといいでしょう。
ただし、国際てんかん発作分類といえども、あくまでも人為的なものにすぎません。これによっててんかん発作をすべて、もれなく分類できるわけではありません。どれに入れていいのか判断に困る発作もあります。それに、十分な発作情報が得られていないときには、当然、分類は不可能です。ところが、分類に囚われ、目撃された発作内容を分類に無理矢理当てはめようとして、実際の発作を歪んだ眼鏡でみてしまうということがときとしてあります。それでは、本末転倒です。国際分類を参考にしながらも、実際のあるがままの発作症状を検討して、発作の位置づけを決定することが大事です。
表1 ILAEてんかん発作分類1981年改訂3
部分(焦点、局所)発作 | 全般発作 |
単純部分発作 運動徴候を呈するもの: マーチを示さない焦点運動発作、 マーチを示す焦点性運動発作 (ジャクソン発作)、偏向発作、姿勢発作、 音声発作 体性感覚あるいは特殊感覚症状を呈するもの: 体性感覚発作、視覚発作、聴覚発作、 嗅覚発作、味覚発作、幻暈発作 複雑部分発作 単純部分発作で始まり意識減損するもの 単純部分発作で始まり意識減損するもの、 自動症を伴うもの 意識減損で始まるもの 意識減損のみのもの 自動症を伴うもの 部分発作から二次性に全般化するもの 単純部分発作が全般発作に進展するもの 複雑部分発作が全般発作に進展するもの 単純部分発作が複雑部分発作を経て全般発作へ進展するもの | 1. 欠神発作 1. 定型欠神 2. 非定型欠神 2. ミオクロニー発作 3. 間代発作 4. 強直発作 5. 強直間代発作 6. 脱力発作(失立発作) |
分類不能てんかん発作 | |
情報が上十分な発作、分類に適合しない発作 新生児発作、律動性眼球運動、咀嚼運動、 クロール様運動などを含む |
表2 ILAE 2017年発作型操作的分類–拡張版-5
焦点起始発作 | 起始不明発作 | ||
焦点意識保持発作 | 全般運動発作 強直間代発作 間代発作 強直発作 ミオクロニー発作 ミオクロニー強直間代発作 ミオクロニー脱力発作 脱力発作 てんかん性スパズム 全般非運動発作(欠神発作) 定型欠神発作 非定型欠神発 ミオクロニー欠神発作 眼瞼ミオクロニー | 起始不明運動発作 強直間代発作 てんかん性 スパズム 起始不明非運動発作 動作停止発作 | |
焦点起始運動発作 自動症発作 脱力発作 間代発作 てんかん性スパズム 運動亢進発作 ミオクロニー発作 強直発作 焦点非運動起始発作 自律神経発作 動作停止発作 認知発作 情動発作 感覚発作 | |||
分類不能発作 | |||
焦点起始両側強直間代発作 | |||
1981 年から 2017 年発作型分類への変更点 1.「部分(発作)」から「焦点(発作)」へ変更 2.一部の発作型は、焦点起始発作、全般起始発作、起始不明発作のいずれにも分類されうる。 3.起始不明発作でもさらに分類しうる特徴を示す場合がある。 4.意識(awareness)を焦点発作の分類要素として使用する。 5.認知障害(発作)、単純部分(発作)、複雑部分(発作)、精神(発作)、二次性全般化(発作)という用語を廃止した。 6.焦点発作型に、自動症発作、自律神経発作、動作停止発作、認知発作、情動発作、運動亢進発作、感覚発作、焦点起始両側強直間代発作を新設した。 7.脱力発作、間代発作、てんかん性スパズム、ミオクロニー発作、強直発作は、焦点起始と全般起始のどちらにも起こりうる 。 8.全般発作型に、眼瞼ミオクロニーを伴う欠神発作 、ミオクロニー欠神発作、ミオクロ二一強直間代発作、ミオクロニー脱力発作、てんかん性スパズムを新設した。 |
発作をビデオで撮影してくださる方がいらっしゃいます。これは、診断の上で大変参考になります。しかし、せっかく撮ってきてくださったビデオ映像ですが、診断の決定打になるかというと、必ずしもそうとはいえません。家庭でとられた発作ビデオは問診でお聞きする発作内容を補完する一手段ぐらいに考えていただいたほうがいいと思います。なぜかといいますと、発作を捉えたビデオを見ただけで、てんかん発作かどうかを判断し、発作型を決定するのは思った以上に難しいからです。
かつて、米国のクリーブランドで開かれた小児てんかんにかんする国際シンポジウムで、国際的に有名な臨床てんかん学者数人が、壇上で発作症状を収録した(ビデオと同時記録したはずの脳波は提示されていない)ビデオをみさせられ、てんかん発作か否かを当てるゲームが行なわれたことがあります。回答者は、世界に名だたる、そうそうたるメンバーだったにもかかわらず(ただし、ほとんどが欧米人で、残念ながら、日本人はいませんでした)、正解率は50%以下でした。ゲームですし、診断困難な紛らわしい発作ばかりだったせいもあるでしょうが、発作時脳波所見がわからなければ、発作ビデオをたった一回きりみせられても、経験豊富な臨床医といえども正確な判断が下せないことがよく分かります。ビデオも、問診で得られる情報を含めた総合的な判断を伴わない限り、診断価値が低下します。
脳波
画像診断、生理情報解析技術が長足の進歩をとげた現在にあっても、脳波はてんかんの診断、経過観察のための検査として揺るぎない主役の座を占めています。しかし、脳波は、発作を疑うエピソードがある患者に対して、それが本当にてんかん発作であるかを判断するための補助手段にすぎません。脳波は重要な検査ですが、脳波の限界を理解しておくことも大切です。
通常、脳波という場合、発作がない状態で記録される発作間欠時脳波のことを指します。しかも、記録されるのは、頭皮上に置かれた電極から記録する頭皮脳波です。てんかん外科の術前検索に用いられる頭蓋骨直下の硬膜下電極や脳実質内に刺し込んだ深部電極によって記録される脳波と違い、頭皮脳波では脳の電気信号が分厚い頭蓋骨によって減衰させられます。しかも、頭皮脳波は立体的な脳のうち、主として頭蓋骨に接した部分の脳の電気活動しか反映していません。一般的な電極配置では、皮質の3分の1の電気活動しか記録できないとされています。このため、単純部分発作のように異常放電が脳のほんの一部に限局している場合や、内側(あるいは、脳底部)前頭葉発作のように頭皮脳波電極からかなり離れた部分で異常放電が発生した場合、発作時脳波でさえ異常が全くみられないことがあり得ます(図1)(ただし、深部電極でも、頭皮脳波のようなアーチファクト(動きなどによる雑音信号)は少なく、電気活動も減衰しないものの、電極が刺さっている周囲の神経組織の電気現象を拾っているにすぎない(トンネル視(tunnel vision)といいます)ため、やはり、限界があります)。
このため、典型的なてんかん発作が頻発している場合でも発作間欠時脳波で全くてんかん放電が見られないことも珍しくありません。
逆に、てんかん発作が全くない人にも、脳波上、てんかん放電がみられることもあります。健康小児の数パーセントに機能性局在性てんかん棘波がみられるのは、その代表例です。このため、てんかん以外の発作性疾患の患者さんの脳波に偶然てんかん放電が見られたために、てんかんと誤って診断されるおそれがあります。
このように、脳波上てんかん放電がないからといっててんかんではないとはいえませんし、逆に、脳波上「てんかん放電」がみられるからといって、てんかんとはいえません。実際にてんかん発作の既往があるかどうかが問題なのであって、脳波はあくまでも補助診断にすぎません。

図1 笑い発作の発作時脳波 5歳男児
身体がゆっくり右の方に傾いていって、笑っているように顔がひきつる発作がみられたが(一本矢印が発作開始を示す)、脳波上、てんかん発射を示唆する律動波はみられず、発作間欠時にみられた焦点性棘波が引き続き出現していた(二本矢印)。
非てんかん発作
非てんかん発作は数限りなくあります。これを何とか分類しようと、さまざまな試みがなされてきましたが、ここではILAEがDiagnostic Manualの中で「てんかん模倣症Epilepsy imitators」として列記している疾患、病態を参考にご説明したいと思います(ただし、日本の実情に合わないところは一部変更しています)。しかし、これで全てがカバーされているわけではありません。それに、非てんかん発作を全て記憶して鑑別することは専門家にとっても不可能ですし、すべて記憶しておかなければ非てんかん発作とてんかん発作の鑑別ができないというわけでもありません。
ここでも必須事項は患者さんの体験談と発作を観察された方の目撃談です。さらに、「発作」を誘発するもの、「発作」が起きたときの状況、「発作」後どうなるかという情報も鑑別に重要です。先に述べたアイカルディは、注意深い、詳細にわたる病歴聴取が正確な鑑別診断の基盤であり、偏見に囚われないデータが何よりも必要とされる、と書いています。(ついでながら、アイカルディは、医者や看護士などの医療関係者は、発作がどうあるべきかという妙な偏見をもっているので、一般の人の発作観察より当てにならないことがある、ともコメントしています。医療関係者にとって耳に痛いコメントですが、肝に銘じておくべき言葉だと思います)。
さて、これから非てんかん発作をもたらす疾患、病態をいくつか述べますが、すでに申しましたように、これで全てというわけではありません。非てんかん発作は無数にあります。そのうちのいくつかの疾患を通して、どのようにしててんかん発作と非てんかん発作を鑑別するのか、その基本方針だけでもご理解いただければと思います。
表3 てんかん模倣疾患 Epilepsy Imitators ILAE EpilepsyDiagnosis.org Diagnostic Manual 一部改変 https://www.epilepsydiagnosis.org/epilepsy-imitators.html 2022年10月24日閲覧 | |
1.失神および無酸素性発作 a) 血管迷走神経失神 b) 起立性失神(立位不耐性失神) c) QT延長症候群と心原性失神 d) チアノーゼ発作 e) 泣き入りひきつけ f) 反射性無酸素性発作 g) 過呼吸失神 h) 強迫性バルサルバ(息こらえ)反応 i) 強制的上気道閉塞 j) 神経原性失神 2.行動異常、精神障害、精神病 a) 夢想/注意散漫 b) 自己満足動作 c) 直観像没入 d) かんしゃく e)体外離脱状態 f) パニック(不安)発作 g) 解離状態 h) 捏造・偽造疾患 i) 精神病の幻覚症状 j) 心因性非てんかん発作(PNES) 3.睡眠関連疾患 a) 睡眠関連律動運動 b) 入眠期ミオクローヌス c) 睡眠時随伴症(睡眠時異常行動) d) レム睡眠行動障害 e) 良性新生児睡眠時ミオクローヌス f) 周期性四肢運動障害 g) ナルコレプシー | 4.突発性運動疾患 a) チック常同症(常同運動) b) 遺伝性ジストニア ① 発作性運動誘発ジストニア ② 発作性運動非誘発ジストニア c) 小児突発性強直性眼球上転 d) 反復発作性運動失調症 f) 小児交互性片麻痺 g) 過剰驚愕症(びっくり病) h) オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群 i) サンディファー症候群 5.偏頭痛関連疾患 a) 視覚前兆を伴う偏頭痛 b) 家族性片麻痺性偏頭痛 c) 良性発作性斜頸 d) 良性発作性めまい e) 周期性嘔吐 6.発熱関連疾患 a) 熱性失神 b) 痙攣性運動を伴う遷延性非てんかん性もうろう状態 7.その他 a) 良性乳児ミオクローヌスと身震い発作 b) ふるえ(jitteriness) c) 非てんかん性頭部落下 d) うなずき痙攣spasmus nutans e) 頭蓋内圧亢進 f) 突発性激痛疾患 g) 脊髄性ミオクローヌス |
失神 syncope
脳に十分血液が届かなくなると脳機能が低下して意識が失われ、体の力が抜けて、倒れてしまいます。脳の血流障害によって起きるこのような一過性の意識障害と姿勢筋トーヌスの消失を失神syncopeといいます。神経細胞が異常興奮するてんかん発作とは、ある意味、真逆の現象です。脳の虚血は心臓が末梢血管抵抗に打ち勝って脳に血液を送りだすことができなくなると生じます。急激な血圧の低下で起きる失神はその代表例です。
失神は症状の進展順に3段階に分けられます。
脳虚血が3-4秒続くと、目の前がぼやけ、見えなくなり、耳鳴りがし、ふらつき、めまい、悪心を感じるようになります。顔が青ざめ、冷や汗をでて、嘔気がしますが、この段階では、まだ、意識がわずかに遠のくだけです。立ちくらみなどでこの症状を一度は経験された方も多いと思いますが、「失神」の大半はこの状態にとどまります。これを前失神状態(presyncope)といいます。
しかし、脳虚血状態が10秒以上続くと、この前失神状態に引き続いて、意識がさらに遠のき、目がつり上がります。たいてい、立っていられなくなります。臨床的にはこの状態を失神と呼んでいます。
表4 強直間代発作とけいれん性失神の鑑別 文献1改変 | ||
鑑別点 | 強直間代発作 | けいれん性失神 |
意識障害とけいれんの関係 | 同時に起きる | 意識消失後5-8秒後にけいれんが始まる |
持続時間 | 1-2分 | 通常30秒以下 |
顔色 | 赤紫色 | 灰紫色 |
動き | 律動的、両側同期性 | 非律動性、非同期性 |
発作後徴候 | 意識消失状態が10分以上持続 | 軽度で30秒以内に回復 |
誘発因子 | 直前にはみられないことが多い | 反射性誘発因子がみられることがある |
脳虚血状態がさらに進んで10秒を超えると四肢が硬直し、ピクつきも加わるようになります。ただし、このピクつきは間代発作のような律動性はなく、不規則です。口がピクつくだけのものから、全身が激しくピクつくものまでピクつきの範囲はさまざまですし、体のいろんな所がバラバラにピクつくこともあります。四肢、体幹が同期してピクつくてんかん発作の間代発作とはかなり様相が異なります。それでも、全身が硬直してピクピクするのですから、意識消失も含め、てんかん発作の強直間代発作と似通っているといえないことはありません。そのうえ、てんかん発作の時のように舌を噛んだり(失神の場合、舌の先、てんかん発作の場合、舌の側面を噛むことが多いといわれています)、失禁したりすることさえあります。このため、きちんと病歴を聞かないと「強直間代発作」があったと錯覚する恐れがあります。しかし、けいれん前に意識消失が5-8秒続いていること、発作後比較的速やかに意識を取り戻すことなどを手がかりに、非てんかん性の失神であることが、ある程度、推測可能です。とくに、発作後意識が素早く戻るかどうかは見分ける上で重要です。さらに、「けいれん」前のめまい、ふらつき、悪心などの前失神状態の症状に目をつけることも大切です。
けいれんにまで至る失神をけいれん性失神といいます。このけいれん症状は脳幹に比べて大脳皮質が虚血状態に対して敏感(脆弱)なために生ずると考えられています。この「敏感」性の差により短時間の虚血で大脳皮質の機能が低下する一方で、脳幹はまだ十分に機能しつづけます。すると、皮質による脳幹のコントロールが消失、四肢体幹の筋肉が勝手に収縮を始めるのだと考えられています。繰り返しになりますが、脳の神経細胞群が異常興奮して起きるてんかん発作とは機序がまったく異なります。
脳虚血による失神の主なものとしては、痛み、恐怖などの感覚刺激や感情の激変によってもたらされる反射性失神、急に立ち上がったときにみられる起立性失神、それから、心臓の不調による心原性失神があります。
血管迷走神経失神vasovagal syncope
失神のうちもっとも多いのが反射性の血管迷走神経失神です。痛み、恐怖、嚥下、咳、排尿、激しい腸管の動きなどによって自律神経のうち副交感神経(迷走神経)が優位となって血管が拡張し、心拍も低下、脳への血液供給が低下して、脳の機能が低下、ついには失神に至ると考えられています。
長時間、動かずにいることによっても、静脈還流が減って脳への血液供給が減って、反射性失神が起きやすくなります。そこで、体を仰向けに60~70度、20分以上傾けておいて血圧低下やめまい、頭痛などの症状が現れるかをみて、血管迷走神経失神を起こしやすい体質かどうかをみる、チルト(傾斜)テストという検査がかつては行われていました。しかし、症状の再現性に乏しいというので最近はあまり行われていません。それよりも、病歴をしっかり聞き、誘因の有無、症状を確認することのほうが診断への早道になります。
反射性の失神の一種に、さまざまな因子が複合的に絡まり合って失神に至る状況関連性失神があります。
たとえば飲酒後に起きる排尿失神。血圧が低めの若い健康男性がビールを大量に飲んだあとで一眠りし、尿意で目が覚め、トイレで排尿した時起きる失神です。排尿それ自体も副交感神経(迷走神経)を刺激しますが、睡眠、(男性特有の)突然の立位排尿、アルコールやベッドのぬくもりによる末梢血管拡張など複数の要因が失神誘発に関係しているものと考えられています。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=lF2TF5OUakI&t=44s (2023年1月25日閲覧)
起立性失神(立位不耐性失神Orthostatic intolerance syncope)
起立性失神は、いわゆる立ちくらみで、立位不耐性失神とも呼ばれます。やはり自律神経の不調が原因で血圧が下がり、脳への血液供給が低下します。急に立ち上がることが引き金となる点で反射性失神と似ていますが、その背景には神経疾患や薬の副作用が控えているので分けて考えます。起立性失神をもたらす神経疾患としては自律神経を司る神経細胞群が不調に陥る多系統萎縮症が有名です。一方、薬としては、前立腺肥大を治療するα1受容体遮断薬の副作用が代表的なものです。α1受容体は交感神経が作動する標的で、これを遮断すると副交感神経優位となり、前立腺や尿道の筋肉が緩んで排尿が楽になります。しかし、α1受容体遮断薬は高血圧の治療にも使われるぐらいで、副作用として血圧が低下し、起立性低血圧が起きやすくなってしまうのです。立ち上がることで収縮期血圧が20mmHg以上、もしくは拡張期血圧が10mmHg以上低下したり、収縮期血圧が90mmHg以下になったりすると、起立性失神が引き起こされる可能性が高くなります。
メモ 起立に関連した自律神経失調の分類
自律神経がうまく働かないため、起立に関連して、失神のみならず、めまい、頭痛、倦怠感などさまざまな症状が引き起こされることがあります。そうした症状の集まりは、国際的には起立不耐症、起立性調節障害、体位性起立頻脈症候群などといったさまざまな疾患名で呼ばれています。代表的なものが思春期のとくに女の子に多い起立性調節障害(Orthostatic Dysregulation OD)です。寝起きが不調で、食欲低下、全身倦怠感、頭痛、立ちくらみ(失神)がみられます。自律神経が本調子ではない起床後間もない朝に一番調子が悪くなるものですから、症状がひどいと、学校に通えない子も出てきて、日本の小児科領域では厄介な疾患として有名です。一方、欧州では起立性低血圧、起立性・血管迷走神経性失神、体位性起立頻脈症候群などが自律神経に関連した疾患として提唱されています。しかし、現在のところ、各国共通の国際分類はできていません。そこで、本稿では失神をキーワードとしたILAEの診断マニュアルに沿って説明しています。
心原性失神
心臓が原因となる失神、心原性失神の原因としては不整脈、大動脈弁狭窄、心筋症、先天性心疾患があります。いずれも死に直結することがあるので常に心にとどめておくべき病態です。このうち、不整脈に関しては、近年、薬や心臓ペースメーカーによって治療の上で格段の進歩がみられています。それだけに、なによりもまず、この病態を疑って、確定診断することが大切です。とくに、てんかんと間違われやすいと言われているQT延長症候群や心室頻拍症は頭に入れておく必要があります。ただし、幸いなことに、てんかん発作類似症状をきたす不整脈はきわめてまれです。たとえば、心臓が突然止まってしまう恐れのある疾患の代表例にRomano-Ward症候群がありますが、その発生頻度は1万人から1万5千人に1人といわれています
QT延長症候群
Romano-Ward症候群というのは心臓の心筋細胞への電解質の出入りをコントロールするイオンチャンネル機能が異常をきたして不整脈を起こす病気です。心筋細胞の電解質は心臓の調律に重要な役目を果たしています。電解質がきちんと細胞に出入りできないと、何かのきっかけで、心筋がでたらめに収縮するようになります。すると、心臓は十分な血液を送り出すことできなくなり、脳の血流が低下、失神、四肢脱力にいたります。最悪の場合、心臓の調律(拍動)が戻らず、突然死に至ることもあります。心電図における電気活動のマーカーであるQ波からT波までの間隔がイオンチャンネル機能異常によって伸びるため、QT延長症候群という名前が付いています(図2)。そして、この心電図異常所見が診断の糸口になります。

心電図
心電図は心臓の電気活動を示し、このうち、QRS波は心室の電気的興奮状態を反映し、T波はその興奮がおさまっていく過程を示している。

図2 心電図とQT延長症候群
QT延長症候群ではQRT波の立ち上がりQからT波の終わりまでの間隔が長くなる。心臓の調律に関与する細胞の電解質調整の異常を示す所見であり、何らかのきっかけで致死的な不整脈に至ることがある。
QT延長症候群はRomano-Ward症候群以外にもさまざまな原因で起きます(15種類の遺伝子変異が報告されています)。Romano-Ward症候群は先天性疾患ですが、先天性のものとしては他に、先天性ろうあを合併するJervell-Lange-Nielsen症候群があり、聾唖を合併しないRomano-Ward症候群とは区別されています。いずれも遺伝性疾患で、家族性発症が認められる点では共通していますが、なかには、先天性でありながら家族性発生のない散発例もあります。その場合には後天性のQT延長症候群との鑑別が問題となります。後天性原因によるものとしては薬の副作用、電解質異常などがあります。
QT延長症候群の主症状は失神ですが、脱力、突発的な意識混濁(混迷状態)からけいれん性失神に至ることが多く、きちんと症状が把握されないと、てんかん発作と間違われてしまいます。
私は、この病気の存在を知ってから、脳波上に記録された心電図を必ずチェックするようにしてきました。そして、それ以来、おそらく2万冊以上の脳波を判読してきているはずですが、いまだに、脳波からQ-T延長症候群を診断できた方はいません。結局、それほど、まれな病気なのです。それに、脳波で記録される心電図のみではQT延長症候群が診断できない場合もあります。それどころか、心電図のみに特化した一般的な12誘導心電図検査でも正確に診断することが困難な場合があります。ですから、脳波記録時の簡易な心電図記録のみでQ-T異常がみつけられるなどと軽信してはいけなかったわけです。やはりなんといってもご本人の訴え、観察された発作内容が大事です。きちんと発作情報が集まると、いくつか、てんかん発作では説明がつかない症状がみつかります。これらを参考にして、疑いがあれば、詳しく心電図を調べ、不整脈の専門家に診ていただくことになります。また、病型によっては運動、水泳、情動ストレス、騒音などの交感神経刺激、あるいは、逆に、安静、睡眠などで失神が誘発されることがあるので、これも、この疾患を疑う有力な手がかりになります。
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍
運動により心室頻拍、心室細動が誘発される疾患です。
心室頻拍、心室細動になると、心臓は電気的には慌ただしく活動するものの、心筋はきちんとした収縮ができず、心臓は空回り状態になってしまいます。このため、心室から十分な血液を送り出すことができず、ポンプとしての機能を喪失します。こうして、脳の血流が低下して失神、四肢の脱力をきたします。下手をすると、心停止をきたすこともあります。
この疾患の場合も、やはり、意識障害に加え、四肢の脱力がみられ、不注意に病歴を聞くと「異常運動と意識障害」を突発的にきたしたと勘違いしてしまい、てんかんと誤診するおそれがあります。
QT延長症候群とは違い、安静時の心電図は正常です。そのうえ、24時間心電図記録やマスター心電図のような負荷心電図をおこなっても、異常を捉えられないことがあります。発作症状から不整脈を疑ってそれだけ検査しても異常がみつからないのですから、発作の原因として、不整脈が鑑別診断から消えてしまうおそれが十分にあります。それだけに要注意の疾患です。
結局、不整脈を疑った場合、やはり、専門家に頼むしかありません。この疾患の場合、心電図を記録しながらの運動負荷を長時間行い(トレッドミル試験)、心室頻拍が誘発されることを確認するのが唯一の診断方法です。

図3 不整脈による脳虚血発作 8歳2か月女児
7歳1か月のとき、走っていて倒れ、顔を地面に打ったらしいが、本人は倒れたことを覚えておらず、目撃者もいなかった。5か月後、マラソン大会で走っていて「気持ちが悪くなって、目の前が真っ暗になって」フラフラして、意識を失い、倒れた。ひきつけてはいない。K病院小児科を受診し、マスター心電図、心エコーが行われたが異常なく、念のために行った脳波で「てんかん性脳波異常」が認められ、てんかんかもしれないと言われ紹介されてきた。しかし、この「てんかん性脳波異常」は熱性けいれん児などにみられる低振幅棘波を伴う突発性徐波活動(左図)で、てんかんとの関連が低く、症状からも、やはり、不整脈が疑われたので、他院小児循環器科に紹介した。そこで行われたトレッドミル試験で、走行開始後6分を過ぎたあたりから心電図(右図)に心室性期外収縮(右図、横矢印)が出現、次第に頻発するようになり、カテコラミン誘発性多形性心室頻拍が疑われた。運動制限とβ遮断薬プロプラノロールの内服によって、以後、発作は起きていない。
ファロー四徴症などのチアノーゼ型先天性心疾患の子にみられる発作です。ファロー四徴症(4徴とは心室中隔欠損、肺動脈狭窄、大動脈騎乗、右室肥大)では肺動脈狭窄(流出路狭窄)があるために、うまく肺に向かって血液(全身で酸素を使い切ってしまった酸素飽和度の低い血液、静脈血)を送り出すことができず、右心室から心室中隔欠損部を通して左心室に流れ込んでしまいます。この結果、左室から全身に「静脈血」が紛れ込んだ酸素濃度の低い(蒼い)血液を送り出してしまいます。このため、普通の状態でも全身にチアノーゼがみられます。そのような子が、泣いたり、排便したり、暴れたりすると、さらなる低酸素血症、チアノーゼに陥り、低酸素発作と呼ばれて恐れられています。なぜそんなことが起こるのか、よく分かっていないのですが、少なくとも、中隔欠損の穴を通して静脈血が左心室に流れ込む量が増えることは間違いなく、脳への酸素供給が低下することが予想されます。このためでしょう、ぐったりとして、ついには痙攣に至ることもあります。もともとチアノーゼがある子においてさらにチアノーゼがひどくなるというのでHyper-cyanotic spells(超チアノーゼ発作)とも呼ばれています。
ファロー四徴症の子は遊んでいて、時々、しゃがみ込むことがあります。しゃがみ込むと体血管抵抗が高まります。すると、大動脈圧が上昇し中隔欠損を通しての右心室からの短絡が減少し、全身の動脈血酸素飽和度が上昇することになります。もしかしたら、ファロー四徴症の子は経験から学習してそのことを知っているのかもしれません。
泣き入りひきつけと反射性無酸素性発作Breath-holding attack and reflex anoxic seizure
泣き入りひきつけはご存じのように、生後6カ月から2歳までの乳幼児によくみられる症状です。何らかのきっかけで、泣いて、息を止め、そのうち唇が蒼くなり、手足を硬直させます。
泣き入りひきつけは、チアノーゼ型と蒼白型の二つに大別されます。
チアノーゼ型では恐怖、怒り、痛み、欲求不満から赤ちゃんが泣き出し、その後、泣いて息を吐いたところで(呼気相)で呼吸を停め、真っ青になります。脳は低酸素虚血状態に陥り、意識がなくなり、全身が虚脱します。長引くと、手足が硬直することもあります。
一方、蒼白型では、わずかな痛み、不満などが原因となり、ほとんど泣くこともなく、急に全身の血の気がひき、真っ青になって、意識を失います。過剰な迷走神経反射による徐脈や一過性心拍停止が原因で、失神の一種と考えられる病態です。最近では反射性無酸素性発作とも呼ばれていて、これを起こす子は、のちに、血管迷走神経失神を起こすことがあるといわれています。
泣くことがきっかけですから、ほとんどのお母さんたちは、育児書などを読まれて、泣き入りひきつけだろうと見当をつけていらっしゃいます。しかし、なかには、てんかんではないかと心配して受診される方がいらっしゃいます。しかし、脳神経細胞の異常興奮によって引き起こされるてんかん発作と違い、泣き入りひきつけは脳の虚血による脳機能低下によって引き起こされる、てんかん発作とは正反対の現象です。当然、対処法も違っていて、通常、特別な治療はいりません(ただし、鉄剤投与がひきつけ予防に効くことがあります)。
息を止めていることが脳に悪い影響を与えるのではないかと心配される方もみえますが、泣き入りひきつけでみられる呼吸停止は、せいぜい数十秒です。その程度の呼吸停止で脳に悪影響が残ることはありません。実際、一分以内の呼吸停止ですぐに脳が虚血状態に陥ることはないとされています。ところが、チアノーゼ型泣き入りひきつけにおいては、息を止めてから一分もたっていないのに脳の低酸素・虚血状態を示唆する徐波が脳波上みられることが知られています。なぜ、この疾患において、さほど長くもない呼吸停止によって虚血状態が脳にもたらされるのか、よくわかっていません。呼気相での呼吸停止による胸腔内圧の変化が予想を上回る低酸素・虚血状態をもたらしているのではという説もありますが、実証はされていません。
YouTube:泣き入りひきつけ
Breath Holding Spells Turn Into Seizure Real Footage https://www.youtube.com/watch?v=6uLq4gOyaFM (2023年1月27日閲覧)
Blue Spell https://www.youtube.com/watch?v=QVyA82Z_JLE (2023年1月27日閲覧)
過換気症候群Hyperventilation syncope
過度の緊張などで呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が高まり、手足がしびれて冷たくなり、頭もボーッとし、冷や汗をかき、顔面蒼白となってしまう疾患です。これが始まると、うまく呼吸ができないように感じて焦ってしまい、不安になって、さらに呼吸が速まります。意識がうすれ、視界がぼやけ、ついには、四肢が硬直してピクつくようにまでなります。手足のしびれやけいれんは、過呼吸によって肺で過度の換気が行われ、血液から炭酸ガスが呼気に大量に吸い取られすぎることが原因です。血液がアルカリ性に傾き、血管が縮こまり、手足のしびれや硬直を引き起こすのです。パニック障害などで常日頃不安に陥りやすい人が、ストレスに直面した時、交感神経が過度に活性化され、脈が速まり、呼吸数が増え、末梢血管が収縮して血圧が高まると推測されています。これは、ストレスと戦おうとして交感神経を活発化させているわけで、副交感神経が活性化される失神とは正反対の病態と言えます。事実、恐怖によって意識消失と脱力がもたらされる失神は“死んだふり”をして敵の攻撃をやり過ごす生存手段だという説がありますが、その説に従うと、過換気症候群は逆に敵に向かって果敢に立ち向かおうとする結果といえるかもしれません。ところが、無念にも、勇敢な挑戦は自分に跳ね返ってきてしまうというわけです。血液中の炭酸ガスが減ると、脳幹の呼吸中枢は呼吸命令を出さなくなりますから、呼吸しづらく感じて、いよいよ呼吸が荒くなり、ついには、てんかん発作と紛らわしいけいれんに至ります。過呼吸症候群の半数以上がてんかんとして専門医に紹介されてくるという報告があるくらいです。きちんと話を聞けば分かるはずですが、思った以上に、てんかんと間違われやすい症候群です。発作時、紙袋を口に当て、一度吐いた息を吸って血液中の炭酸ガス濃度を上げるペーパーバッグ法(再呼吸バッグ法 Rebreathing bag method)が以前は行われていました。しかし、血液中の炭酸ガスが逆に上がりすぎてしまったり、酸素濃度が下がってしまったりする危険性があるので、最近は推奨されていません。口をすぼめて、ゆっくり呼吸するように助言してあげた方が、まだいいでしょう。落ち着いたあとは、患者さんにこの症候群の病態を理解してもらうことが、再発予防には大切です。しかし、理解していただいても、また、起こしてしまうことがあります。
Youtube:https://www.youtube.com/watch?v=Q1rhF0s2B9s (2023年2月12日閲覧)
バルサルバ(息こらえ)反応Valsalva response
バルサルバ手技という治療法があります。胸がドキドキする時(つまり頻脈の時)、息をこらえてもらい、しばらくしてから、息を吐いてもらいます。すると、脈がスッと下がることがあります(ただし、成功率は10数%ですが)。息をこらえると、胸腔内圧が上がり、静脈血が心臓に戻っりづらくなります。すると、心臓が十分な量の血液を送り出せなくなって、血圧が下がり気味になります。すると、生体はこれはならじとばかりに交感神経を活発化させ、血圧を上げ、脈を速めて、心拍出量を保とうとします。つまり、息こらえの時点ではじつは頻脈になるのですが、そこで、息を吐いて、息こらえを中止します。すると、胸腔内圧が下がり、静脈還流量が増え、心拍出量が急激に増えます。すると、生体はまたもや驚いて、こんどは副交感神経(迷走神経)を活発化させます。これによって、血圧が下がり、めでたく、頻脈もおさまるというわけです。
この息こらえとその解除を何でもないときにやってしまうと、血管迷走神経失神のときと同じことが起きる恐れがあります。脳への血流が低下して、ボーッとして、動作が止まり、へたをすると倒れて、痙攣に至ります。ところが、これを、自ら率先してやってしまう子たちがいます。常同運動として過呼吸をするような自閉傾向のある子たちで、何かのきっかけで、息こらえの後にボーッとなることを知ってしまうらしく、繰り返すようになるのです。どうやら、意識が遠のくことに快感を覚えているようです。ややこしいことに、こうした子たちはてんかんの合併率が高く、本当のてんかん発作に混じってこの「意識喪失発作」を起こすので、鑑別が難しくなります。
YouTube:バルサルバ手技Valsalva maneuver
https://www.youtube.com/shorts/7T4JHJyZegg (2023年2月9日閲覧)
強制的な上気道閉塞:代理ミュンヒハウゼン症候群(代理性ほらふき男爵症候群、作話てんかん(fictitious epilepsy))
繰り返しになりますが、てんかんの鑑別診断では、発作を目撃した方の証言が唯一の診断根拠となることがほとんどです。しかし、その「目撃者」が嘘の証言をしていたら、当然、それはそのまま誤診につながります。
ミュンヒハウゼン症候群という疾患群があります。健康なのにあたかも自らを病気であるかのように装う疾患です。これも困った症候群ですが、これに対し、代理ミュンヒハウゼン症候群というものもあります。ある種の異常性格の人間が家族や近親者をあたかも病気があるかのようにみせかける症候群です(ミュンヒハウゼンというのは18世紀ドイツの男爵の名前です。この男爵は座談の名手として名高く、19世紀末、ドイツ民間伝承のほら話が彼の名前のもとにドイツとイギリスで出版されました。その本は評判を呼び、それとともに、ミュンヒハウゼンという名前は英語圏、ドイツ語圏でほら話の代名詞になりました。その意味では、ミュンヒハウゼン男爵になじみの薄い日本などではミュンヒハウゼン症候群ではなく「ほら吹き男爵症候群」と呼んだほうがいいかもしれません)。代表的な例として、親が子どもを意図的に窒息させることによって(たとえばTシャツなどを口に当てて気道を塞ぐことによって)ひきおこされる無酸素性脳虚血発作が挙げられます。その結果としての失神発作がてんかん発作と誤診されてしまうことがあります。一方で、夜中に発作があるという妻の虚偽証言によって何十年も抗てんかん薬を服用していた男性の報告もなされています。偽造や虚偽によって病気が作りだされるのです。この病気を「代理ミュンヒハウゼン症候群」の名の下に初めて記載したメドーは、この症候群が疑われた76名中32名の初診時診断がてんかんだったと報告しています。
てんかんの診断が最終的には問診に頼らざるをえないことの弱点がこの症候群に端的に表れています。
神経原性失神 Neurological syncope
神経疾患の中には失神をきたしやすいものがあります。前に述べた多系統疾患はその代表例ですが、キアリ奇形、発作性激頭痛症でもみられます。キアリ奇形は頭蓋骨内にあるべき小脳や脳幹の一部が、頭蓋骨下端の大後頭孔という出口を通って、頚髄を覆う頚椎脊柱管へと飛び出してしまう疾患です。キアリ奇形のある人は咳をしたり、トイレでいきんだりすると失神をきたして意識を失うことがあります。発症機序は正確には分かっていませんが、小脳や脳幹が頚椎脊柱管へと飛びため、それらを取り巻く椎骨脳底動脈や迷走神経が圧排されてしまうことが何か関係しているのではないかと推測されています。
行動異常、精神障害、精神病
夢想・注意散漫
何かに夢中になってもの思いにふけり、動きが止まり、周りのことに耳を貸さず、正面を向いたまま目がうつろとなる子がいます。これが、見ようによっては欠神発作にみえてしまうため、たまに、ご家族が相談に来られます。脳波をとれば一発で欠神発作でないことがわかるのですが、脳波がなくても、ボーッとしている時、その子の興味をひくもの見せ、それで、そちらの方に注意が向けば、単なる夢想状態だと判断できます。欠神発作ではそんな餌にはひっかかってくれませんから。ただ、異常とも思えるような夢想状態に入る子は自閉症を合併していることが多く、そうした子は、しばしば常同運動もみられます。この常同運動に夢想状態が重なると複雑部分発作にみえることもあるので話がそう簡単ではなくなります。前にも申したかと思いますが、自閉症児はてんかん合併例が多いため、本来のてんかん発作とごちゃ混ぜになって区別がつかなくなる恐れがあります。
自己満足動作(自己刺激動作)Self-gratification
乳児から学童期前の幼児、とくに女児にみられることが多い動きです。おしりを律動的に曲げたり、大腿に妙に力を入れてすぼめたり、こすり合わせたりする動作のことをいいます。ときとして、うつろな目で遠くをボーッと見つめていることがあるため、あたかも複雑部分発作があるかのように錯覚されてしまう恐れがあります。退屈しているときに人に隠れてやっていること、顔が汗ばみ、紅潮していること、反応性が保たれていることなどが鑑別のヒントになります。湿疹、蟯虫症などの外陰部にかゆみをもたらす疾患が発症の契機となることもあるようです。かつては、マスターベーションなどというあられもない「診断名」がつけられることがありましたが、本当にこれをやる子たちが快感を覚えているのか検証不可能ですし、だいいち、ご両親に説明するとき口にするのがはばかれる診断名でもあります。このため、自己満足動作、あるいは、自己刺激動作と事実だけをなぞる診断名が最近は推奨されています。
直観像没入 eidetic imaginary
極めてまれですが、一度見たものを隅々まで記憶し、のちになってそれをまるで写真のように描くことができる人がいます。知的能力障害や自閉症の方に多いようですが、とてつもない記憶力(地図、時刻表、暦の丸覚え)を駆使して、ある限られた分野で驚異的な能力を発揮する現象をサヴァン症候群(ダウン症候群の発見者ラングドン・ダウンの記載によればサヴァン白痴 Idiot savant(savant (仏) = 学者))と呼んでいます。この異様な記憶力が発揮されるメカニズムは十分にはわかっていません。しかし、視覚記憶に限っていえば、見たものが心の中に思い浮かぶのではなく、眼前にありありと「見える」のだといわれています。この「ありありと見える」ものを直観像といいます。この異様な視覚記憶の特徴は、言葉を介さず、概念化されていないことのようです。そして、言葉獲得前の乳幼児の中にもこの直観像記憶が可能な子がいて、眼前に現出した過去のイメージに没頭し、楽しむことがあるようです。はたからは、虚空を見入って、見えないものとコミュニケーションしているようにみえます。さらには、自動症のように手足を動かすこともあるので、複雑部分発作と誤解されてしまう可能性があります。ただし、乳児にみられるこの直観像への没頭はてんかん発作より持続時間が長く、「発作」後もどうということもなく、他のことに注意を向けられると終わってしまうことなどによって区別がつきます。ちなみに、直観像記憶は系統発生的に古い視覚記憶力のようで、チンパンジーにもあることがわかっています。つまり、言語を介さない記憶ということのようです。しかし、ヒトの個体発生においては、言語獲得、概念形成能力の発達という「成長」にともない、乳児期以降、直観像記憶能力は、残念ながら、ほとんどの人では失われてしまいます。
かんしゃく
子どものかんしゃくがてんかん発作と間違えられることは、まず、ないでしょう。ところが、ちょっとしたことで泣き叫び、ヒトやモノに当たり散らし、人の言いうことにきちんと反応できない状態が続くと、本当に大丈夫か、と心配になってきます。しかも、そんなときに限って、あとになって、子どもは何も覚えていないことが多いのです。しかし、かんしゃくでみられる動作は場面ごとに異なって、種々雑多です。しかも、一つ一つの動作が(はた迷惑であっても)きちんと制御されてつながっています。発作の場合、複雑な動作であっても本質的に定型的で、動きのつながりがおかしいので、このあたりを参考にすれば、まず、間違うことはありません。
体外離脱体験
自分が体から抜け出し、自分のしていることを上から眺めているように感じられることがあるようです。これは、子どもでも大人でもみられる一種の幻覚で、まったくの健康の人にもみられることがあるとされています。ところが、てんかん発作においても前兆の一つとして同じような感覚を患者さんが体験することがあり、体外離脱体験との鑑別が問題となります。ただ、てんかん発作で離脱体験のみが症状ということはまずありません。他の発作症状が付随しているはずですので、それが鑑別点になります。
パニック発作
突然、不安や恐怖に襲われ、息が詰まって、息苦しくなり、呼吸が早まり(過呼吸)、動悸が高まり、胸が痛くなるエピソードが数分間高まっていく発作です。口の周りや手足がしびれ、身震いをし、めまいを感じて、冷や汗が出、気が遠くなって、意識が薄れることさえあります。何かが誘因となることが多いのですが、はっきりしないこともあります。突然の不安もてんかん発作の症状としてあり得るので、鑑別が必要です。不安だけがみられるのではなく、何らかの他のてんかん発作症状があるはずなので、それを探すのが鑑別のポイントになります。
解離状態
人は、普通、自分というものを意識しています。しかし、その自分というものがどこかにいってしまうことがあります。通常、それは、上に述べた失神のように、脳に機能異常がもたらされたときです。ところが、そうした原因がないのに、自分がどこかへ飛び出て行ってしまうことがあります。現実感覚が失われ、一時的に自分が自分でなくなってしまうのです。これを解離状態といいます。自分という人格にひびが入って(解離して)しまうのです。人格が解離すると、自分でやったことなのに覚えていなかったり(解離性健忘)、日常生活から逃げ出して放浪したり(解離性遁走)、人格が入れ替わったり(多重人格性障害、解離性同一性障害)します。自分が飛び出て行ってしまうために現実感が失われたり(離人症)、無感覚、無感動となって、さらに、過去の記憶と現在体験しているものとがごちゃ混ぜになって、見たことがないものを見たことがあるように感じたり(既視感)、逆に、見覚えのあるはずのものを初めて見たように感じたり(未視感)するようになります。これが嵩じると過去に聞いたもの、見たものを思い出しているだけなのに、見知らぬものが見えたり(幻視)聞こえたり(幻聴)したように錯覚するようになります(解離性幻覚)。こうした体験は不安をもたらします。すると、泡を食って、パニックに陥り、時として、手足の硬直に至ることもあります。こうなると、てんかん発作との区別がつかなくなります。
解離症状の病態は何らかの心の傷への防御反応だという説もありますが、心の傷がわからないことも少なからずあります。とくに思春期以前の小児では、他人には気づかれないような、ほんのわずかな心の傷によって解離状態に陥ることがあるようです。さらに、心の傷は、被害者として何かをされたりしたときだけではなく、加害者として誰かを傷つけることによっても生じます。他人をひどく傷つけたことを否定しようとして解離状態に至るということもありえます。
捏造・偽造疾患
強制的上気道閉塞で述べたように、病気が捏造されたり、偽造されたりすることがあります。代表例がミュンヒハウゼン症候群(ほら吹き男爵症候群)です。病院に受診し、見事な演技でさまざまな病気があるように見せかけ、なかには、それによって、何度も外科手術を受けている猛者もいます。ところが、この症候群の患者さんたちが何を目的としているのかがわかりません。医者をはじめとする医療関係者をだまし、自らの体を切り刻んでもらっても、普通に考えれば、患者さんたちにとって、何も得るものがありません。強いていえば、患者として同情され、優しい介護を受けたいという欲求、あるいは、患者を演じたいという欲求、あらゆる人間を騙しつくしたいという狂おしき欲求が満たされるぐらいでしょうか。嘘をつくために嘘をついているとしかみえないのです。
これに対し、主として母親がわが子に対し、病気を捏造、偽造する代理ミュンヒハウゼン症候群では、どうやら、子どもを気遣う素晴らしい母親という評判を得ることが目的のようです。彼女たちは、病院の中で、医療関係者にも周りの人間にも愛想がよく、人なつこく、社交的で、献身的な母親という演技を完璧にこなしてみせます。実際、米国では、模範的母親として大統領に表彰された例もあります。そして、そのおかげで、有利な人間関係、福祉支援の恩恵にあずかっていることもあります。さらに、子どもをダシにして周りの人間を(医者をはじめとして)支配することにも満足感を覚えているようです。
てんかん診療において問題なのは、こうした想像を絶する人間が捏造、偽造するてんかん発作をどうやって見破るかです。繰り返しになりますが、てんかん診療の入り口はてんかん発作を経験した人や見聞きした人の証言です。この入り口であらぬ方向に向かっていってしまえば、てんかん診療は不可能になります。一応、その危険性を回避する方法として、てんかん発作にしては不自然な症状、一人の目撃者に限られていること、脳波が正常なことなど、いくつもの要点が指摘されています。しかし、残念ながら、何よりも重要なのは「人の言うことを真に受けるな」ということになってしまうようです。変だと思ったら、一度立ち止まって、この種の疾患の可能性も考えてみたほうがいいようです。
精神病の幻覚症状
ありもしないものが見えたり(幻視)、聞こえたりする(幻聴)異常感覚症状を幻覚といいます。精神病、とくに、統合失調症では妄想と並んで特徴的な症状です。この幻覚は後頭葉視覚野(視覚発作)、頭頂葉聴覚野(聴覚発作)の異常放電によっててんかん発作としてもみられます。しかし、てんかん発作と異なり精神病の幻覚は複雑で、物語性を内包しています。これに対し、てんかん発作の幻覚は比較的単純で、しかも、突発的に現れ、あっという間に消えていきます。また、幻覚だけが現れることはなく、他のてんかん発作を伴っているので、そうした点が精神病の幻覚との鑑別点になります。
心因性非てんかん発作(偽発作)Psychogenic non-epileptic seizures (PNES)
あたかも、てんかん発作をおこしているかのような突発的症状を偽発作といいます。偽発作には上述した精神的要因による発作がすべて流れ込んでいます。
しかし、何と言っても多いのは、意識的、無意識的にてんかん発作症状を「演技」してみせる「発作」です。一種の仮病で、だったら、医者は簡単にその嘘を見抜けるだろうと思われるかもしれませんが、実際には、そう簡単ではありません。てんかん発作を「演技」しているといっても、この「演技」は患者さん自身制御不可能な「芝居」であることがほとんどで、どうすることもできないでいるのです。成人では、難治てんかんと診断されている患者の中に、実際は偽発作を起こしている人が相当数いると考えられていて、非てんかん発作(てんかん模倣症)についての報告といえば、ほとんどがこの種の偽発作についてです。心理的な要因が背景にあることが多いことから、心因性非てんかん発作(Psychogenic non-epileptic seizure:PNES)とも呼ばれており、20代から30代の女性に多発します。最終的にはビデオ脳波同時記録で当該「発作」に脳波上てんかん発作を示唆する所見がないことを確認することによってPNESと診断します。長期ビデオ脳波同時記録が施行された患者さんの10-40%がPNESだったという報告さえなされています。長年にわたっててんかんとして治療を受けている人も少なくなく、PNES「発症」から診断までには平均1~16年要すると推測されています。その間、患者さんは無用な治療、処置(ときとして、気管挿管までも)を受け、入院治療を受けることもまれではありません。患者さんの生活の質は大幅に低下します。
PNESの診断が遅れる一因は、真のてんかん発作を有しながら、偽発作もある患者さんの存在です。そのような場合、しばしば、患者さんは真のてんかん発作を模倣した偽発作を演じてみせます。こうなると、鑑別がきわめて困難です。偽発作とてんかん発作の合併は一割程度あるといわれています。
PNESの発作には特徴的なパターンが見られることが多く、これらに当てはまる場合にPNESを疑うことが、診断の第一歩となります。発作は突然始まるのではなくて、発作前に前兆を訴え、発作自体も徐々に始まることが多いといわれています。しかし、発作が終わると、逆に、すぐに「意識が戻って」ケロッとしていることがよくあります。体を硬直させながらも、ゆらゆら揺れて、波打つような動きが混じり、頭はというと、目一杯、左右に何度も振り回すことがあります。目は閉じていることが多く、無理に目を開けさせようとすると、開けさせまいと必死に抵抗しているようにみえます。強直間代発作の持続時間は1分前後ですが、PNESは2分以上続くことが多く、呼吸をしていないようにみえるのですが、その割に四肢、体幹、唇が青くなることがありません。反応がなく、意識がないようみえますが、途中、外部からのさまざまな刺激に反応しているように感じられることがあります。このように、詳しく症状を聞くと、てんかん発作らしくないところが少なからずみられます。しかし、観察者による観察が不十分ですと、なかなか正確な診断にたどり着けません。
それに、PNESを見くびってはいけません。舌を噛んでしまう、という壮絶なPNESの報告もなされているのです。自分を傷つける発作だからといってPNESではないと即断はできません。舌を噛むこと以外に、失禁するPNESも結構あります。
病歴のうえで偽発作を疑わせるものとしては、2種類以上の抗てんかん薬を使ってもまるで効き目が現れず難治であること、発作が決まって同じ場面で起きること、「目撃者」がいないと発作が起きないこと、「痛い」「だるい」を繰り返し訴えていたことがあること、薬物中毒、精神疾患、性格異常の病歴、大きなけがをしたことがあること、虐待を受けた経験があること、などが挙げられます。てんかんと間違われる割には、脳波は正常なことがほとんどです。
以上の発作症状、病歴からPNESではないかと当たりをつけ、最終的に、「発作」がてんかん発作ではないことをビデオ脳波記録で確認することになります。しかし、確実に診断するにはてんかん専門医の確認が望ましいとされています。以前にも述べましたし、あとでも触れるように、ビデオ脳波記録で、脳波上、てんかん発作を疑わせる律動波がみられなくともてんかん発作ということが結構あるからです。この微妙な鑑別診断には専門医の知識と経験が必要です。
ビデオ脳波記録で非てんかん発作ではないと断定できたとしても、それで終わりではありません。PNESをもたらしている原因を心理社会的評価や精神医学的診断によって突き止め、それに対処しなければ、PNESの根本的解決にはなりません。たとえば、PNESの女性では、性的虐待の既往が結構あり、さらには、自傷行為の過去があることもあります。また、知的機能障害の頻度が高いことも知られています
PNESに合併するものとしては、さらに、心身症(転換性障害)、不安症、パニック症、外傷後ストレス障害、解離性障害、そして、ミュンヒハウゼン症候群(ほら吹き男爵症候群)などがあります。てんかんの専門医だけでこうした疾患に対応することはできませんから、精神科医、社会心理士、看護師、ケースワーカーなど多職種との共同作業が必要です。
さらに、PNESという診断を患者さんと前向きに共有する作業も欠かせません。「偽発作でした」と告げるだけなんてのは、もっての外です。PNESも立派な「発作」です。自分では制御がきかない発作で、ですから、患者さんたちは体が何かしら不調なのだと、心底信じきっています。なのに、医者が「あなたの頭の中が問題だ」、「やらせだ」、「狂っている」と考えていると患者さんが察したら、その途端、治療の道は閉ざされてしまいます。PNESという診断を、前向きで(“よかったですね。てんかん発作ではありませんでした”)、価値判断を交えない、思いやりのある言葉で、わかりやすく説明することが大事です。そして、てんかんの薬を飲む必要がなく、精神的安定によって発作もなくなるし、気持ちも楽になることを説明します。とにかく、まずは、PNESという診断の種をまき、そして、育てる必要があります。そのためにも、多職種がかかわることが重要です。
こうした対応によって、PNESの治療ははじめて解決に向かっていけるといえます。治療としては、PNESをもたらす不安、ストレス、うつ感情をあぶり出し、それに対処することが主体となります。治療には向精神薬も使われますが、重要なのは精神療法です。しかし、現実には、こうした治療方針を貫徹するのが困難なことが少なくありません。PNESの予後にかんするしっかりしたデータはあまりありませんが、そのわずかばかりの結果をみると悲観的にならざるをえません。5-10年たっても精神障害による問題が残っていて、「発作」がなくなったのは3分の1以下といった報告が大半です。原因の一つは、PNESを誘発している精神疾患の治療に患者さんがのってくれないことです。たとえば、ミュンヒハウゼン症候群(ほら吹き男爵症候群)は健康なのにあたかも病気(この場合、てんかん)であるかのように装ってさまざまな医療機関を受診、医療関係者を困惑させる異常性格者による「疾病」ですから、診断が確定しても、本人の拒絶によって、治療に取りかかる端緒さえつかめないことで有名です。
Youtube:https://www.youtube.com/watch?v=MdOCo4hD4zI (2023年2月24日閲覧)
表5 偽発作(PNES) の特徴 Doss RC, W. Curt LaFrance Jr. (2016) (一部改変) | |
PNESを疑わせる発作症状 | PNESを疑わせる病歴 |
1.ゆるやかな発作のはじまり | 1.二種類以上の抗てんかん薬に対する難治性「発作」 |
2.迅速な発作後の意識回復 | 2.抗てんかん薬がほとんど変化をもたらさない「発作」 |
3.揺れて、波打つ運動 | 3.同じ環境下または同じ感情刺激によって起きる「発作」 |
4.繰り返される頭の左右への振り回し | 4.目撃者(家族、病院職員、同級生)が常に存在する |
5.発作中の閉眼 | 5.慢性疼痛、線維筋痛、慢性疲労症候群の病歴 |
6.2分以上の症状の持続 | 6.精神病、人格障害、薬物乱用の合併 |
7.開眼への抵抗 | 7.過去及び現時点における虐待や外傷の既往歴 |
8.チアノーゼの欠如 | 8.頻回の発作にもかかわらず脳波は常に正常 |
9.発作中に部分的に反応がみられる |
睡眠関連疾患
てんかん発作は眠りかけのボーッとしているときに起こりやすいですし、睡眠中だけにてんかん発作が起きる人もいます。このため、睡眠中の突発的異常(発作)はてんかん発作と間違われがちです。この非てんかん性(すなわち、脳の異常放電を伴わない)発作は睡眠中に少なからずみられます。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=yzdlFkLwu_g (2023年2月9日閲覧)
睡眠関連律動運動Sleep related rhythmic movement disorders
寝入りばな、小さい子がからだを繰り返し揺さぶったり、転げまわったり、頭を布団や床に打ちつけたりすることはよくあります。添い寝の習慣のない欧米では、激しい音にびっくりして子供の寝室に両親が駆けつけるということが結構あるようで、必ずてんかん発作との鑑別に挙がっています。しかし、添い寝の習慣のある日本では、ご両親がこの「異常」運動を肌身で感じ一部始終をみていますから、いつものことだと放っておかれることが多いためでしょうか、あまり、相談されることはありません。逆に、添い寝がお子さんの心理的環境を整え、極端な異常運動に到るのを抑えているのかもしれません。
ただ、注意すべきことがひとつあります。あとで述べますが、前頭葉発作の身振り自動症(運動亢進発作)です。睡眠中、突然、泳ぐように、あるいは、自転車をこぐように、手足を交互にバタバタさせたり、のたうち回るように体をくねらせたりする発作です。叫び声を上げることもあります。これが、睡眠関連律動運動と間違われて放置されてしまうことが結構あります。学童期以降の子で、しつこく繰り返し「夜中の激しい動き」がみられるときは一度疑ってみるべきかもしれません。抗てんかん薬がある程度有効ですので見逃さないようにしたいものです。
YouTube: https://www.youtube.com/shorts/GthCtXvxa6Y (2023年2月9日閲覧)
入眠期ミオクローヌスHypnogogic jerks
寝入りばなに起きるピクつきです。とくにお子さんによくみられる生理的現象で(ただし、成人になっても残存している方が結構みえますが)ふつうは問題になることはありません(これを発作だと思って相談にみえる方はあまりいないですが、他のことで受診されて、ついでに「大丈夫ですよね」と尋ねられることは結構あります)。しかし、かなり強いピクつきがしつこく続くことがあり、とくに、脳障害があって、てんかんのあるお子さんだと、ミオクロニー発作やスパズムのようなてんかん発作じゃないかと保護者の方が心配されることがあります。厳密にいうと、ピクつきの時に脳波を記録しないとてんかん発作を否定できません。しかし、寝入りばなにきまってみられること、ピクつきの起きる場所が一定せず、症状がバラバラなこと、などからてんかん発作ではなく入眠期ミオクローヌスだろうと当たりをつけることはできます。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=VIW83mYk3XM (2023年2月9日閲覧)
睡眠時随伴症(睡眠時異常行動)Parasomnias
寝ぼけ、歯ぎしり、悪夢など睡眠中のさまざまな問題行動、異常体験を睡眠随伴症といいます。そうしたなかでも、突然目を覚まして泣いたり(夜泣き、夜驚症)、寝ぼけて立ち上がって歩き回ったり(睡眠時遊行症)する運動症状を伴う睡眠随伴症、睡眠時異常行動はときとしててんかん発作と見間違えられる可能性があります。こうした異常行動は非逆説性睡眠(NREM睡眠)のII期からIII期の深い睡眠からの覚醒反応arousalによってもたらされるもので、たいていは、夜間睡眠の前半3分の1にみられます。この覚醒反応時、脳波には覚醒状態にみられる後頭部のアルファ波がみられず、深睡眠にみられる多形徐波が認められます。つまり、動きだしはしますが、覚醒反応時、脳は眠っているのです。覚醒反応によって起きる行動異常には幅があり、布団の上にちょこんと座り、ぶつぶつつぶやいてすぐにまた横になってしまう程度のことから、そこから、また、起き上がり、こんどは歩き回り、怯えたように叫び声をあげ、家族が話しかけても収まらない激しいものまであります。あとで聞いてもこの時のことは全く覚えていません。しかし、こうなると、本当に、たんなる寝ぼけとすましておいていいのかという疑問が生じ、不安になってきます。とくに、これが毎日のように、時として一晩に何回も起きると、先ほど述べた前頭葉起源の身振り自動症(運動亢進発作)を真剣に考えざるを得なくなることもあります。最終的にはビデオ‐脳は同時記録によって決着をつけるしかありませんが、てんかん発作と違って行動パターンが一律ではないこと、きまって睡眠前半3分の1に起きること、ご両親の一人が子供時代に同じようなエピソードがみられていたこと、そして、何等かの精神的ストレスがうかがわれることなどが鑑別上のある程度の参考になります。異常行動をビデオで記録しておくこともある程度役に立ちます。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=IQOeeRCXuWs (2023年2月9日閲覧)
レム睡眠行動障害REM sleep disorders
睡眠には2種類あります。レム(REM)睡眠とノンレム(非REM)睡眠です。レム(REM)はRapid Eye Movement(急速眼球運動)の略で、レム睡眠時、いろんな方向に眼球がきょろきょろ動きます。しかし、活発に動くのは眼球だけで、全身の筋はむしろ弛緩し、体はほとんど動くことがありません。これに対し、ノンレム睡眠時は寝返りなどで活発に体を動かします。寝相が悪いといわれるのはこの時期です。睡眠はノンレム睡眠から始まり、徐々に深くなって、ちょっとのことでは目を覚まさなくなり(ステージIV)、90分ぐらいで、レム睡眠に移行します。その後、90分から120分の周期でレム睡眠とノンレム睡眠が入れ替わって朝を迎えます。ノンレム睡眠は脳を休息させ、成長ホルモンを分泌し、生体機能を整える機能を受け持っています。対照的にレム睡眠は体を休養させ、脳を活発化して、一日の情報を整理して、記憶として定着させます。
夢はたいていレム睡眠の時にみます。ところがレム睡眠の時には筋が弛緩していますから、普通、夢が動きに結び付くことはありません。ところが、筋肉のゆるみが不十分で、夢の中の行動をそのまま実行してしまうことがあります。蹴ったり、叫んだり、ベッドから転がり落ちたり、駆け出したり、ひどいときには、そばに寝ている人を殴ったりします。これをレム睡眠行動障害といいます。これが、やはり、前頭葉起源の過働発作との鑑別上、問題となります。ただ、声をかけると簡単に目覚め、夢の内容も覚えていますから、そこから、レム睡眠行動障害を疑うことができます。

図4 図5の症例の睡眠周期
周期的な下腿の運動(Periodic Movement in Sleep (PMS)によって頻回の覚醒反応が起きるために睡眠がとぎれとぎれになって、睡眠初期の1-2時間は睡眠深度がStage1とIIの間を行き来している。このため、通常は90分で始まるはずのレム睡眠にかなり遅れて3時間すぎにようやくStageIVから移行している(黒の横縞)。レム睡眠はその後2回出現しているが、周期的な律動運動は最初のレム睡眠にみられるだけで、その後の2回のレム睡眠にはみられない。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=kqaxHBx9Zsk https://www.youtube.com/watch?v=0XhcsZKa3jo (2023年2月9日閲覧)
良性新生児睡眠時ミオクローヌス Benign neonatal sleep myoclonus
生後数日から一か月頃、睡眠中に、手足を繰り返しピクつかせる発作です。
ピクつきは、多くは、左右対称ですが、ときとして、手足の一部に限局していることもあります。ピクつきは入眠後数十分たった時点で始まります
生まれたばかりの赤ちゃんは、大人と逆で、睡眠がレム睡眠ではじまり、数十分してから、ノンレム睡眠に移行します。本疾患のピクつきは、レム睡眠からノンレム睡眠への移行期にはじまります。この睡眠段階の移行は入眠後数十分して起きるため、ピクつきも、その頃始まります。ピクつきは、ときとして、30分以上持続することもあります。このため「てんかん重積発作」と間違われるおそれがあります17。顔面筋を含めた体軸のピクつきがみられないこと、ゆりかごなどで寝ているとき、ゆりかご全体を揺り動かすとピクつきが誘発されること(おそらく、それによって、非逆説睡眠に移行するのだと思われます)、覚醒と同時にピクつきが消失することなどが特徴とされています。
数週間でピクつきは自然にみられなくなりますので、治療の必要はありません。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=jv26pQz_ea8 (2023年2月9日閲覧)
周期性四肢運動障害periodic limb movement disorder
睡眠中(主としてノンレム睡眠中)に数秒から90秒に一回、足を背屈、膝関節と股関節の屈曲する運動が周期的にみられる病気です。この下肢の異常運動の持続は0.5~5秒で、ミオクローヌスよりも遅いですが、てんかん性ミオクロニー発作とまちがわれる恐れがあります。しかし、この周期性異常運動はほぼ毎日のように起きますので、異常運動時の脳波記録は比較的簡単にできます。脳波と表面筋電図を同時に記録すると、てんかん放電を伴わない下肢筋の収縮が記録されます。これで、てんかん発作でないことがわかります。高齢者に多い疾患で、異常運動によって睡眠の量、質ともに低下し、日中の眠気、倦怠感をきたします。残念ながら、うまい治療法はみつかっていません。ベンゾジアセピン系の薬である程度押さえることはできることもありますが、消失に至らせることは難しく、やっかいな病気です。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=jE7WA_5c73c (2023年2月9日閲覧)

図5 周期性四肢運動障害16歳男性
14歳頃から寝入ってしばらくすると下肢を10秒前後に一回屈曲させる動きが見られるようになった。上段8段が脳波、下段4段が左右上下肢の表面筋電図を示す。右大腿四頭筋(Rt Femor M)に10秒おきに筋収縮(矢印)が認められる。脳波は入眠期を示していて、筋収縮に伴って後頭筋の筋電図(O1、O2の低振幅速波)が認められるが、ミオクロニー発作に附随して出現するような多棘徐波は認められない。
ナルコレプシーNarcolepsy
日中、耐え難い眠気に襲われ、実際に眠ってしまう――そんなことが、毎日のように、何か月も続く睡眠障害です18。
眠気は強烈で、商談中、食事中など、けっして眠ってはならない状況でも、引きずり込まれるように寝入ってしまいます(昔、イレブンPMという深夜テレビ番組で、天才麻雀師、阿佐田哲也が、麻雀中に眠りそうになり、司会の大橋巨泉が「阿佐田さん、眠らないで!」と叫んでいるのをみた記憶があります。どうやら、この稀代の勝負師もナルコレプシーに罹患していたようです)。突然眠気が襲ってきて、意識が飛んだようになってしまうこともあります。そのため、睡眠発作とも呼ばれています。
こうした著しい眠気、居眠り、睡眠発作に加え、情動性脱力発作(cataplexy)、睡眠麻痺(sleep paralysis)、入眠時幻覚(hypnagogic hallucination)がみられます。
情動性脱力発作というのは、笑ったり、怒ったり、興奮したりといった感情の高まりに伴い、突然、力が抜ける症状のことをいいます。頭の脱力から始まることが多く、顔の筋肉、とくに顎の筋肉が緩み、頭が垂れ下がります。そして、脱力が全身に及び、地面に倒れてしまうこともあります。持続は数秒から、長くても、せいぜい2分ぐらいです。しかし、数時間の間、ひっきりなしに繰り返すこともあります。子どもの場合「いつまでもおかしな歩き方をする」といった形で現れることがあります。しかし、脱力の間、意識がなくなることはなく、本人は一部始終を自覚し、覚えています。
睡眠麻痺というのは寝入りばな、あるいは、起きてすぐに、手足が全く動かなくなって、金縛り状態になる症状です。この金縛り状態は健康な方にもまれにみられることがあります。しかし、ナルコレプシーの患者さんでは、これが何度も繰り返しあらわれ、しかも、長くつづきます。
この睡眠麻痺と同じように、入眠時、覚醒直後に現れるのが入眠時幻覚です。寝てすぐ、まだ完全に眠っていない状態なのに、夢をみるのです。しかも、通常の夢とは比べ物にならないくらい生々しい夢です。
しかし、以上の症状がすべてみられるのはほんの一握りの患者さんだけです。
子どもは睡眠時間が大人より多く、個人差も大きいですから、小さい子では過度の眠気に気づかれないことがあります。そのうえ、睡眠不足からくる注意力低下により、子どもではさまざまな行動異常が引き起こされます。このため、ナルコレプシーを発症しても、たんなる行動異常と誤診され、肝心の睡眠異常には気づかれないということが間々あります。さらに、脱力発作がてんかん発作と間違われるおそれもあります。小児期発症のナルコレプシーのうち5歳未満発症例は全例、5~10歳発症例は40例中23例で、初診時診断がてんかんであったという報告さえなされています19。
ナルコレプシーでは覚醒状態と睡眠状態の境目があいまいで、覚醒から睡眠、睡眠から覚醒へ移り変わるときに変調がみられるわけです。寝転んでから寝入ってしまうまでの時間(入眠潜時)が短く、10分以内がほとんどです。前にも言いましたが、急速な眼球運動がみられ、手足の緊張がなくなり、夢をみるレム睡眠は、普通、寝入ってから1時間以上たたないと出現しません。ところが、ナルコレプシーでは寝入ってからまもなく、15分以内にレム睡眠に入ってしまいます。ナルコレプシーは以上のような睡眠異常を確認することによって確定診断されます。睡眠幻覚、情動性脱力発作、睡眠麻痺はレム睡眠の付随現象が覚醒時にはみ出てきた症状と考えることもできます。
ナルコレプシーの原因はまだよくわかっていません。
しかし、柳沢正史らが発見した視床下部から分泌される神経ペプチド、オレキシンが深く関与していることは間違いなさそうです。オレキシンが欠如したマウスがナルコレプシー類似症状をきたすのです。ナルコレプシーは犬にもみられることが知られています。そして、このイヌ・ナルコレプシーの原因遺伝子がオレキシン受容体に関連していることが突き止められています。オレキシンは覚醒状態を安定に保ち、レム睡眠を減少させる神経ペプチドであることがされておりおり、ヒトのナルコレプシーでもオレキシン含有細胞が減少し、オレキシン髄液濃度が低下していることが判明しています。ですから、オレキシン欠乏がナルコレプシーの原因であることは、ほぼ間違いありません。ただ、なぜオレキシン含有細胞が減少するのかはいまだに謎です。ナルコレプシーの患者さんの多くにはDQB*0602というヒト白血球抗原HLA(Human Leukocyte Antigen)がみられることがわかっています。HLAは主要組織適合遺伝子複合体が作り出す、自分と自分以外のものを峻別する分子です。ですから、何らかの免疫異常がオレキシン含有細胞への攻撃につながっているだろうことは容易に想像できます。ところが、このHLAを発現していれば誰でもナルコレプシーを発症するわけではありません。おそらく、もともとの免疫学的体質に何かが加わってナルコレプシー発症につながっているのだと推定されます。
根本的な治療法はありませんが、毎日数十分昼寝をとり、アルコールを控えるなどして生活環境を整え、覚醒維持作用のあるカフェインや精神刺激薬で眠気をおさえ、抗うつ剤などで脱力発作を予防することで通常の生活をある程度保つことができます。しかし、抗てんかん薬の出番はありません。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=d41BfD21b48 (2023年2月9日閲覧)
突発性運動症状
チックTics
ご存じの通り、まばたいたり、首をかしげたり、片一方の肩を上げたりといった急激な筋の収縮によって起こる不随意運動です。一過性のチックは、特に男の子に見られることが多く、一般の人でも比較的容易に見分けることができます。しかし、瞼や首、肩の特定の部位だけに繰り返しみられると、急激な筋の収縮あるということでミオクロニー発作と勘違いされることがあります。最終的には、ピクつきに脳波上の多棘徐波が伴っていないことを確認してチックと診断します。通常は一過性ですから、様子を見るだけで治療は行いません。しかし、一部の子では大きな声を伴ったり、顔や顎をたたいたり、急にしゃがみ込んだりといった強烈な症状が出てくることがあります。その上、ものに触ったり、壊したり、自分で決めた回数だけ繰り返さないと満足できないといった強迫症状さえ出現することがあります。本人としては抑えようとしても抑えきれず、てんかん発作の自動症と勘違いされがちですが、これはトゥレット症と呼ばれます。こうなると学校生活などの支障が出ますから、何らかの対策が必要になります。行動療法に加え、リスペリドンなどの向精神薬が使われることがあります。紛らわしいのですが、ミオクロニー発作に有効なクロナゼパムが効果を発揮することがあります。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=Q2r91vRr654 (2023年2月9日閲覧)
常同症(常同行動)Streotypies
手をヒラヒラさせる、体をぐるぐる回す、前後に揺らす、両手をたたくといった動作を何度も目的もなく繰り返しているようにみえる動きのことをいいます。普通の人にも一種の癖としてみられる現象ですが、顕著に現れるのは、知的能力障害や自閉症スペクトラム障害のある子です。常同症がなぜ起きるのか正確なところはわかっていませんが、同じ動きを繰り返すことが、自己刺激となって心の安定や満足感につながり、自己表現の一つの形となっている可能性が考えられています。。いずれにしても、熱中して同じ行動を繰り返し、呼びかけても反応しないことがあります。こうなると、焦点起始性てんかん発作(複雑部分発作)にみられる自動症との鑑別が問題となります。とくに、自閉症スペクトラム障害の子がてんかんを合併している時はこれが発作ではないかとご家族に尋ねられることが少なくありません。無目的な動き以外の、てんかん発作に見られるような症状(例えば、目つきの変化など)がないかを確認することも重要です。しかし、最終的には、ビデオ脳波同時記録によって、てんかん発作ではないことを確認する必要がある場合があります。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=uIgx8jSY0zs (2023年2月13日閲覧)
遺伝性ジストニア
不随意運動の多くは運動のプログラミングを行う基底核などに何らかの損傷があるために起こります。しかし、まれに、基底核などにははっきりとした構造異常がないのにもかかわらず不随意運動がみられることがあります。その多くは遺伝子異常によって起きると推定される希少疾患で、不随意運動の中でも意思に反して筋肉が持続的に収縮して随意運動を妨げるジストニアが症状として目立ちます。そうした遺伝性ジストニアは世界中で20疾患(略称:DYT1~20ジストニア)が報告されています。しかし、その中には一国、一民族、一家系での報告しかないものもあり、日本に関係がありそうなのは4つほどです。特に、DYT8ジストニアのように発作性に出現する不随意運動が特徴の疾患は、てんかん発作との鑑別が重要となります。
表7 日本でみられる遺伝性ジストニア | |||||||
名称・別称 | 遺伝形式 | 遺伝子 | 遺伝子座 | 遺伝子産物 | 発症年齢 | 症状 | 分布 |
DYT1ジストニア | 優性遺伝 | DYT1・TOR1A | 9q34 | TorsinA | 小児 | 全身性ジストニア。 部分症状にとどまる例もある。 | 多地域 |
DYT5ジストニア 瀬川病 | 優性遺伝 | GCH1 | 8q21-22 | THAP1 | 小児 | 歩行障害、日内変動、睡眠で改善、 レボドパが有効 | 日本・多地域 |
DYT8ジストニア PNKD1 | 優性遺伝 | PNKD1 MR-1 | 2q33-35 | MR-1 | 小児 | 発作性非運動誘発ジストニア、 舞踏運動、アテトーシス | 多地域 |
DYT10ジストニア EKD1 | 優性遺伝 | EKD1 | 16p11.2-q12.1 | 小児/ 成人 | 発作性運動誘発性ジストニア | 日本・多地域 |
発作性運動非誘発ジストニア(DYT8ジストニア)Paroxysmal nonkinesigenic dyskinesia
発作性運動誘発ジストニアと違い、運動とは無関係に不随意運動が突発的に起こる疾患です。不随意運動もジストニアに加え、舞踏運動、アテトーゼが入り混じっていて、これに構音障害も合併します。持続も長く、数分から、ひどいときには数時間にわたります。運動で誘発されることはありませんが、感情の動揺、ストレス、アルコール、コーヒーなどが発作を誘発することがあります。筋原線維生成遺伝子(MR-1)変異によっておこる場合が知られていて、その場合は優性遺伝の形をとります。乳幼児期に発症します。発作中意識が保たれていること、運動や感情、ストレスなどの誘発因子があることなどが、てんかん発作との鑑別点となります。
発作性運動誘発ジストニアParoxysmal kinesigenic dyskinesia
急に立ちあがったり、急に歩き始めたりといった運動の開始時、あるいは、水泳やマラソンなどといった持続的な運動中に四肢、体幹をゆっくり捻るような運動(ジストニア)、あるいは、体位(ジストニア様肢位)が突発的に誘発され、数秒~数十秒持続する疾患です21。発作直前に何らかの違和感を覚えることがありますが、発作性異常運動の最中には意識が保たれていて、発作後も、ケロッとして、何の異常も認めません。学童期前後に発症し、一生続く病気ですが、成人してからは、発作の頻度も強さもしだいに低下します(かつては突発性運動誘発性舞踏アテトーゼ(paroxysmal kinesigenic choreoathetosis(PKC))と呼ばれていましたが舞踏運動、アテトーゼ運動がみられることはまれで、持続性の筋収縮によるジストニアが症状の主体ですので最近は発作性運動誘発ジストニアという名称に変更になりました)。
神経学的所見、画像、脳波、血液検査などすべて正常で、特徴的な発作症状以外には何の手がかりもありません。このため、この病気のことが念頭にないと、なかなかきちんと診断されません。特徴的な発作以外すべて正常のため、「精神的なもの」として治療されないまま放置されていることもあります。
以前、新聞にこの病気のことを書きましたら、一か月もたたないうちに4名の方が受診され、この病気と診断されたことがあります。全員、症状を気にして一度は病院にかかってみえましたが、診断がきちんとなされていなかったのです。それほど、専門医以外には見逃されやすい病気です。水泳をやっていて発作で体が固まり、さぼっていると勘違いした学校の先生に「しっかり泳がんか!」と怒鳴られ、病院に行っても「気のせい」といわれ、不登校になってしまった男の子もいました。この病気は、カルバマゼピン(テグレトール)、フェニトイン(アレビアチン)といった抗てんかん薬をごく少量飲むだけで、症状が消えてしまいますから、是非、きちんと診断してあげたい病気です。
しかし、逆に、抗てんかん薬が劇的に効くために、てんかんとまちがわれやすい病気でもあります。その上、一部の患者さんでは家族性良性乳児けいれんを合併することが知られています。16番染色体(16p11.2)に位置するproline-rich transmembrane protein 2 (PRRT2) 遺伝子の変異よって生ずる疾患です。こういう方ですと、昔、実際にてんかん発作を起こしていたり22、家族や親戚の方にもてんかん発作を起こしていたりする方もみえるので、きちんと発作症状が伝わらないと、てんかんと誤診されてしまいます。
ただし、全く家族例がみられない孤発例もあります。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=xRITR6HAPXg (2023年2月13日閲覧)
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=A_q4s53VAx0 (2023年2月13日閲覧)
小児突発性強直性眼球上転 Benign paroxysmal tonic upgaze
突発的な眼球上転を特徴とする乳児期発症の疾患です。眼球上転時、意識は保たれているらしく、赤ちゃんは顎を引き、なんとか眼球を下げて正面を見ようとします。下方への衝動性眼球運動もみられますが、どうしても眼球を通常の位置に戻すことはできません。しかし、水平方向の眼球運動は保たれています。このような状態が、持続的、もしくは、断続的に数時間から数日続きます。しかし、1日のうちでも症状に波があって、眠ると症状が一旦おさまることがあります。感染やワクチン接種に関連して起きることがありますが、そうしたきっかけが見つからない例もあります。何もしなくて症状は数年で出現しなくなり、画像上はCTでもMRIでも目立った異常はみられません。このため、最初に報告された時は、経過の良い「良性」疾患と捉えられていました。ところが、症例が積み重ねられるにつれて、そうでもないことがわかってきました。経過を追っていくと、知的機能障害、学習障害などの認知機能に問題がある子がいることがわかってきたのです。さらに、眼球上転発作は消失しても、それ以外の眼球運動異常がみられるようになったり、失調症状が出てきたりすることも判明しました。このため、最初の報告者も「良性」という言葉を外すべきだと後になって報告しています。どうやら、眼球上転発作という点で共通項はあるものの、どうやら、いろんな疾患が混じり合っているようです。
てんかん発作との鑑別では、発作中、意識が保たれていますし、上転した眼球をもとに戻そうとする動きもみられますから、てんかん発作らしくないと当たりをつけることができます。そして、最終的には、眼球上転中に脳波をとっても、てんかん発作を示唆する律動波はみられないことで、てんかん発作ではないと確定します。実際、抗てんかん薬はこの異常眼球運動には効きません。瀬川病にみられるような日内変動がみられることからLドーパの投与も試みられていますが、わずかに効きはするものの、瀬川病のように症状が完全に消えることはありません。いまのところ、有効な薬はなく、自然に発作が消失していくことを待つしかありません。
てんかん発作との鑑別以外に、眼球上転発作oculogyric crisis(別名、注視発作、注視痙攣)との鑑別も問題となります。注視発作または注視痙攣とも呼ばれている現象で、抗てんかん薬、向精神薬の副作用の結果としても起こることが知られています。また、脳炎、多発性硬化症、頭部外傷といった中枢神経疾患の後遺症として現れることもあります。小児突発性強直性眼球上転同様、眼球が上転して白目をむく数秒から数時間の症状が繰り返し見られるのですが、それだけでなく、眼球が横に向いたり下を向いたりすることもあり、目が痙攣するように見えます。これに伴って頭が後ろや片側に傾き、口を開き、舌を突き出したりします。さらに、顎が引きつり、痛みを訴えることもあります。同時に、瞬き、瞳孔散大、呼吸異常がみられ、精神的にも不安定になることも知られています。また、こうしたエピソードが始まる前に、体のバランスが崩れたり、叫んだり、体を動かさなくなることがあります。原因とおぼしき薬があれば中止します。また、抗ムスカリン作用を持つ薬剤の点滴静注が有効なことがあります。
YouTube: https://www.youtube.com/shorts/yjOkfZoB8lI Benign paroxysmal tonic upgaze (2023年2月13日閲覧)
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=U5c0WaPvr8s Oculogyric crisis (2023年2月13日閲覧)
反復発作性運動失調症Episodic Ataxia (EA)
突発的に、ふらつきが出現、頭が揺れ、失調性の不明瞭な発語をするようになる疾患で、日本の調査では11種類の疾患が報告されています。このうち、頻度の点からいって問題となるのはEA1とEA2です。EA1では突発性の失調症状が数秒続きます。動作の開始、感情の動揺などが発作のきっかけとなることがあります。ふらつきに伴って、四肢がジストニアや舞踏運動様になることがあり、上に述べた突発性運動誘発性ジスキネジアと間違われることがあります。突発的な失調に加え、皮膚の上から筋肉が細かく波打つように収縮する現象(ミオキミア)が瞼や手指で観察されることがあります。さらには、焦点発作や焦点起始両側性強直間代発作を合併し、このため、突発的な失調のてんかん発作との鑑別が問題となります。KCNA1遺伝子の変異が、電位依存性カリウムチャネルの機能低下を引き起こし、突発的な失調発作をもたらすと考えられています。発作は生涯続きますが、頻度はバラバラで、数年にわたってみられない時期もあります。
EA2では発作が数分から数日続きます。やはり、運動開始、感情の動揺がきっかけとなります。失調性歩行、上肢の失調性運動が失調性言語、眼振、めまい、悪心、頭痛を伴って現れます。発作のないときも、下を向くと眼振が誘発されることがあります。MRIなどの画像検査では小脳虫部の委縮、脳波では全般性徐波などの異常を認めることがあります。P/Q 型電位依存性カルシウムチャネル(Cav2.1)のαサブユニットをコードする CACNA1A 遺伝子に変異を認め、不完全なカルシウムチャンネルが形成されることが症状発現につながっていると推測されています。このCACNA1A 遺伝子は脊髄小脳失調症6型(SCA6)、家族性片麻痺性片頭痛1型(FHM1)の原因遺伝子でもあって、とくに頭痛については、どちらの疾患によるものなのか鑑別が問題となることがあります。治療に関しては、抗てんかん作用もある利尿剤アセタゾラミド(商品名:ダイアモックス)が症状によく効くことが知られています。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=H1KSUHmaC2c Episodic ataxia type 1 (2023年2月13日閲覧)
YouTube: https://www.youtube.com/shorts/k7N9umrNeDU Episodic ataxia type 2 (2023年2月13日閲覧)
表8 反復性発作性運動失調症(Episodic Ataxia;EA) 令和2年度「運動失調症の医療水準、患者 QOL の向上に資する研究」班 | |||
症候群名 | 随伴症状 | 原因遺伝子 または遺伝子座 | 備考 |
EA1 | ミオキミア、てんかん | KCNA1 | 小児期発症 |
EA2 | ダウンビート型注視誘発眼振(Downbeat gaze-evoked nystagmus) てんかん、頭痛、片麻痺 | CACNA1A | 思春期発症 |
EA3 | てんかん、耳鳴り、頭痛 | 1q42 に連鎖 | |
EA4 | てんかん、耳鳴り | 不明 | 30-60 歳発症 |
EA5 。。 | てんかん | CACNB4 | |
EA6 | てんかん、片麻痺、頭痛 | SLC1A3 | |
EA7 | 19q13 に連鎖、一家系 のみ | 多くは 20 歳未満 | |
EA8 | 1q36.13-p.34.3 に連鎖、 一家系のみ | 乳児期発症 | |
EA9 | てんかん、精神発達遅滞 | SCN2A | 乳児期までに発症 |
Episodic ataxia with paroxysmal choreoathetosis and spasticity | 発作性舞踏様アテトーゼ、 痙性、ジ ストニー | ||
Episodic ataxia of late onset | 緩徐進行性、 アセタゾラミド反応性低い | 家族歴なし | 60 歳以降で発症 |
小児交互性片麻痺Alternating hemiplegia
突発性の眼振、眼位異常、頭部回旋、体幹強直に伴って、左右いずれかの半身が一時的に麻痺する疾患で、発症は乳児期です。その突発的な運動症状と麻痺症状ゆえに、てんかん性の部分発作やトッドの麻痺と間違われるおそれがあります。鑑別点の一つは、交代性片麻痺では麻痺側がその名の通り一定しないことです。てんかん性部分発作の場合、普通、てんかん放電の開始位置は一定ですから、トッドの麻痺の麻痺側が変わることはありません。したがって、麻痺側が発作ごとに変化するようであればてんかん発作の可能性は低くなります(ただし、重症乳児ミオクロニーてんかん(ドラベ症候群)では、片側けいれんが、ある時は右優位に、ある時は左優位にみられることがあり、それに伴って発作後の麻痺も変わることがあります。しかし、発作症状と無関係に麻痺が左右交互に出現することはありません。さらに、それ以外の症状も、そして、全体としての経過も異なりますので、まちがわれることは、まず、ないでしょう)。詳しい症状を話していただければ、発作を繰り返すうちに、この疾患だとある程度推測可能です。
ただし、「片麻痺」と名づけられていますが、ときとして、両側が麻痺することもあります。交互性片麻痺出現以前、眼振などの奇妙な眼球の動きがみられることもあります。加えて、流涎(よだれ)、嚥下障害、発語の低下などの症状(仮性球麻痺ともいうべき症状)もみられます。
原因はATP1A3という遺伝子の異常です。細胞膜でナトリウムやカリウムといった電解質の移動を制御するナトリウム・カリウムポンプ蛋白質の遺伝情報に関わっている遺伝子です。遺伝子変異の多くは親から伝わらない新生突然変異ですから、家族発症はまれです。
発作は月に何回となく起こり、数分から数日にわたって持続します。しかし、症状はすべて覚醒時に限られ、眠ると症状も消えます。発症後、精神発達遅滞、舞踏アテトーゼ様不随意運動、ジストニア体位、錐体路徴候が目立ってくる、予後の悪い、手ごわい疾患です。しかも、本当のてんかん発作が起きることがあります。全身を強直させるてんかん発作が遷延し、四肢麻痺発作と重なると横隔膜麻痺による呼吸停止をきたすことさえあります。海外ではカルシウムチャンネルブロッカーである塩酸フルナリジンが麻痺発作の軽減に使われていますが、残念ながら日本では手に入りません。片麻痺自体は本質的にはてんかん発作ではありませんがクロナゼパム、アセタゾラミド、トピラマートなどの抗てんかん薬を使うしかないのが現状です。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=FxCryStG2n0 (2023年2月13日閲覧)
過剰驚愕症(びっくり病)hyperekplexia
不意に物音がしたり、背中を突かれたりすると、普通の人でも、びっくりして思わず体に力が入ってしまう防御反応がみられますが、過剰驚愕症では、どうということもない聴覚、触覚などの感覚刺激に対し生活に支障をきたすほど過度な驚愕反応が起きてしまいます。頭をのけぞらせ、四肢を激しく屈曲するのです。ひっくり返ってしまうことさえあります。ミオクロニー発作との鑑別が問題となりますが、過剰驚愕症の反応はミオクロニー発作よりずっと強烈で、呼吸が止まって、顔面が蒼白になることさえあります。さらに、転倒の際には上肢が硬直しているため身を守ることができず、骨折や脳内出血などの大怪我につながることもあります。こうした過剰反応は乳児期早期、人によっては、生まれてすぐから認められます。そして、触られると四肢が硬直したままの状態が眠りにつくまで続くことさえあります。この持続的なひきつりは誕生を迎える頃までには消えていきますが、その後も、間欠的な過剰驚愕反応は続きます。それでも小児期には徐々に症状がその回数も減っていって、まったく見られなくなることも多いですが、大人になると、また、再発することがあります。夜寝ている時にピクつきが出てしまうこともあります。きちんと説明しないと、不安神経症、ヒステリーと間違われることもあります。
原因としては神経伝達物質のグリシンとの関与が指摘されています。グリシンは脳幹や脊髄で抑制性に働く神経伝達物質ですが、びっくり病の患者さんはグリシン受容体関連遺伝子(GLRA1(抑制性グリシン受容体(glycine receptor, GlyR)chloride channel の α1 サブユニットをコード)、GLRB(GlyRβ サブユ ニットをコード)、SLC6A5(presynaptic sodium and chloride-dependent transporter type-2 (GlyT2)をコード)、GPHN、ARHGEF9、SLC6A9、SLC32A1遺伝子)に変異があり、抑制機能がうまく働かないのだろうと考えられています。ただし、遺伝子変異があっても症状が出ない人もいます。診断は症状から疑って遺伝子検査をするしかありませんが、鼻先や人中を指で軽く叩いて頭の後屈や四肢や首の筋の攣縮が起こさせるNose tapping test(head-retraction reflex, HRR)が診断に有用とされています。
無呼吸に陥ったときは、体、首を折り曲げるようにしてあげると驚愕反応をある程度抑えられることが知られています(Vigevano 法)。薬としては、ミオクロニー発作にも有効なクロナゼパムが驚愕反応にも四肢体幹の硬直にも予防効果を示すことがあります。アルコールがグリシン受容体に結合して症状を緩和することも知られていますが、このため、逆に、アルコール依存症になる恐れがあるので注意が必要です。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=y0kJPFIOJ2k (2023年2月13日閲覧)
メモ1 驚愕病の診断基準(案) 竹内ら(2018)
Definite および Probable を驚愕病と診断する。
Ⅰ.主症状
1) 驚愕反応
2) 驚愕反応の直後に起こる一時的な筋硬直
3) 新生児期から幼児期にみられる筋緊張亢進
Ⅱ.副症状
1) 新生児期の無呼吸発作
2) 腹部ヘルニア(鼠径ヘルニア、臍ヘルニア)
3) 股関節開排制限
4) てんかん
5) 学習障害、発達遅滞
Ⅲ.Nose tapping test 陽性
Ⅳ.遺伝学的検査 以下の遺伝子変異のいずれかを認める。
1) GLRA1
2) GLRB
3) SLC6A5
- Definite:Ⅰの主症状のうち 1 項目以上を認め、かつ Ⅳの遺伝学的検査のうちいずれか 1 項目を満たす場 合。
- Probable:Ⅰの主症状の項目すべてを認め、かつⅡの 副症状のうち 1 項目以上を認め、かつ Nose tapping test 陽性の場合
オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群 Opsoclonus-myoclonus syndrome
いろいろな方向への不規則な素早い眼球の動き(オプソクローヌス opsoclonus)に、四肢や首のこれまた不規則なピクつき(ミオクローヌス)が合併する病気です。眼球の動きも、四肢、首の動きもミオクロニー発作に見紛う素早い動きで、てんかん発作と間違われる可能性がありますが、よくよく観察すれば、目も、四肢も、首もいろいろな方向に向かう統一性のない奇妙な動きなので、ミオクロニー発作と違うと気づくはずです。
小児では神経芽腫、成人では小細胞肺がん、乳がん、卵巣奇形腫といった腫瘍を合併していることが多く(見つからないこともあります)、腫瘍への抗体が中枢神経にも作用して機能不全を起こし、この奇妙な動きをもたらすのだろうと考えられています。腫瘍と中枢神経が共通抗原になっているわけで、傍腫瘍性自己免疫疾患とも呼ばれています。乳がんでは抗Ri抗体、小細胞性肺がんでは免疫介在性脳炎で検出される抗Hu抗体が実際に検出されることがあります。しかし、全例に見つかるというわけではありません。さらに、腫瘍のみならず、Lyme病、エンテロウイルス感染症、EBウイルス感染といった感染症に伴って発症したり(傍感染性)、風疹ワクチンがきっかけになったりする例もあります。
オプソクローヌスとミオクローヌスはほぼ同時に突然みられるようになり、2~3週で一番激しくなります。ただその前に、ふらつき、転倒などの失調症状が先行する例もあり、ひどい例では、免疫介在性脳炎と見紛うような意識障害を呈することもあります。治療としては、まずは、腫瘍がないか綿密に調べ、見つかれば摘出します。ステロイド、免疫抑制剤、大量ガンマグロブリン療法、血液浄化療法によって症状は落ち着きますが、腫瘍を早期に摘出しないと後遺症が残ることがあります。
YouTube: https://www.youtube.com/shorts/j-wa9ogMDrk (乳児)(2023年1月25日閲覧)
https://www.youtube.com/watch?v=zX4j0IsFbAk (成人)(2023年1月25日閲覧)
サンディファー症候群Sandifer syndrome
乳児期早期から、食べ物を口にするたびに奇声を発し、瞬間的に背中を反らせ、頭を横や後ろに素早く振る動きがみられる疾患です。その瞬発性の動きからミオクロニー発作と間違われかねないのですが、動きとしてはミオクロニー発作のような単純なものではありません。たしかに素早い動きではありますが、いろんな方向に頭を振り回し、背中を捻じ曲げるジストニア運動と呼ぶべき不随意運動です。胃食道逆流に伴ってみられる現象で、食べるときに体を立て、一口一口の間をあけるなどして胃食道逆流の対策をすることで症状が消失することがあります。牛乳アレルギーで食道炎をきたしている場合にはミルクを変えることで異常運動が消えることがあります。しかし、それでも症状が続くなら、逆流する胃酸の酸性度を下げるためにプロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカーを試します。食道の酸性度が異常運動誘発に関係しているらしく、食道のpHが5以上では異常運動は起きないことが知られています。ただ、胃食道逆流があると、なぜ、このような症状がでるのか、本当のところはよくわかっていません。横隔膜、頭、首は同じ神経支配を受けています。ですから、この神経から異常信号が発せられれば、この症候群に特徴的な動きがでてくるのだろうぐらいのことはわかりますが、では、その異常信号と食道への胃酸刺激との関係はとなるとうまく説明ができません。薬物療法でも症状が消えないときや食道粘膜の荒れがひどいときは、外科的修復術が考慮されます。
食事で誘発されるということでは、摂食てんかんが思い浮かびますが、摂食てんかんは、味や匂いなどの食事に関連した感覚情報が集まる側頭葉内側、あるいは、唇や舌などの食事関連する器官の運動や感覚を制御するシルビウス裂周囲の皮質に何らかの異常がある人にみられる発作です。それに、食べることが発作の引き金になるといっても、食べ始めてすぐに発作が起きるとは限りません。食べ始めてしばらくしてから発作が起こることもしばしばあります。その一方で、食べることを想像しただけ、食べ物の臭いをかいだだけで発作が起きる人もいます。さらに、食べるということとはまったく無関係に同じような発作が起きることもあります。こうしたことから、てんかん発作とは鑑別可能なはずです。しかし、この疾患の存在を知らないと、なかなか正確な診断に辿り着けません。てんかんと診断されて紹介されてきた「難治てんかん」のうち、かなりの割合で胃食道逆流が見つかったという報告もありますし、発症から診断までに平均で1年はかかっていたという報告もなされています。なかには成人に達するまで診断されていない例もあります(図)
図 20歳 男性 サンディファー症候群
乳児期脳内出血後遺症(脳性まひ、知的機能障害)
嚥下造影(上)、上部消化管造影(下)

嚥下造影中に食べ物を口に入れると(左上)、突然、声を発し、頭を一瞬のうちに右へ後屈させ(右上、左下)、ついで、左に後屈させた(右下)。

嚥下造影後、横隔膜の上を観察したところ、造影剤が胃から食道に向かって逆流しはじめ(点線矢印)、食道のかなり上部まで昇っていくのが観察された(矢印)。
YouTube: https://www.youtube.com/shorts/7e2nMnbnsks (2023年1月29日閲覧)
偏頭痛関連疾患
視覚前兆を伴う偏頭痛 Migraine with visual aura
偏頭痛は頭蓋内の血管の機能異常によって拍動性頭痛をきたす疾患です。
頭痛に伴って吐き気、嘔吐、麻痺をきたすことがあります。さらに、前兆として、目の前がぼんやりしたり、チカチカするものが見えたりといった視覚異常が伴うことがあります。このため、視覚発作で始まるてんかん発作と間違われる恐れがあります。
偏頭痛とてんかんの発生機序はまったく異なっていて、対処法も異なりますから、きちんと区別する必要があります。実際には、正確な症状をうかがうことができれば、たいていは、鑑別可能です。繰り返しになりますが、いかに症状をありのままに話していただけるかが、ここでも鍵になります15。
てんかんと偏頭痛の鑑別が一番、問題となるのは、じつは、偏頭痛の患者さんで脳波をとったときです。
頭が痛いというので、とりあえず、脳波がオーダーされることが結構あります(ありました、というべきかもしれません。あとで述べるように、国際的に、頭痛だけで脳波はとらないように勧告が出てから、そのようなことは少なくなってきています)。
そして、そこで、脳波に「てんかん放電」がみつかると、話がややこしくなります。偏頭痛は幼児期でも数%、思春期に達すると10%を超える頻度の高い疾患です。一方、何度も申し上げていますが、小児ではローランド棘波などの「機能性てんかん放電」が非てんかん児にも数%でみられます。このため、頭痛を訴えるお子さんの脳波に「てんかん放電」がみつかることがあります。すると、てんかん?ということになりかねません。安易に脳波をとると誤診につながってしまうのです。そのこともあって、米国神経学会・小児神経学会の偏頭痛にかんする小委員会は、偏頭痛の病因確定や他の頭痛との鑑別に脳波は有用ではないので、偏頭痛診療におけるルーチン検査として推奨はできない、と勧告しています16。また、繰り返される頭痛の検査の一環として脳波を行い「突発波」が見いだされても、将来てんかん発作を起こす可能性は無視できるほど低く、したがって、さらにてんかんに関連する検査を行ったり、将来起こるかもしれない発作を予防する治療を行ったりする必要はない、とこの小委員会報告は付言しています。
しかし、ときとして、偏頭痛とてんかんの鑑別が困難なこともあります。
一番問題となるのは後頭葉から始まるてんかん性焦点発作です。
後頭葉は視覚機能に関連していて、ここにてんかん性異常放電が発生すると、変なものがみえたり、目がかすんだり、見えなくなったりといった、視覚発作がみられます。そして、視覚発作の後、もしくは、視覚発作とほぼ同時に、しばしば、吐き気、嘔吐、頭痛といった偏頭痛と見紛うような症状がみられます。一方、偏頭痛では、視覚発作に似た視覚症状を主体とする前兆がみられることがあります。視覚発作と偏頭痛は症状がよく似ているのです。

後頭葉発作の進展と偏頭痛
後頭葉の異常放電によって変なものがみえたり、目がかすんだり、みえなくなったりといった視覚発作に加え吐き気、嘔吐、頭痛が認められる。しかし、てんかん発作の場合、眼球偏位、強制閉眼、眼瞼のピクつき、さらに、異常放電の側頭葉や前頭葉への進展によって自動症、けいれんがみられることがあり、これらの症状によって偏頭痛と区別される。
さっきと話がちがって申し訳ありませんが、この場合に限っては、脳波が活躍してくれます。後頭葉てんかんの場合、後頭葉に限局したてんかん放電がみられることが多いからです(ただし、視覚誘発発作で後頭葉を起始とするてんかん発作がみられることもありますので、光刺激によって誘発される全般性棘徐波(光突発反応)が見られる場合も要注意です)。眼球偏位、意識消失、自動症といった、てんかん発作にしかみられないはずの症状がみられていないかどうかも重要な鑑別点になります。そうした症状は、偏頭痛にはほとんどみられないからです。ここでも、やはり、症状をきちんと確認することが大切です。
家族性片麻痺性偏頭痛 Familial hemiplegic migraine
偏頭痛の前兆として、視覚症状以外に筋力低下がみられる疾患です。片麻痺と名前がついていますが、完全に動かなくなるのではなく、うまく力が入らなくなるのです。不全麻痺です。筋力低下は左右いずれかの手に始まり、徐々に、上腕、顔へと広がっていきます。筋力低下は72時間以内におさまることがほとんどですが、まれに、数週間続くこともあります。思春期前後に発症します。極めてまれな疾患ですが、運動症状が突然みられるために、てんかん発作との鑑別が特に問題となる偏頭痛です。筋力低下以外に、うまくしゃべることができなくなったり、しびれを感じたりすることもあります。極端な場合、意識が低下することもあり、こうなると、てんかん発作と見分けがつかなくなる恐れがあります。けがや感染症などが発作を引き起こすこともあります。しかし、本当の原因はCACNA1A(FHM1)、 ATP1A2 (FHM2)、 SCN1A(FHM3)といった遺伝子の変異によるものであることがわかっています。いずれも細胞膜チャンネルに関与する遺伝子です。遺伝子変異は次世代に伝えられますから、当然、家族内に同一の症状の方がいます。中でも、CACNA1A遺伝子変異は反復性運動失調症2型も引き起こすので、突発性の失調を合併していることもあります(表8)。治療法は、症例が少ないこともあって確立されていません。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=K-eDjiIftLk (2023年2月12日閲覧)
良性発作性斜頸 Benign paroxysmal torticollis
急に頭が数分、後方や左右に傾くエピソードがみられる乳児期の疾患です。時として、数日間繰り返し見られることもあります。顔面が蒼白になったり、吐いたり、ぐったりしたりすることもあります。こうしたエピソードは毎月のようにみられますが、そのうちだんだんみられなくなります。しかし、幼児期になると、代わりに、突然ふらつくエピソードがみられることがあります。そして、さらに長じると、偏頭痛がみられるようになります。こうした経過から、発作性斜頸は偏頭痛の乳幼児期における代替症状とみなされています。極めてまれに家族性片麻痺性偏頭痛にもみられるCACNA1A(FHM1)遺伝子変異が検出されることがあります。突然頭が傾くことから、てんかんを疑われることもありますが、意識消失、眼球偏位などの他のてんかん発作症状がないことが鑑別のヒントになります。
YouTube:側方発作性斜頸 https://www.youtube.com/watch?v=zsMrBesfyU8 (2023年1月28日閲覧)
後方発作性斜頸https://www.youtube.com/watch?v=_DsCAkAL-RQ (2023年1月28日閲覧)
良性発作性めまいBenign paroxysmal vertigo
怯えたように不安そうに母親にしがみついてくるので、よくよく聞くと、「くるくる回っちゃう」と言って寝転んでしまう。そういったことが繰り返される幼児期のまれな疾患です。たいてい数分でおさまりますが、ときに、何時間にも及ぶことがあります。嘔吐したり眼振がみられたりすることもあります。成人でこれに似た症状をきたす疾患として良性発作性頭位めまいがありますが、これは、耳の奥で平衡感覚を司っている三半規管の一つ、後半規管において剥がれた耳石が神経受容体(有毛細胞)を刺激することによって起こる症状です。しかし、幼児期の良性発作性めまいはこれとは異なる機序によって引き起こされると考えられています。というのは、先ほどの良性発作性斜頸に引き続いてみられることが多く、長じて、偏頭痛を起こすようになるからです。しかし、症状が突発的に起き、嘔吐や眼振まで見られるので、やはり、てんかん発作、とくに後頭葉起源の発作との鑑別が問題になります。
周期性嘔吐症Cyclical vomiting
数日間にわたって発作的な嘔吐をくり返す子どもの病気です。発症は4~5歳の幼児期です。100人に1人ぐらいはかかるといわれている小児科診療の場ではよくみかける疾患です。ひどいときには、嘔吐を1時間に6回ぐらい繰り返すこともあり、ぐったりとして、顔面が蒼白になり、腹痛、吐き気、食欲不振、下痢などの消化器症状を伴うこともあります。さらには、頭痛、めまい、ぼやけ(羞明)を訴え、音に過敏になっていることもあります。周期性嘔吐自体は数年でみられなくなりますが、その後、反復性腹痛がみられるようになったり、偏頭痛を訴えるようになったりします。偏頭痛の家族歴がみられることも少なくありません。このため、この疾患も、現在、偏頭痛の1亜型と考えられています。前にも申しましたように、てんかん発作に伴って嘔吐はみられますが、てんかん発作に特有な症状が他になければ、とりあえずは周期性嘔吐症と診断していいでしょう(あまりにひどいときには、てんかん以外の、脳腫瘍や代謝疾患などの可能性も考えて検査が必要になることもありますが)。うまい治療法がありませんが、ひどいときは、脱水予防のために、点滴をすることがあります。偏頭痛に有効なバルプロ酸が予防薬として使われることもありますが、その可否については議論が定まっていません。それよりも、予後の良い疾患であることを説明し、幼稚園や学校に疾患の性質を伝え、適切な対応をとってもらうことの方が大事です。
発熱関連疾患
熱性けいれんは熱によっててんかん発作が誘発される病態の総称です。その意味では、てんかんと親戚関係にあります。しかし、熱性けいれん、あるいは、熱に関連する発作において、非てんかん発作とてんかん発作の鑑別が問題となることがあります。
熱性失神febrile syncope
熱性けいれんとみえる発作の中には、実際には、熱でてんかん発作ではなく非てんかん発作が誘発されていることがあります。その多くは、熱によって引き起こされる脳虚血性失神です。成人の失神同様、10秒以上続くと、四肢の強直や震えを伴うけいれん性失神にまで進展することがあります。このため、てんかん発作と間違えられてしまいます。
この熱性失神は自律神経の不安定なお子さんにみられやすいので、自律神経の安定性を評価することによって、ある程度、鑑別可能だという報告もなされています。たとえば、眼球を圧迫して心拍が大幅に落ちないかどうかをみるという方法が提唱されています11。しかし、自律神経が不安定なお子さんにもまぎれもない熱性けいれんを起こすことがあるので、この方法は疑問視されています。やはり、原点に戻って、詳細な問診で鑑別する方が現実的です8。
痙攣性運動を伴う遷延性非てんかん性もうろう状態Prolonged nonepileptic twilight state with convulsive manifestations
熱性けいれんを起こす子の中には、けいれんが終わった後もぼんやりとして、きちんと意識が戻らず、さまざまな「けいれん様」の異常な動きを数十分にわたってつづける子がいます。かつての私の同僚、山本直樹先生はこれを「痙攣性運動を伴う遷延性非てんかん性もうろう状態」と名づけ、世界で初めて報告しています12。この「けいれん様」異常運動というのは、強直姿勢、全身の筋緊張亢進、焦点性間代、眼球偏位、自動症様運動で、一見、てんかん発作(複雑部分発作)のようにみえます。しかし、チアノーゼはみられませんし、最初は刺激しても反応にとぼしく、意識が低下しているようにみえますが、そのうち、だんだん反応がみられるようになります。一見、けいれん重積発作状態のようにもみえるのですが、脳波をとってもθ波やδ波からなる不規則な遅い波がみられるだけで、てんかん発作に特徴的とされる、振幅、周波数が漸増・漸減する律動波は認められません。この徐波は眠りから覚めたときに子供にみられる脳波変化、覚醒反応所見にそっくりです。もしかしたら熱性けいれん後にみられるこうした異常運動を伴うもうろう状態は、異常覚醒反応状態を示しているのではないかと山本先生は推測しています。ちなみに、熱性けいれんは3歳ぐらいまでに多くみられる疾患ですが、熱性けいれん後のもうろう状態はそれよりすこし上の年長児に多いようです。
良性乳児ミオクローヌスと身震い発作Benign myoclonus of infancy and shuddering attacks
とくに問題のない健康な赤ちゃんに生後4か月ごろからみられるようになるピクつきや身震いのことで、幼児期までには消失し、いずれも正常動作の一種と考えられています。1人の赤ちゃんに2つが時期をずらしてみられることもあり、持続時間が違うだけで、この2つの奇妙な動きの機序は同じだろうと推測されています。
良性乳児ミオクローヌスは数秒にわたって間欠的に顔面も含めて頭部がピクつくもので、ウェスト症候群のスパズムと勘違いされることがあります。しかし、てんかん性スパズムの時と違って、赤ちゃんは泣くことはなく、平気な顔をしています。実際、脳波をとってもごく普通で、ウェスト症候群にみられるようなヒプズアリスミアといった異常波形はみられません。ウェスト症候群のように知的機能障害を合併することもありません。こうしたことから、昔はスパズム(乳児スパズムと呼ばれていました)とは違うということで良性乳児スパズムという診断名が付けられたこともありました。食事などでベビーチェアに座っている時によくみられることが多いようです。発達の経過、発作の様子から鑑別がつきますが、最終的にはビデオ脳波同時記録でてんかん発作でないことを確認することもあります。ミオクローヌスはすぐにみられなくなりますが、ときとして、再発することがあります。長じて、チックをきたすことがあり、乳児期のチックではないかという意見もあります。
身震い発作は四肢や体幹の3~6Hzぐらいのこまかな震えが1~5秒続く発作で、1日に数回から、多いときには100回以上みられることもあります。数秒ごとに繰り返すこともあり、やはり、スパズムと勘違いされる恐れがありますが、発作の時平気な顔をしていて、発達も正常なことから、ウェスト症候群とは鑑別がつきます。やはり、最終的には脳波が決め手になります。高齢者にみられる本態性振戦と震えの周波数が似ていて、しかも、家族歴に本態性振戦がみられることもあるので、本態性振戦の乳児型ではないかという意見もあります。
YouTube : https://www.youtube.com/watch?v=IlcfrqcH7tE 良性乳児ミオクローヌス(2023年1月27日閲覧)
https://www.youtube.com/shorts/p2wm5DxSw7A 身震い発作(2023年1月27日閲覧)
ふるえ Jitteriness
ぶるぶると細かいふるえが生まれてすぐの赤ちゃんにみられることがあります。あまりひどいと、低カルシウム血症を考える必要があります。また、お母さんが抗てんかん薬を飲んでいる場合ですと、胎盤を通して赤ちゃんの血液に抗てんかん薬が流れ込んでいたのが、お母さんとの結合を遮断されて抗てんかん薬の濃度が急激に下がっために起こる離脱症状ということもありえます。しかし、軽いふるえであれば、健康な赤ちゃんにもよくみられます。おむつ交換などで服を脱がされ、刺激された時などによく目撃され、まれに、てんかん発作ではないかと心配されることがあります。しかし、おむつ交換でてんかん発作が誘発されることはまずありません。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=AfYo52isLMY (2023年1月27日閲覧)
非てんかん性頭部落下Non-epileptic head drop
頭がお辞儀でもするように下がってしまう現象です。ひどいときには日に百回以上みられることもあります。泣きだすこともありますし、何度も繰り返して、頭を上下運動することもあります。しかし、頭が垂れるときと元に戻るときのスピードはほぼ同じです。これが、頭が垂れるときのスピードが元に戻るときよりも圧倒的に速いてんかん攣縮発作や脱力発作とは違うところです。生後3-6か月にみられる現象ですが、1歳までには消えてなくなります。ウェスト症候群などと違い、精神運動発達も正常です。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=KwqKayxW4B0 (2023年1月27日閲覧)
うなずき痙攣spasmus nutans
何度もうなずいて、眼球が震え、頭が左や右に奇妙に傾いてしまう乳児期の症状です。眼球は水平方向にも、垂直方向にも震え、ずっと続くこともありますが、視力に問題はなく、眼底検査でも何の異常もみつかりません。MRIなどの神経画像でも症状をもたらすような病変は見つかりません。そして、精神運動発達も正常です(書字がうまくいかない症例の報告はありますが)。生後4か月から1歳ぐらいまでの乳児にみられる現象で、原因はわかっていません。この奇妙な動作をしている間、赤ちゃんは平気な顔をしていますから、てんかん性攣縮とは違うことはわかります。しかし、最終的には脳波上にヒプズアリスミアが認められないことで確認することもあります。何をしなくても誕生を迎えるころには症状はみられなくなります。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=ljnwpW1Ul10 (2023年2月5日閲覧)
頭蓋内圧亢進Raised intracranial pressure
脳は頑丈な頭蓋骨に包まれてしっかり防護されています。しかし、脳脊髄液が循環する経路は限られており、出口は脊髄に移行する細い頸部だけですから、脳腫瘍などによって脳内の容積が増えると頭蓋内の圧力、頭蓋内圧が上がってしまう恐れがあります。頭蓋内圧は5~10mmHgに保たれるよう、さまざまな方法で調節がなされていますが、調節が追いつかなくなって15mmHgを超えると問題が生じます。これを頭蓋内圧亢進といいます。圧力の高まりによって頭蓋内の血液の流れが滞り、さらに、唯一の出口である頸部の穴に向かって脳の下端にある脳幹が無理やり押し出されて圧排されてしまいます。頭痛(とくに早朝)、嘔吐(噴出性嘔吐)がみられるようになり、ついで、意識が遠のき、四肢が伸展、もしくは、屈曲して硬直します。てんかん発作と間違われる可能性はあるのですが、頭蓋内圧亢進では一旦意識が遠のくと戻ることはありませんし、瞳孔が開き、血圧が上昇し(脳血流を保つために、収縮期圧が上昇するものの、拡張期圧は低下、脈圧(収縮期圧―拡張期圧)が上昇)、脈はゆっくりとなります(3つ合わせてクッシング現象といいます)。こうした点からてんかん発作とは鑑別がつきます。目つきが怪しくなり(外転神経麻痺)、頻回の深呼吸と無呼吸を繰り返すようにもなります。この状態になると一刻も早く脳圧を下げ、頭蓋内圧亢進の原因を取り除く必要があります。
発作性激痛症Paroxysmal extreme pain disorder
発作性激痛症は1930年代から報告がなされていましたが、原因が痛覚に関与する電位開口型ナトリウムチャネルを規定するSCN9A遺伝子の変異と判明したことで、確定診断例が増え、最近、その全貌が分かってきた疾患です。SCN9A遺伝子は痛みに関与する遺伝子で、機能低下をもたらす変異によって痛覚を感じない人がいることが知られています(先天性無痛症)。一方、機能亢進をもたらす変異は痛覚過敏を引き起こし、発作性激痛症もこれによるものと考えられています。
発作性激痛症は新生児期(もしかしたら胎生期)から短い、しかし、耐えがたい激痛が間欠的にみられる病気です。痛みは下顎、目、肛門周囲に起こりやすく、痛みを感じる周囲には発赤を認めることもあります。従来、激痛が生ずる部位に従って病名が付けられてきました(突発性肛門痛など)。下顎の痛みは食事やあくび、肛門周囲の痛みは排便や情緒的不安定がきっかけになることが多いようです。一部、カルバマゼピンが効く例があります。
メモ2 小児四肢疼痛発作症の特徴
「こんな子供の難病支援をしています。 疳の虫や成長痛とよく間違われるこどもの新しい 痛みの病気「小児四肢疼痛発作症」はどんな病気?」
https://kyoto-hokenkai.or.jp/shmwl/wp-content/uploads/sites/9/2022/07/Pediatric_limb_pain_attacks.pdf 2023年1月30日閲覧

ただし、日本では発作性激痛症の遺伝子背景が他国と違うようで、同じナトリウムチャンネルでも3 番染色体上のSCN11A 遺伝子の変異が原因であることが分かってきています16。この遺伝子変異によって引き起こされる痛みの部位は肛門周囲ではなく上下肢の関節が主体です(ただ、肛門外科の分野で特発性直腸肛門痛、無症候性肛門痛、一過性直腸痛といった診断名が散見されるので、遺伝子診断がなされていない欧米型の発作性激痛症があるのかもしれません)。痛みの持続は10-30分で数日に一回起きます。喋ることができるようになると痛みを訴えるのですが、赤ちゃんは痛みを訴えることができません。わけもわからず泣き出し、昔、「癇の強い」子といわれていた中にこの疾患が隠れていたかも知れないともいわれています。火がついたように泣き出し、手足を突っ張って暴れたりする様子がてんかん発作と間違われるおそれがあります。
脊髄性ミオクローヌス Spinal myoclonus
ミオクローヌスと呼ばれるぴくつきは大脳皮質から始まって、脳幹、脊髄と中枢神経のあらゆるところの不調によって起こります。このうち、脊髄が原因となるミオクローヌスは律動性がみられることが多く、その意味では、ミオクローヌスというより間代といった方が適切な場合があります。そうした律動性のあるミオクローヌスが体の一部に限ってみられたときは、免疫異常が関与するラスムッセン症候群にみられる持続性部分発作との鑑別が問題となります。
一方で、体の一部に半律動的にみられる脊髄ミオクローヌスは脊髄髄節性ミオクローヌス(segmental myoclonus)といいます。ミオクローヌスがみられる部位を神経支配している脊髄に脊髄空洞症といった何らかの病変が隠れている可能性があります。大脳皮質から離れているせいなのか、脊髄性ミオクローヌスは感覚刺激や睡眠覚醒サイクルの影響を受けにくく、睡眠中は消えてしまう持続性部分発作と異なり、寝てからも続くことがあって、これが鑑別点になることがあります。
脊髄性ミオクローヌスには、もうひとつ、脊髄固有性ミオクローヌス(propriospinal myoclonus)というものがあります。やはり、1-6Hzのリズムでミオクローヌスをきたし、横向きに寝っ転がっている時、お腹や腱を叩かれたときに出たりします。脊髄の特定の髄節から上下に向かってミオクローヌスが伝搬していきますが(頭に向かってよりも足に向かっての時の方が伝達速度は早い)、出発点の多くは胸髄が支配する腹壁筋です。寝入りばなに見られ、中年男性に多いとも報告されています。髄節性ミオクローヌスと違い、脊髄固有性ミオクローヌスがみられる患者さんでは、はっきりとした脊髄病変がみつからないとされていますが、脊髄内の神経走行を検出するMRI拡散テンソル画像で微細な異常がみつかっています。てんかん発作ではありませんが、クロナゼパムやゾニサミドが奏功することがあります。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=eq6Lb3I8A5Q 脊髄髄節性ミオクローヌス(2023年2月9日閲覧)
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=FJ-g5K1AkUk 脊髄固有性ミオクローヌス(2023年2月9日閲覧)
非てんかん発作と間違われやすいてんかん発作――前頭葉発作の身振り自動症(運動亢進発作)
以上、てんかん発作と誤診されやすい非てんかん発作を紹介してきましたが、逆に、てんかん発作が非てんかん発作と誤診されるケースもあります。
代表的なものが前に何回も述べた前頭葉起源の身振り自動症(運動亢進発作)です28。
前駆症状もなく、突然、叫び声を上げ、手足を交互にバタバタさせたり(スイミング様、自転車こぎ様)、のたうち回るように体をくねらせたり、ときには、マスターベーションまがいの動作を始めるのが、典型的な身振り自動症です。強直発作や間代発作にみられるような単純で、ぎこちない、機械的な動きではなく、さまざまな筋肉の収縮、弛緩がなめらかに組み合わされた「動作」です。持続も数秒から数十秒で、しかも、終わると、発作後もうろう状態はみられず、ケロッとしています。とても、てんかん発作にはみえません。こうした発作がとくに眠っているときに起きると、寝ぼけていると勘違いされてしまいます。実際「へんな寝ぼけがある」といわれて何年もすごし、2次性全般化した全身痙攣がみられて初めて診察室にみえる方もみえます。
この発作でもう一つ注意しなくていけないのは、発作時脳波が記録されると、逆に、てんかん発作ではないと誤診されかねないことです。
上に述べたような身振り自動症は、しばしば、頭皮からは遠い前頭葉内側面、前頭葉底部から異常放電が始まるために、通常の頭皮脳波では、発作時に何の変化もみられないことがあります。発作症状もとてもてんかん発作と思えないような異様な動きだけのことが少なくありませんから、発作時脳波が記録されたが故に、逆に、「ヒステリー発作」と誤診されてしまう危険性があります。しかし、きちんと発作症状をお聞きして、その一方で、このようなてんかん発作がありうることを知っていれば、発作が何度も群発する傾向があるなど他にも特徴がありますから、誤診も軽減できます。2017年の操作的発作型分類にはこの身振り自動症が運動亢進発作と名前で付け加えられました。元々、発作分類に記載されていなかったことが誤診の一因になっていたわけで、新たな分類によって身振り自動症が見逃されることが少なくなることが期待されます。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=Zm-L_t2jEbo (2023年2月9日閲覧)

図5 9歳男児
5歳頃から夜中に突然声を張り上げて手足をバタバタさせる10秒前後のエピソードが見られていたが、夜泣きの一種と言われていた。ビデオ脳波同時記録中にこのエピソードが見られた。睡眠中、左前頭部(Fp1)を中心に鋭波(1本矢印の直前)が見られ、その後、低振幅律動波が同部位を中心に出現(1本矢印)、1秒後、目を開け、声を張り上げ、身体を激しく左右にくねらせ、足をばたつかせた。10秒ぐらいでおさまり、声をかけられると声をかけた人間の顔を見た。暴れている間は筋肉のアーティファクトの為に脳波所見はわからなくなったが、発作が終わったあとしばらくは徐波(2本矢印)が左前頭部を中心に続き、目を開ける前の左前頭部低振幅律動波と合わせ、左前頭葉か起源のてんかん発作が疑われる。頭部MRIでは異常を認めないがポジトロンCTで左前頭部のブドウ糖取り込みの低下が見られた。
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